第11話/ゾクゾクするなぁー♡
再び朝宮が告白される日の朝、朝宮は、漫画のキャラクターが実験に失敗して爆発を起こした時のような、すごい寝癖を付けてリビングへやってきた。
「おはようございまーす‥‥‥ふぁ〜」
「呑気にあくびしやがって、鏡見てみろよ。ちゃんと髪乾かさないからだぞ」
「髪が長いと、乾かすのは疲れます。直したいので髪を洗ってください」
「無理、汚い。それに裸見ることになるぞ」
「いいですよー」
口調もフワフワしてるし、完全に寝ぼけてるな。
「なぁ」
「はいー?」
「今すぐ脱げ」
これくらい衝撃的なこと言えば目も覚めるだろ。
すると朝宮の目が急にちゃんと開き、パジャマのポケットから携帯を取り出した。
「よし! 寝ぼけてるフリしたら、男の本性出すかも大作戦成功です!」
「あ、あのさ、ピコンってなんの音だ?」
「録音しました! 『今すぐ脱げ』ボイス、なにかに使えそうですね!」
「なににも使えねーよ!! 今すぐ消せ!」
「シャワー浴びてきまーす! お風呂に携帯持っていくので、消したいなら入ってきてくださいね!」
「無理だろ!」
「どんまーい!」
朝からからかいやがって!!
俺もいつか、朝宮の弱みを握ってやるからな!!
※
俺は先に家を出て学校にやってきたが、家を出る時、些細な復讐で、朝宮の靴の中にゴキブリのドッキリグッズを入れてきた。
ざまーみろだ。
だが数分後、俺は後悔することになった。
教室にやってきた朝宮は、机を拭く俺を鬼のような恐ろしい目で睨みつけてきたのだ。
学校でのクールな雰囲気を醸し出す朝宮に睨まれるのは、シンプルに恐怖。
なにも言ってこないのも、更に恐怖を煽ってくる。
思わず目を逸らしてしまったが、なんだか朝宮に負けた気分だ。
「掃除機くん!」
爽真に呼ばれて、俺はすぐに廊下に出た。
別に朝宮から逃げたわけじゃない!
「なんだ?」
「ちょっといいかい?」
「おう」
教室から離れて、階段の踊り場までやって来たが、多分告白の相談かなんかだろう。
「今日、朝宮さんに告白する」
「そ、そうか」
「成功率はどれくらいだと思う?」
「えっ、んー、百」
「百!? もしかして、朝宮さんになにか聞いたのかい?」
「いや、なんとなく。あとごめんな」
「どうして君が謝るんだい?」
「いやー、告白したあと、すぐに帰った方がいいと思うぞ」
「そうだね。朝宮さんと帰れたら嬉しいな」
爽真が帰る場所が土になるかもしれないなんて、絶対に言えない。
「あぁ! 一輝くん、こんなところに居た!」
珍しく校門前に居なかった咲野が、俺を探してやってきた。
「お前、校門前に居なかったじゃんか」
「ちょっと寝坊しちゃったんだ! 今日はいっぱい寝たから元気いっぱいだよ!」
今日に限って元気いっぱいとか、本当に爽真は埋められてしまうかもしれないな。
線香だけはあげに行こう。
「ほらほら、教室まで送って行ってあげる!」
「頼むから制服に触るな!」
咲野に制服を引っ張られながら階段を上がっている時、爽真は明るい声で俺達に言った。
「ダブルデートしようね!」
「しねーよ! 変な勘違いすんな!」
「ダブルデート?」
「あっ、いや、なんでもない」
「そうだ、僕も君のクラスに戻らなきゃ!」
そう言って爽真は俺達を追い抜かし、A組へと走っていった。
そしてタイミング悪く、俺と咲野が教室に入った瞬間聞こえてきたのは、爽真が朝宮を放課後に校舎裏へ誘う声だった。
そして再び教室内は騒めき、男子生徒が唇を噛み、女子生徒は盛り上がる中、咲野だけはポケットに手を入れて、明らかにカッターの刃をカチカチと出したり引っ込めたりしている‥‥‥。
「教室戻る」
「お、おう‥‥‥」
圧倒的嵐の予感‥‥‥。
それに、多分俺のせいでまた告白されると思ってる朝宮に、またしても睨まれるしで、さすがに帰ったら謝るしかないな。
※
どうして楽しい時と、こういう時だけ時間が過ぎるのが早く感じるのだろうか。
あっという間に放課後になってしまった。
今回も二人を見学しようと、朝宮より早く廊下に出ると、カメラを握りしめた島村がC組から飛び出して行った。
島村も頑張るな。たしかに朝宮関連だと、朝から貼り出された校内新聞を眺めていたり、手に持って持ち歩いている生徒が目立つし、自分が作ったものを読んでもらえるのは嬉しんだろうな。
そして咲野の様子が気になってB組を覗いてみたが、咲野の姿は見当たらない。
ひとまず俺も二階に上がり、窓から校舎裏を見下ろした。
さすがに二階なら会話もある程度聞こえるだろう。
二人を待っていると、すぐに爽真が現れ、そのあとすぐに朝宮がやってきた。
「待ってたよ!」
「ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫! 待つのは苦じゃないからね!」
「違います。私は貴方を好きにはなれません」
「えっ」
速攻振ったな。やっぱりダメか。
そう思った瞬間、目の前を無数の画鋲が落ちていき、三階から咲野の声が聞こえてきた。
「爽真くーん」
「な、なんだい? この画鋲はどういうことなんだい?」
「今その場で全部飲み込むか、私と鬼ごっこ、どっちがいいかなー。そっか! 私と遊びたいんだ! 鬼ごっこスタート!」
爽真なにも言ってなくね!?
爽真は三階を見上げて顔を真っ青にすると、走って体育館裏から校内に入って行った。
朝宮は冷静に歩いて校舎裏を立ち去り、俺や周りの生徒が唖然としていたその時だった。
三階から悲鳴が聞こえてきて、すぐにカッターを持った咲野が二階に降りてきた。
「あっ! 一輝くん! 一輝くんとは後で遊んであげるね♡ お家まで送るから、私のことだけ考えてちゃんと待ってて♡」
「えっ、あっ」
「遊びたいでしょ? 私と」
「は、はい!」
急に真顔になるの、怖いからやめてくれます!?
「いい子♡ 本当にいい子だねぇ♡ それじゃ、ちゃーんと待ってるんだよ!」
「分かりました!」
よし。なんか怖いから隠れよう!
咲野が走っていくのを確認して、俺は全力で保健室まで走った。
「よし、誰もいないな」
保健室に逃げ込んでホッと一安心した次の瞬間、校内に、キーン!という、マイクの音が響き渡った。
「なんだ‥‥‥?」
『今すぐ脱げ』
待って!?今の俺の声じゃね!?
てことは朝宮!?
なにがどうなってんの!?
朝宮に電話するか悩んでいると、朝宮の方から保健室へやってきた。
「目撃情報通り、保健室に居ましたね」
「さっきのはなんなんだよ!」
「新聞部の島村さんが、慌て私に声をかけて来たんです。『咲野さんは中途半端な人じゃないから、今すぐ気を逸させないと、爽真さんが死ぬかもしれません』って」
「だからってなんで俺の声流したわけ!? 変な噂が広まるだろ!」
「落ち着きなさいよ」
「あーもう! クールぶってんじゃねーよ!!」
「クールぶってる? 私だって貴方には言いたいことがたくさんあります。帰ったら分かってるんでしょうね」
「帰ったらどうせ怖くなくなるだろ」
「まったく。これだから貴方は」
「あはっ! 一輝くんみーつけた!」
保健室の外から咲野の声が聞こえた。
俺達の声が聞こえていたのか。
でも、どうして俺を探してるんだ?
爽真はもう始末したってこと!?
「朝の悪戯のことはもういいです。ですがなにより、爽真さんをまたその気にさせたことは本気で怒ってますからね。でも、これで少しは懲りてください」
「あ、朝宮‥‥‥?」
次の瞬間、勢いよく扉が開き、カッター片手に笑みを浮かべた咲野が入ってきてしまった。
そして咲野は保健室の内鍵を閉めて、カッターの刃を最大に伸ばして近づいてくる。
「さっ、咲野? どうしたんだよ。俺のこと好きなんじゃなかったのか?」
「えー? そうだったかなー。 でもどうして怯えてるのかな? さっき言った通り、遊んであげるだけだよー?」
「デスゲームは趣味じゃないんだ!」
「知らないなー。それに、和夏菜ちゃんと一緒ってことは、さっきの放送は和夏菜ちゃんに言ったってことだよね」
「あ、あれは違う! 朝宮も説明しろよ!」
「は? なに和夏菜ちゃんに命令してるわけ?」
「ごめん! じゃなくて、マジでなんでこうなった!?」
「私言ったよね。爽真くんがもう一度告白することがあれば埋めるって」
「それは爽真のことだろ!?」
「私思ったの。一番近くにいる一輝くんが和夏菜ちゃんを守らなきゃダメでしょ? なのに呑気に見学してたよねー。挙げ句の果てに和夏菜ちゃんを性の吐口にしようとしてさ!!」
「あっぶねっ!!」
素早い動きでカッターを振られ、寸前で避けることができたが、尻餅をついたせいで、腰がすくんで立ち上がることができなくなってしまった。
「あはっ! 可愛いなぁー♡ 今朝まで好きだった人がさぁー、今まで見せなかった、本気で怯えた表情♡ 可愛いなぁー♡ ゾクゾクするなぁー♡ 嬉しいなぁー♡」
「ごめんなさぃ〜! ッ!!」
咲野が再び手を振りかぶったその瞬間。
「やめてください」
朝宮が咲野を止めてくれた。
「どうして? 和夏菜ちゃんのために、害虫を駆除してあげるんだよ? 嬉しいでしょ? 嬉しいよね」
「私は、優しくて、誰も傷つけたりしない咲野さんなら、たまに遊んであげてもいいと思っています」
「本当!?♡」
「はい。一年に一度」
「うれしぃー♡!」
一年に一度で嬉しいとか、本当に和夏菜のことが大好きなんだな‥‥‥。
とにかく俺は助かったっぽい‥‥‥。
「それじゃ、次の土曜日に最初の一年に一回を使う!」
「分かりました」
咲野は目を見開いて俺を見下ろして、カッターをポケットにしまった後、ニコッと笑みを浮かべた。
「命拾いしたね」
「はい。ありがとうございます‥‥‥」
「さて! 先生に怒られてきまーす!」
そう言って咲野は保健室を後にして、安心して立ち上がった俺を、朝宮は今にも笑いそうなのを我慢したような表情で見つめた後、保健室を出て行った。
「なんなんだよ‥‥‥俺も帰ろ‥‥‥」
結局俺も、廊下で芽衣子先生に捕まり、事情を説明してからの下校となった。
※
「ぷー! あははははは!」
「なに笑ってんだよ」
帰ってきた俺を、朝宮はリビングでロボ犬を抱き抱えながらひたすら笑い続けた。
「あはは! 『ごめんなさぃ〜!』ですって! あはははは!」
「バカにするなよ! 本気で怖かったんだからな!」
「でも私が助けてあげました! 感謝を込めて、裸でM字開脚しながらお礼を言ってください!」
「どんなプレイだよ!! まぁ、でも‥‥‥助かった。ありがとう」
「ありがとうございますですよね!」
「ありがとうございます!」
『もう一回言って』
「黙れ犬!!」
「犬にまでバカにされて、
「は? なんだって!」
「ブーですよ! ブーブー!」
「ん?」
「ブーブー! ブー!!」
「なに言ってんだよ豚」
「あっ!! 私をハメましたね!」
「仕返しの仕返しだ! あっ、ゲームの通知かな」
携帯の通知が鳴り、カバンから携帯を取り出すと、朝宮はスカートを押さえながら、リビングの隅で縮こまってしまった。
急に、なにに怯えているんだあいつは。
「なにしてんの?」
「私をハメて、撮る気ですね!!」
「ん? はい?」
「それって、ハメ撮りって言うんですよね!!」
「変な訳し方するなよ!! 誰がお前なんかと!!」
「え? 他の人とならできると思っているんですか?」
『哀れ、哀れ』
「その犬、マジで捨てていいか」
「ハメ撮りした後に捨てるとか、人間のクズです!!」
「もう黙ってくれ〜!!!!」
そんなこんなで、相変わらず騒がしい時間を過ごしたが、朝宮はあれやこれやと器用に咲野を
咲野は一週間の謹慎をくらって、結局朝宮と遊びに行けなくなったみたいだけど。
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