第4話/胸デカッ!!


「おっはようございまーす!」


朝宮が俺の家に住み始めて、初めての休日。

朝宮はサングラスとマスクを身につけて、怪しい姿で俺の部屋に突入して来た。


「頼むから寝かせてくれ。あと、俺の部屋に入るな」

「これからお出かけしましょう!」

「何で朝宮と。カップルでもあるまいし」


掛け布団を頭までかぶり、完全防御体制に入るが、朝宮が出ていく様子はない。


「私は掃部かもんさんとお出かけしたいです!」

「お断りします」

「どうしてですか! せっかくお誘いしているのに!」

「なんなの? 俺のこと好きなの?」

「人間としては気になる人です! 掃部かもんさんには、他の男子生徒には無い何かを感じます!」

「それは多分、お前への苛立ちだと思う」

「違いますよ! あまり人に興味が無さそうというか、私から見えている掃部かもんさんは、お友達はいるのに、どこか全員と距離を置いてると言いますか、声をかけてくる生徒もいるのに、なんだかいつも寂しそうに見えます!」

「黙れ」

「いきなり酷いです! まぁ、私が一緒に暮らしてあげてるので、寂しいなんてあり得ないでしょうけどね!」

「暮らしてあげてるはこっちのセリフだろ」

「黙ってください」

「なんで!?」

「すっかり目が覚めたみたいですね! 早く行きますよ!」


行かないといつまでもしつこそうと考えると、行ってしまった方が楽だと思い、外に出る準備をして、変装をした朝宮と一緒に家を出た。


「良い天気ですね!」

「サングラスしてて分かるのか?」

「分かりますよ?」

「てか、マスクとサングラスしてても、なんか朝宮って分かるな」

「それは困ります!」

「せめてポニーテールにでもしとけ。俺も休日に朝宮と出かけてたとか噂になったらめんどくさいしな」

「分かりました!」


左腕につけていた黒いヘアゴムでポニーテールにし、またスタスタと歩いて行く。


「てか、なんで変装してるんだ?」

「なんかこの格好だと有名人みたいで良いじゃないですか!」

「そういう理由かよ。それより、どこ行くんだ?」

「本屋に行きます!」

「漫画でも買うのか?」

「小説を買うんです」

「意外だな」

「学校でなにもしていないと、すぐに話しかけられて迷惑なので」

「別に仲良くすればいいだろ」

「一時の友情に時間を浪費する意味はなんですか? そこに価値はありますか?」


俺は何も答えられなかった。

そして、朝宮は俺が思うよりも闇が深いことが分かってしまった。


それから朝宮を先頭にして歩き続けて本屋に着くと、朝宮は小説コーナーで本を眺めながら、なにかを考え始めた。


「好きなジャンルとかあるのか?」

「サスペンスホラーとかですかね。迷います」

「ふーん。早く選べよー」

「それじゃ、これとこれと、あとこれにします」


朝宮は三冊の小説を買って本屋を出ると、次は近くのショッピングモールへやって来た。

休日ということもあって人が多く、いかにも怪しい姿の朝宮を、すれ違いざまにチラ見する人や、ガン見する人が続出中だ。


「みんな見てきますよ! 本当に有名人になった気分です!」

「みんな怪しんでるだけだろ」

「服を見てもいいですか?」

「うん、俺の話聞いてる? まぁいいけど、家に帰らないで金あるのか?」

「はい! 貯金していたので!」


そう言って店の中へ入っていき、俺も自然と後ろをついて行ったが、俺の目に飛び込んできたのは、色とりどりの女性もの下着だった。


「ち、違う店行ってくるわ」

「ダメですよ! なんなら掃部かもんさんのも買ってあげますから!」

「アホか!」

「それじゃこれだけ聞かせてください」

「な、なんだ?」

「なに色が好きですか?」

「絶対答えない」

「ケチですね。万が一見られても、掃部かもんさんが怒らない下着にしようと思ったんですけど」

「まず見せるなよ」

「万が一ですよ」

「とりあえずまた後でな」

「ダメですってば!」


朝宮から逃げるために、小走りでショッピングセンター内にあるゲームセンターへやってきた。


「あれ? 一輝いつきじゃん」


来たのが間違いだった。

クラスの女子生徒、しかも朝宮に嫌がらせしてる二人に声をかけられてしまった。

人に興味が無さすぎて金髪ギャルの方の名前は知らない。

ちなみに朝宮の名前は、人気者だからたまたま知っていただけだ。

にしても、休日に日向と会うとはな。


「一人で来てるの?」

「えっと、そ、そうだけど」

「あはは! ボッチかよ!」

「悪かったな」

「てかさー、毎朝掃除してて邪魔なんだけど」

「そんなこと言ったら可哀想だって」

「そうだ、可哀想だろ。俺が」

「おかげで私達が楽できてるんだから、絵梨奈えりなも感謝しなよ」


ギャルは絵梨奈えりなって言うのか。一応覚えておこう。


それにしてもさっきから日向は、俺を擁護ようごするような態度を取ってくるけど、日向はこんないい奴じゃない。

朝宮ばりに裏の顔の持ち主なんだ。


「なに? まさか桜、一輝いつきのこと好きだったりする?」

「まさか! ただの元カレだよ」

「はぁ!? 本気で言ってんの!?」

「うん!」


そう。日向桜ひなたさくらは、俺の唯一の元カノ。

俺が極度の潔癖症になる前、中学ニ年の半年間付き合っていた人物だ。

学校で会うのも嫌なのに、休日に会うとかもっと最悪。


一輝いつきのどこがいいの!?」

「えー、優しいし、爽やかな感じするし!」

「そりゃどうも。俺は帰るわ」

「ちょっと待ちなって!」


この場から立ち去ろうとした時、絵梨奈えりなに肩を掴まれて、鳥肌が立つと同時に素早く振り向いた。


「汚っ! あっ‥‥‥」

「あぁ? 今、汚いって言った?」

「ち、違うんだ! 来たな! 俺の歩みを止めるものよ! 的な感じの意味だ!」

「なーんだ! ビックリして殴るとこだった!」

「ビックリしただけで殴るとか、絶対お化け屋敷とか入るなよ? 幽霊役が本当に幽霊になっちまう」

「は?」

「なんでもないです」


絵梨奈えりなと話している間、日向は人を見下すような目で、静かに俺を見ていた。

あまり長居すると、俺の精神衛生上良くない。

やっぱり今すぐ帰ろう。


「とにかく帰るわ」

「また月曜日ね。一輝いつきくん」

「お、おう」





結局、朝宮には何も言わずに、朝宮をショッピングモールに置いて家に帰って来てしまった。


絵梨奈えりなに触られた服をすぐに洗濯し、少し仮眠を取ろうとベッドに入り目を覚ますと、頬を膨らませながら俺を見下ろす朝宮と目が合った。


「勝手に帰るとか、カップルなら別れてますよ!」

「カップルじゃないから許してくれ」

「はいはい! そうですね! 今日は夜ご飯作ってあげせんから!」

「そもそも作れないだろ。食わないし」

「はいはい! そうですね! それより、もう十九時ですよ?」

「はぁ!?」


仮眠のつもりが普通に寝てしまっていた。

日頃の疲れが原因か。主に朝宮のせい。


「よし、スーパー行くぞ」

「誘ってくれるなんて珍しいですね! そのままホテルに連れ込むつもりですか?」

「朝宮を一人にすると家が無くなりそうだから連れて行くだけだ」

「解体する技術なんてないですよ?」

「いいから早く行くぞ」

「分かりました!」





「プリン買いましょ! プリン!」

「ん? あぁ」


朝宮と近くのスーパーにやって来たが、朝宮は相変わらずマスクにサングラス姿だ。


「もう、さっきから携帯ばかり見て、話聞いてます?」

「えっ、なんだっけ」

「もういいです! 掃部かもんさんの分は買ってあげませんから!」

「なんかすまん」


なんか怒らせちゃったけど、まぁいいか。

それより、やっぱり俺が作れそうなものって言ったらカレーだよな。

携帯一つで詳しく作り方を見れる、ネット社会に感謝だ。


「なぁ」

「はい?」

「俺の家ってデカめの鍋とかあったっけ」

「ありましたよ?」

「でかい皿は?」

「三枚ありました!」

「よし」


カレーを作る材料、そしてプリンをカゴに入れてレジに向かった。


「って、なんでプリン入れてんの? しかも五百円かよ! 高くね!?」

「数量限定らしいですよ!」

「へっ、へー、俺のは?」

「ありませんけど」

「んじゃ自腹な」

「それって‥‥‥私がお金を払うってことですか?」

「うん、だからそう言ってるだろ」

「それってやっぱり‥‥‥私が払うってことですよね?」

「いや、だから」

「私‥‥‥プリンを食べないとカエルに姿を変えられてしまうんです」

「その時は田んぼに返してやるから安心しろ」

「しょうがないから三百円払います」

「マジで、なんだお前‥‥‥二百円は俺の奢りかよ」

「お願いします! 下着買って、今日はあまり使いたくないんです」

「はいはい」

「ありがとうございます!」


会計を済ませて、二人でゆっくり夜の道を歩く。

朝宮とこうやって二人で、同じ家に帰らなきゃいけないのは未だに納得ができないけど。

失敗作とコンビニ弁当ばかり食べさせておくわけにはいかないからな。

今日はカレーで喜ばせてやるか。





「朝宮はなにもしなくていいから、トイレの掃除して来てくれ」

「嫌ですけど」

「んじゃカレーは一人分でいいな」

「酷いです!」


家に帰ってきてカレー作りの準備をしながら朝宮と会話。

こんなに疲れる料理環境が他にあるだろうか。


「朝宮がトイレ使った後、毎回アルコールティッシュで拭いてんだぞ」

「私のお尻はそんなに汚くありません! う、うんっ、アレも付いてませんし!」

「カレー作るって時に変なこと言うなよ!」

「う○ち!!」

「開き直んな!!」





そんなこんなで朝宮は掃除をせずにテレビを見てくつろいで、俺は人生初の料理をなんとか完成させた。


「できたぞ」

「やったやった! 掃部かもんさんって料理できたんですね!」

「初めて作った。味は保証できないけど、カレーが不味くなるとか聞いたことないから大丈夫だろ」


朝宮は嬉しそうにキッチンへやってきて、皿を持って炊飯器を開けた。


「大変です! ご飯が神隠しに!」

「あっ、白米忘れた!!」

「あはははは! 掃部かもんさんも抜けてるところあるんですね! 意外な一面を知れちゃいました!」

「うるせっ」


可愛く明るい笑顔でそう言う朝宮は、朝ごはん用の食パンを持ってテーブルに戻った。

にしても不覚‥‥‥。

カレーを作ることに頭を働かせすぎて、白米のことをすっかり忘れていた。


「カレーは食パンにつけても美味しいですから、今日は食パンで食べましょう!」

「そ、そうだな。食パンがあってよかった」

「はい! それに、カレーは二日目が美味しいって言いますし、明日こそはご飯炊いてください!」

「だな!」


なにもやらかさない時の朝宮は、一緒に居ても愛想が良くて、意外と話しやすい奴だ。

でも、こんな平和な食卓だとしても、俺は朝宮を‥‥‥どこかで鬱陶しく思って、人として信じられなくて、そして‥‥‥怯えている‥‥‥。


「んー! 美味しいですよ!」

「そうか、よかった」

「でも、にんじんは入れなくていいです! 次はちゃんと作ってくださいね!」

「つくづくイライラさせてくるな」

「わー! ジャガイモが硬いです!」

「それはすまん」


作ってもらって、サラッと文句を言う朝宮も、変なことしてる時を思えば全然マシだ。


「なぁ」 

「はい?」

「この生活が誰かにバレたら、朝宮はどうするんだ?」

「怒られたら帰ります!」

「俺が怒っても帰らないのにか?」

「なんですかね? 私はこの生活、嫌いじゃいないんです! だからできればここに居たいなって!」

「そうか。迷惑な奴だ」

掃部かもんさんは、いつも一言余計です!」

「お前だよ!!」

「キッキッキ!」

「小猿みたいな笑い方だな」

「小猿みたいなアソコですね」

「シンプル下ネタ悪口やめろ。見たことないだろ」

「食事中にやめてください!」

「ウザっ」

「傷ついたのでパンもう一枚いただきます」

「はい、どうぞ」


朝宮を好きとか、そういう感情は一切無い。

でも、朝宮の考えていることが少し気になる。

外では真面目で、帰ってくるとダラけて性格まで変わるなんて、大抵の人間はそうだけど、朝宮のは、それとは違う気がしている。

にしても、自分が作ったものを沢山食べてくれるのって嬉しいんだな。





食事も終わって朝宮が風呂に行ってから数十分後、俺がテレビのホコリを拭いていた時だった。


「プリン! プリン!」


朝宮の声がして振り返ると、髪を濡らしたままで、水色の下着姿の朝宮と目が合ってしまった。


「ふ、服着ろよ!!」

「こっ、この時間はいつも部屋に居るじゃないですか!」


咄嗟に視線を逸らしたが、明らかに朝宮も動揺している。

それにあれだ、胸がデカイ!!

腹は引き締まってるのに、めちゃくちゃエロい体してやがる!!


「それに、だから言ったじゃないですか!」

「なにをだよ!」

「好きな色教えてくださいって! 水色買っちゃいましたよ!」

「喋ってないで服着ろって!」

「着替えは部屋です!」

「部屋に行けよ!!」

「見られるのもちょっと悪くないなって思っちゃいました!」

「新しい性癖発見してんじゃねぇ!!」

「でもあれですね! これで更に私を追い出せなくなりましたね!」

「見たのは不可抗力だろ」

「あっ! アプリのダウンロード終わってるか見てきます!」


やっと居なくなった‥‥‥。

やっぱり平和な夜とかあり得なかったってことだな‥‥‥。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る