第10話/嫉妬しないで♡


咲野は丁寧に靴を脱いで、脱いだ靴を片手に家に上がり込んできてしまった。


「い、いつから見てた?」

「今さっきだよ? それよりねぇねぇ! 和夏菜ちゃんはどうして警察の格好してるの?」

「私、警察になるのが夢なので、それの練習です。深い意味はありません」


よくもまぁサラッと嘘が思い付くな。


「可愛い♡ すごく似合ってるよ♡」

「着替えてきます」

「ダメだよぉ♡」

「ひゃ!」


リビングから出て行こうとした朝宮を咲野は後ろから抱きしめ、朝宮の胸を鷲掴みにしてしまった。

見てはいけないと思いつつ、咲野の手に揉まれる胸から目が離せない。


「はぁ♡ 和夏菜ちゃんの大事なところに触れちゃったぁ♡ 大きいなー♡ 柔らかいなー♡」

「やっ、やめてください!」

「動揺してる?♡ クールじゃない反応しちゃってるよー?♡ 私がそうさせたんだね! 一瞬でも私が和夏菜ちゃんを変えたんだね♡」


歯止めが効かなくなった咲野は、朝宮の太ももにも手を伸ばし、指先でなぞるようスカートの中に手を入れていった。

次の瞬間、困った顔をした朝宮に見つめられ、一瞬で興奮が冷めて我に返った。


「咲野! その辺でやめておけ」

「あはっ! 一輝くんもしてほしかったのー? してあげるから嫉妬しないで♡」

「こ、来ないでくれ‥‥‥」


朝宮から離れると、次はニヤニヤしながら俺に近づいて来てしまった。

さすがに後退りするが、壁まで追いやられてしまい、急に胸が苦しくなってしまった次の瞬間、朝宮が咲野の左腕を掴んだ。


「咲野さん」

「なーにー? 和香菜ちゃん♡」

掃部かもんさんが嫌がっています」

「あ、朝宮? 咲野にそういうこと言うと‥‥‥」


やっぱり咲野はショックそうな顔をして頭を抱えてしまった。

俺の家で血を流すのだけは勘弁してくれよ!?


「一輝くんが嫌がることしちゃった‥‥‥私が‥‥‥私が‥‥‥」

「朝宮! 咲野を抑えろ!」


壁に向かって頭をぶつけようとした咲野を、朝宮が背後から抱きつくように捕まえると、咲野は幸せそうな表情に変わってなんとか落ち着いた。


「そのまま追い出せ」

「はい」


朝宮は咲野を連れて玄関へ行き、俺はリビングから二人の会話を盗み聞きすることにした。


「今日は帰ってください」

「えー。もっとこの家の空気吸ってたいよ」

「家に来られるのは迷惑です」

「そうだよね! 和夏菜ちゃんは学校の、みんなが見てるところで私と話したいんだもんね!」

「それは掃部かもんさんです。掃部かもんさんは学校でイチャイチャしたいと言っていました」

「えっ♡ そうなの!?」

「はい」


朝宮〜!!!!

俺を売りやがったな!!


「だから今日は大人しく帰ってください」

「分かった! 二人を幸せにできるように、私なんでも言うこと聞くからね!」

「はい。よろしくお願いします」


咲野がスキップしながら帰っていくのをモニターで確認し、俺はすぐに朝宮を問い詰めた。


「なに俺のこと売ってんだよ!!」

「うるさいです! 私がエッチなことされてる時、ここぞとばかりに見てたじゃないですか! 今日のおかずにするつもりですね!」

「しないって! それは本当にごめん!」

「最終的に助けてくれたからいいですけど。おかずにしたら、したって報告してくださいね」

「なんでだよ」 

「興味があるからです!」

「ド変態が!!」

「高一女子の性欲をなめないでください!」 

「堂々と言うことじゃないからな!」


すると朝宮は急にモジモジし始め、軽く俯きながら言った。


「こ、高一女子の性欲をなめないでください‥‥‥ね?」

「うん。堂々としなければいいわけじゃないから。逆に雰囲気出ちゃうから」


そんなこんなで、今日は朝宮も疲れたのか、悪さをしないでほとんどの時間を自分の部屋で過ごし、俺も久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすことができた。





あれから数日が経って六月に入り、入学してから約二ヶ月とは思えないほど、濃厚な日々に疲れも溜まってきているが、そんな環境に慣れ始めている自分もいる。

ただ、朝宮のせいで、毎日咲野が俺に付き纏って来るようになってしまっていた。


「おはよう一輝いつきくん!」

「お、おはよう」


俺が登校して来るのを校門前で待ち構えるのが咲野の日課だ。

そのせいで、周りからは完全に付き合っていると思われている。気がする‥‥‥。


「教室まで送るね!」

「一人で行けるって」

「ツンデレなのも可愛いね♡」

「い、いつデレたよ‥‥‥」

「素直じゃないのも可愛くて好きぃー♡」


ヤバい一面が無ければ、普通に可愛すぎる同級生なんだけど、島村も咲野はヤバいって言ってたし、なにで地雷を踏むか分からなくて、常に怯えながら話してしまう。


教室に着くと、そのまま咲野も入ってきて、掃除を始める俺をニコニコしながらずっと見つめてくる。


「一輝さ、咲野さんと付き合ってるの?」


さすがの陽大も気になって話しかけてきたか。


「んなわけないだろ」

「私は一輝くんがしたい時に使ってもらう女だよ!」

「なに言っちゃってんの!?」


咲野の爆弾発言で、教室が一気に静まり返る。

それと同時に嫌な汗が止まらなくなってしまった。


「一輝はそんなことしないよ。潔癖症だし」

「んー? どうして君が決めつけてるのかな? ねぇねぇ、どうして?」

「ぼ、僕は一輝と中学の頃からの友達なんだ。一輝をよく知ってる」


大きく目を見開いて陽大に詰め寄っていく咲野を見ていると、朝宮が登校してきて、一瞬で教室が賑やかになった。


「和夏菜ちゃんおはよう!」

「おはようございます」


さっそくみんなに話しかけられた朝宮は、一切咲野と目を合わせずに席についた。

その間に陽大は壁まで追いやられ、首に爪を立てられていた。

ここは陽大を犠牲に、さっさと掃除を済ませてしまおう。





やっと全ての掃除が終わった時、気づけば咲野は居なく、床に蹲って怯える陽大が居た。


「大丈夫だったか?」 

「無理! あの人怖いよ!」


これから咲野をどうすればいいのか分からず、なんとなく朝宮に視線を向けると、朝宮もクールな表情で俺を見ていた。


無言の圧‥‥‥。

早く何とかしろってことだろうな。





その日の昼休み、俺は昼飯を我慢して新聞部の部室にやってきた。


「よっ」

「また事件ですか?」

「これ受け取れ」


五百玉を島村に軽く投げ、それをキャッチした島村は、五百をポケットに入れて椅子に座った。


「何の依頼ですか? それとも、なにか情報が欲しいのですか?」

「咲野が中学の時にしたことを聞かせてくれ」

「分かりました。咲野さんと私は同じ中学だったのですが、咲野さんは普段、とても可愛い女の子で、好きになった人には誰よりも尽くそうとするいい子です」 

「そうっぽいな」

「はい。中学の頃、咲野さんには恋心を寄せる女子生徒がいて、今貴方にしているように、付き纏うようになったんです。その女子生徒はそれを嫌がりませんでしたが、女子って女同士で手を繋いで歩いたりするじゃないですか」 

「あー、たまに見る」

「その女子生徒は咲野さん以外の女子生徒と手を繋いで下校したんですよ。そしてそれを見た咲野さんは翌日、好きな女子生徒と手を繋いでいた女子生徒を、カッターを持って追いかけ回しました」

「‥‥‥マジ?」

「はい。結局女子生徒は逃げ切って無事でしたが、カッターを持って笑いながら追いかけている様子は、私でもゾッとしましたね」

「‥‥‥とにかく聞きたいことは聞けたけど、俺と朝宮はどう対応したらいいと思う?」 

「地雷を見つけてそれを避けるか、いっそ踏んでしまうかでしょうね」

「踏んだら終わりだろ! 誰かが襲われる!」

「今朝、爽真さんが朝宮さんにまた告白するならいつがいいか相談しに来ました」

「島村って相談屋もしてるのか?」

「‥‥‥」

「しっ、しーちゃんって相談屋もしてるの?」

「はい」


しーちゃん呼びじゃないと反応しないのは何なんだよ。

すごくやり辛い‥‥‥。


「爽真さんが勝手に地雷を踏んでくれるのを待つのも手です」

「それいいな」

「やっぱり最低な人ですね」

「別に、大切な人以外が傷つくのとかどうでもいいんだよな」

「朝宮さんは大切な人に入らないんですか?」

「なんで朝宮?」

「一緒に暮らしているので」

「んー、この学校で大切な友達とか、陽大だけかな」

「朝宮さんがカッターで襲われて泣いていても、なにも思いませんか?」

「やめさせはするだろうけど、どうだろうな」

「まぁいいです。ちなみに、爽真さんが告白するのは明日です」

「はぁ!? 早すぎだろ!」

「あの感じだと、どうせ振られますし、いつでもいいかと思いまして」

「そりゃ明日とか無理だろ! もっと時間をかけてだな!」

「早く新しい新聞作りたいですし」

「まったく、余計なことするなよ」


次の瞬間、新聞部の部室の扉が音を立てて勢いよく開いた。


「二人きりで薄暗い部室。なにしてるのかな?」


口調は優しく表情は笑顔の咲野が来てしまった。

でも違う‥‥‥。この笑顔の裏は絶対笑ってない。


「相談を受けていました」

「どんな?」

「教えられません。これは私のポリシーです」

「へー。一輝くんは教えてくれるよね♡」

「ご、ごめん‥‥‥」

「そっかー。二人して私に隠し事するんだね。でも大丈夫だよ? 一輝くんは全然悪くないんだから。悪いのはしーちゃんだけ」

「し、しーちゃん? 咲野から笑顔が消えましたけど?」

「さ、咲野さんの対応をどうすべきか相談されていました」

「ポリシーどこいった!! 金返せ!!」

「私の話?」


こうなったら、なんとか上手く誤魔化すしかないな。


「そ、そうなんだよ。咲野は良い奴って分かってるんだけどさ」

「うんうん♡! それで♡?」

「付き纏われるのは嫌だなって」


動揺しすぎて、めっちゃ素直に言っちゃったー!!!!

もうダメだ!!お母さんお父さん、天国で待ってます!!


「‥‥‥そっか」 

「さ、咲野? 今のは違くて」

「一輝くんはもう汚れちゃったんだね。他の女と話して、洗脳されちゃったんだ。しーちゃん?」

「はい」


咲野がニッコリ笑みを浮かべた瞬間、島村は目にも留まらぬ速さで逃げていき、咲野は静かにポケットからカッターを取り出した。


「落ち着け咲野! 俺は洗脳されてない! あ、あれだよ、嘘ついて、咲野が本当に俺のことが好きなのか試しただけなんだ!」

「そうなの?」

「そうだ!」

「なーんだ♡ 大事な友達のしーちゃんを消しちゃうところだった♡」


マジ無理。マジ怖い。


結局咲野の地雷は爆発することなく、なんとか誤魔化すことができた。





「ただいまー」

「おかえりなさい!」


学校が終わって帰って来ると、朝宮は頬にクリームを付けて俺を出迎えた。


「最近帰って来るの早くね?」

「最近は男子生徒も声をかけて来ることが増えたので、さっさと帰ってきちゃうんです!」

「なるほどな。それと、顔にクリーム付いてるぞ」

掃部かもんさん‥‥‥この短時間で、私に気づかれないように、どうやってぶっかけたんですか‥‥‥?」

「俺じゃねーよ!!」

「それじゃ誰が!!」

「まず変な意味から離れろ!」


俺がそう言うと、朝宮は二階へ上がっていき、俺は深いため息を吐いて自分の部屋へやってきた。


部屋に入ってすぐ、朝宮がノックもせずに俺の部屋に入ってきて、マジックペンでフローリングの床に【変な意味】と書いて、一歩後ろに下がった。


「離れました!」

「‥‥‥」

「離れました!!」

「分かってるわ!! そうじゃねんだよ!! なに床に直で書いてんの!? これ消えないだろ!!」

「傷はいつか消えます‥‥‥生きてさえいれば‥‥‥」

「なに名言みたいなこと言ってんの? あと、傷じゃなくて汚れな」

「自分が汚れてしまったとか思わないでくだわさい!」 

「床な」

由香ゆかちゃんなんて今はどうでもいいです!」

「由香ちゃん誰だよ」

「もういい! 掃部かもんさんなんて知りません!!」

「えぇー‥‥‥」


床にマジックペンを投げつけて、俺の部屋を出て行ってしまった。

どう考えても俺は一ミリも悪くないのに、なんか悪いことした気持ちになるのは何故だろう。


「ふぅー。本気で怒られる前に逃げ出せた!」

「聞こえてるからな!!」

「盗み聞きしないでください! エッチ!」

「なんで!?」


本当、こんな奴が学年一のイケメンに、明日二回目の告白されるとか、世も末だな。

にしても‥‥‥


「この床どうするんだよ‥‥‥」  


字は凄まじく綺麗だけども‥‥‥。

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