第11話/ゾクゾクするなぁー♡


再び朝宮が告白される日の朝、朝宮は、漫画のキャラクターが実験に失敗して爆発を起こした時のような、すごい寝癖を付けてリビングへやってきた。


「おはようございまーす‥‥‥ふぁ〜」

「呑気にあくびしやがって、鏡見てみろよ。ちゃんと髪乾かさないからだぞ」

「髪が長いと、乾かすのは疲れます。直したいので髪を洗ってください」

「無理、汚い。それに裸見ることになるぞ」

「いいですよー」


口調もフワフワしてるし、完全に寝ぼけてるな。


「なぁ」

「はいー?」

「今すぐ脱げ」


これくらい衝撃的なこと言えば目も覚めるだろ。


すると朝宮の目が急にちゃんと開き、パジャマのポケットから携帯を取り出した。


「よし! 寝ぼけてるフリしたら、男の本性出すかも大作戦成功です!」

「あ、あのさ、ピコンってなんの音だ?」

「録音しました! 『今すぐ脱げ』ボイス、なにかに使えそうですね!」

「なににも使えねーよ!! 今すぐ消せ!」

「シャワー浴びてきまーす! お風呂に携帯持っていくので、消したいなら入ってきてくださいね!」

「無理だろ!」

「どんまーい!」


朝からからかいやがって!!

俺もいつか、朝宮の弱みを握ってやるからな!!





俺は先に家を出て学校にやってきたが、家を出る時、些細な復讐で、朝宮の靴の中にゴキブリのドッキリグッズを入れてきた。

ざまーみろだ。


だが数分後、俺は後悔することになった。


教室にやってきた朝宮は、机を拭く俺を鬼のような恐ろしい目で睨みつけてきたのだ。

学校でのクールな雰囲気を醸し出す朝宮に睨まれるのは、シンプルに恐怖。

なにも言ってこないのも、更に恐怖を煽ってくる。


思わず目を逸らしてしまったが、なんだか朝宮に負けた気分だ。


「掃除機くん!」


爽真に呼ばれて、俺はすぐに廊下に出た。

別に朝宮から逃げたわけじゃない!


「なんだ?」

「ちょっといいかい?」

「おう」


教室から離れて、階段の踊り場までやって来たが、多分告白の相談かなんかだろう。


「今日、朝宮さんに告白する」

「そ、そうか」

「成功率はどれくらいだと思う?」

「えっ、んー、百」

「百!? もしかして、朝宮さんになにか聞いたのかい?」

「いや、なんとなく。あとごめんな」

「どうして君が謝るんだい?」

「いやー、告白したあと、すぐに帰った方がいいと思うぞ」

「そうだね。朝宮さんと帰れたら嬉しいな」


爽真が帰る場所が土になるかもしれないなんて、絶対に言えない。


「あぁ! 一輝くん、こんなところに居た!」


珍しく校門前に居なかった咲野が、俺を探してやってきた。


「お前、校門前に居なかったじゃんか」

「ちょっと寝坊しちゃったんだ! 今日はいっぱい寝たから元気いっぱいだよ!」


今日に限って元気いっぱいとか、本当に爽真は埋められてしまうかもしれないな。

線香だけはあげに行こう。


「ほらほら、教室まで送って行ってあげる!」

「頼むから制服に触るな!」


咲野に制服を引っ張られながら階段を上がっている時、爽真は明るい声で俺達に言った。


「ダブルデートしようね!」

「しねーよ! 変な勘違いすんな!」

「ダブルデート?」

「あっ、いや、なんでもない」

「そうだ、僕も君のクラスに戻らなきゃ!」


そう言って爽真は俺達を追い抜かし、A組へと走っていった。

そしてタイミング悪く、俺と咲野が教室に入った瞬間聞こえてきたのは、爽真が朝宮を放課後に校舎裏へ誘う声だった。

そして再び教室内は騒めき、男子生徒が唇を噛み、女子生徒は盛り上がる中、咲野だけはポケットに手を入れて、明らかにカッターの刃をカチカチと出したり引っ込めたりしている‥‥‥。


「教室戻る」

「お、おう‥‥‥」


圧倒的嵐の予感‥‥‥。

それに、多分俺のせいでまた告白されると思ってる朝宮に、またしても睨まれるしで、さすがに帰ったら謝るしかないな。





どうして楽しい時と、こういう時だけ時間が過ぎるのが早く感じるのだろうか。

あっという間に放課後になってしまった。

今回も二人を見学しようと、朝宮より早く廊下に出ると、カメラを握りしめた島村がC組から飛び出して行った。


島村も頑張るな。たしかに朝宮関連だと、朝から貼り出された校内新聞を眺めていたり、手に持って持ち歩いている生徒が目立つし、自分が作ったものを読んでもらえるのは嬉しんだろうな。


そして咲野の様子が気になってB組を覗いてみたが、咲野の姿は見当たらない。

ひとまず俺も二階に上がり、窓から校舎裏を見下ろした。

さすがに二階なら会話もある程度聞こえるだろう。


二人を待っていると、すぐに爽真が現れ、そのあとすぐに朝宮がやってきた。


「待ってたよ!」

「ごめんなさい」

「大丈夫大丈夫! 待つのは苦じゃないからね!」

「違います。私は貴方を好きにはなれません」

「えっ」


速攻振ったな。やっぱりダメか。

そう思った瞬間、目の前を無数の画鋲が落ちていき、三階から咲野の声が聞こえてきた。


「爽真くーん」

「な、なんだい? この画鋲はどういうことなんだい?」

「今その場で全部飲み込むか、私と鬼ごっこ、どっちがいいかなー。そっか! 私と遊びたいんだ! 鬼ごっこスタート!」


爽真なにも言ってなくね!?


爽真は三階を見上げて顔を真っ青にすると、走って体育館裏から校内に入って行った。

朝宮は冷静に歩いて校舎裏を立ち去り、俺や周りの生徒が唖然としていたその時だった。

三階から悲鳴が聞こえてきて、すぐにカッターを持った咲野が二階に降りてきた。


「あっ! 一輝くん! 一輝くんとは後で遊んであげるね♡ お家まで送るから、私のことだけ考えてちゃんと待ってて♡」

「えっ、あっ」

「遊びたいでしょ? 私と」 

「は、はい!」


急に真顔になるの、怖いからやめてくれます!?


「いい子♡ 本当にいい子だねぇ♡ それじゃ、ちゃーんと待ってるんだよ!」

「分かりました!」


よし。なんか怖いから隠れよう!


咲野が走っていくのを確認して、俺は全力で保健室まで走った。


「よし、誰もいないな」


保健室に逃げ込んでホッと一安心した次の瞬間、校内に、キーン!という、マイクの音が響き渡った。


「なんだ‥‥‥?」

『今すぐ脱げ』


待って!?今の俺の声じゃね!?

てことは朝宮!?

なにがどうなってんの!?


朝宮に電話するか悩んでいると、朝宮の方から保健室へやってきた。


「目撃情報通り、保健室に居ましたね」

「さっきのはなんなんだよ!」

「新聞部の島村さんが、慌て私に声をかけて来たんです。『咲野さんは中途半端な人じゃないから、今すぐ気を逸させないと、爽真さんが死ぬかもしれません』って」

「だからってなんで俺の声流したわけ!? 変な噂が広まるだろ!」

「落ち着きなさいよ」

「あーもう! クールぶってんじゃねーよ!!」

「クールぶってる? 私だって貴方には言いたいことがたくさんあります。帰ったら分かってるんでしょうね」

「帰ったらどうせ怖くなくなるだろ」

「まったく。これだから貴方は」

「あはっ! 一輝くんみーつけた!」


保健室の外から咲野の声が聞こえた。

俺達の声が聞こえていたのか。

でも、どうして俺を探してるんだ?

爽真はもう始末したってこと!?


「朝の悪戯のことはもういいです。ですがなにより、爽真さんをまたその気にさせたことは本気で怒ってますからね。でも、これで少しは懲りてください」

「あ、朝宮‥‥‥?」


次の瞬間、勢いよく扉が開き、カッター片手に笑みを浮かべた咲野が入ってきてしまった。

そして咲野は保健室の内鍵を閉めて、カッターの刃を最大に伸ばして近づいてくる。


「さっ、咲野? どうしたんだよ。俺のこと好きなんじゃなかったのか?」

「えー? そうだったかなー。 でもどうして怯えてるのかな? さっき言った通り、遊んであげるだけだよー?」

「デスゲームは趣味じゃないんだ!」

「知らないなー。それに、和夏菜ちゃんと一緒ってことは、さっきの放送は和夏菜ちゃんに言ったってことだよね」

「あ、あれは違う! 朝宮も説明しろよ!」

「は? なに和夏菜ちゃんに命令してるわけ?」

「ごめん! じゃなくて、マジでなんでこうなった!?」

「私言ったよね。爽真くんがもう一度告白することがあれば埋めるって」

「それは爽真のことだろ!?」

「私思ったの。一番近くにいる一輝くんが和夏菜ちゃんを守らなきゃダメでしょ? なのに呑気に見学してたよねー。挙げ句の果てに和夏菜ちゃんを性の吐口にしようとしてさ!!」

「あっぶねっ!!」


素早い動きでカッターを振られ、寸前で避けることができたが、尻餅をついたせいで、腰がすくんで立ち上がることができなくなってしまった。


「あはっ! 可愛いなぁー♡ 今朝まで好きだった人がさぁー、今まで見せなかった、本気で怯えた表情♡ 可愛いなぁー♡ ゾクゾクするなぁー♡ 嬉しいなぁー♡」

「ごめんなさぃ〜! ッ!!」


咲野が再び手を振りかぶったその瞬間。


「やめてください」


朝宮が咲野を止めてくれた。


「どうして? 和夏菜ちゃんのために、害虫を駆除してあげるんだよ? 嬉しいでしょ? 嬉しいよね」

「私は、優しくて、誰も傷つけたりしない咲野さんなら、たまに遊んであげてもいいと思っています」

「本当!?♡」

「はい。一年に一度」

「うれしぃー♡!」


一年に一度で嬉しいとか、本当に和夏菜のことが大好きなんだな‥‥‥。

とにかく俺は助かったっぽい‥‥‥。


「それじゃ、次の土曜日に最初の一年に一回を使う!」

「分かりました」


咲野は目を見開いて俺を見下ろして、カッターをポケットにしまった後、ニコッと笑みを浮かべた。


「命拾いしたね」

「はい。ありがとうございます‥‥‥」

「さて! 先生に怒られてきまーす!」


そう言って咲野は保健室を後にして、安心して立ち上がった俺を、朝宮は今にも笑いそうなのを我慢したような表情で見つめた後、保健室を出て行った。


「なんなんだよ‥‥‥俺も帰ろ‥‥‥」


結局俺も、廊下で芽衣子先生に捕まり、事情を説明してからの下校となった。





「ぷー! あははははは!」

「なに笑ってんだよ」


帰ってきた俺を、朝宮はリビングでロボ犬を抱き抱えながらひたすら笑い続けた。


「あはは! 『ごめんなさぃ〜!』ですって! あはははは!」

「バカにするなよ! 本気で怖かったんだからな!」

「でも私が助けてあげました! 感謝を込めて、裸でM字開脚しながらお礼を言ってください!」

「どんなプレイだよ!! まぁ、でも‥‥‥助かった。ありがとう」

「ありがとうございますですよね!」 

「ありがとうございます!」 

『もう一回言って』

「黙れ犬!!」

「犬にまでバカにされて、掃部かもんさんは犬以下ですね! ほら、ブーって鳴いてみてください!」

「は? なんだって!」

「ブーですよ! ブーブー!」

「ん?」

「ブーブー! ブー!!」

「なに言ってんだよ豚」

「あっ!! 私をハメましたね!」

「仕返しの仕返しだ! あっ、ゲームの通知かな」


携帯の通知が鳴り、カバンから携帯を取り出すと、朝宮はスカートを押さえながら、リビングの隅で縮こまってしまった。

急に、なにに怯えているんだあいつは。


「なにしてんの?」

「私をハメて、撮る気ですね!!」

「ん? はい?」

「それって、ハメ撮りって言うんですよね!!」

「変な訳し方するなよ!! 誰がお前なんかと!!」

「え? 他の人とならできると思っているんですか?」

『哀れ、哀れ』

「その犬、マジで捨てていいか」

「ハメ撮りした後に捨てるとか、人間のクズです!!」

「もう黙ってくれ〜!!!!」


そんなこんなで、相変わらず騒がしい時間を過ごしたが、朝宮はあれやこれやと器用に咲野をしつけて、ストーカー被害は綺麗に解決することができた。

咲野は一週間の謹慎をくらって、結局朝宮と遊びに行けなくなったみたいだけど。

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