第5話/漏れちゃう!!
朝宮が俺の家に住み着いてから八日が経った。
当たり前のように俺の家に住んでいるが、俺はさっさと朝宮を追い出したいと今でも思っている。
それに学校生活では、入学して約一ヶ月半になり、誰と誰が仲良しとか見て分かるようになり、仲良しグループも完全に出来上がっていた。
でも朝宮だけは、どこのグループにも属していない一匹狼状態。
なのに人気は衰えず、毎日いろんな生徒に話しかけられている。
「
「なんだ?」
朝から
「今日の家庭科の授業、サンドイッチ作るんだってさ! 今から楽しみだよ!」
「サンドイッチ食いながら言うなよ」
「具材はなにかなー! 肉あるといいな!」
本当ならもっと太ってもいいだろうに、激太りしないのは、一応テニス部だからか?
それよりサンドイッチって、朝宮のダメな部分がみんなにバレてしまうんじゃ‥‥‥。
いやいや、なんで朝宮の心配なんかしなきゃいけないんだよ。
※
あっという間に今日の最後の授業、五時限目の家庭科が始まった。
朝宮は見た目が良いだけにエプロン姿も様になっていて、みんなに注目されている。
「はーい! みんなにパンは配られましたね! さっそく、班ごとに好きな具材を使ってサンドイッチを作ってください!」
好きな具材って言っても、野菜とか肉は自分で切って炒めたりしなきゃいけないのか。
この際だし、サンドイッチの作り方も身につけておこう。
「和夏菜ちゃんすごーい!」
俺の右隣でサンドイッチを作る朝宮に人が集まり始め、なにが凄いのか気になって横目で見ると、凄い速さなのに丁寧な包丁捌きで野菜を切っていた。
おかしい‥‥‥。
朝宮はまったく料理ができないはず‥‥‥。
どうしてこんなに完璧なの!?
「料理もできるなんて素敵!」
「高校生にもなれば、これくらいできていないとダメですよ」
「私も頑張る!」
俺が唖然としていると、朝宮は手を止めて冷たい目で俺を見つめた。
「なにか?」
「い、いや、なにも」
なにかじゃないだろ‥‥‥。
聞きたいことしかねーよ。
※
「和夏菜ちゃん! 私のサンドイッチと交換しようよ!」
「えっ! 俺も俺も!」
「私も交換したい!」
全員サンドイッチを作り終えると、朝宮の見た目が完璧すぎるサンドイッチを巡って、ジャンケン大会が開かれた。
俺は参加しなかったが、結果勝ったのは女子生徒だった。
そして、その女子生徒は大きな口でパクッと一口頬張ると、幸せそうな笑みを浮かべながら言った。
「ん〜! 美味しすぎる!」
嘘だ!!と心の中で叫び、頭が混乱したまま授業を終えた。
※
帰りの会が終わり、朝宮に早く帰ってこいと目で訴えた後、俺はダッシュで家に帰ろうとしたが、朝宮は女子生徒に捕まり、俺は担任の女教師、
なにも悪いことはしていないはずだが、何故か生徒指導室へ連行され、芽衣子先生はテーブルを挟んで硬いソファーに座り、長い黒髪を耳にかけて、薄ピンクの色付きリップを付け始めた。
どんな姿も様になる人だな。
芽衣子先生はこの学校で一番の人気教師。そう、めちゃくちゃ美人なのだ。
「なんでここに連れて来られたか分かるかな?」
「えっとー、掃除のしすぎですか?」
「それはむしろ助かってるわよ! いつもありがとうね!」
「あ、はい」
「とにかく座って?」
「いや、俺は立ったままで大丈夫です」
「相変わらずの潔癖症ね」
「すみません」
「いいのいいの。それじゃ本題に入るわね」
芽衣子先生は脚を組み、ニコッと笑みを浮かべた。
「
「はい!? きゅ、急になんですか!? 付き合ってませんよ!」
「それじゃ、どうして一緒に暮らしているの?」
「‥‥‥どうしてそれを‥‥‥」
「和夏菜ちゃんのお母さんから、
「朝宮はあっさり言ったんですか?」
「なんの躊躇いもなくね。
「はい」
「できちゃった退学とかは勘弁してちょうだいよ?」
「そ、そんなこと一切してませんから! 指一本触れてませんし!」
「思春期の男女が二人暮らししてるのに、それはそれでって感じだけど、いつもの
「あ、ありがとうございます」
「それともう一つ」
「なんですか?」
「一緒に暮らしてるのが周りにバレたら、良くない噂やいじめに発展しかねません。仮にも
「分かりました」
なにかあっても、先生に相談ってハードル高いんだよな。
多分相談しないだろう。
「でもあれよね、二人は別に、学校で仲がいいわけじゃないわよね」
「まぁ、はい。家でも別に仲良くはないですよ」
「変な関係だね。とりあえず今日の話は終わりです! 上手くやりなさいよ」
「なにをですか?」
「周りにバレないように! あと恋もね!」
「恋ですか‥‥‥あっ、そういえば先生」
「なにかな?」
「どことなく朝宮に似てますよね」
「何が言いたいのかな? 死にたいのかな?」
「先生!?」
「話は終わりです! 気をつけて帰りなさいよ?」
「は、はい」
なんか、触れちゃいけない話に触れてしまったみたいだ‥‥‥。
※
家に帰ってきて、玄関を閉めて五分経たずして朝宮が帰ってきた。
「たっだいまっまっまー!」
「おい! 家庭科の授業! あれどういうことだ!? 料理の勉強したんだとしても、こんな短期間で身につく包丁捌きじゃなかったぞ!」
「なんのことですか? 殴りますよ?」
「なんで!?」
なんか、芽衣子先生みたいな言い回しだな‥‥‥。
「家では怠けたいだけです!」
「自分が食う料理なのにか?」
「はい!」
やっぱり朝宮は頭がおかしい。
「今日から家でも料理はちゃんとやってくれ」
「嫌です!
「なんでやれることまで面倒見なきゃいけないんだよ!」
「ばぶー」
「都合よく赤ちゃんになるな! 学校と家とで、どうしてこうも‥‥‥」
「でも確かに、私の二面性について気になって当然だと思います。私達は一緒に暮らしてますが、お互いに知らないことだらけです。私も
「そっか。そんじゃ、お互いにいつか知れたらいいな。俺は話す気ないけど」
「はい! それでいいですよ! そんなことよりですね」
「なんだ?」
「通販で凄い物を買ったんです!
何故だ‥‥‥。
とんでもなく嫌な予感がする。
「なに買ったんだよ」
「この家は遊ぶものが無いじゃないですか! なので」
次の瞬間、家のチャイムが鳴って、朝宮が玄関へ走って行った。
すぐに段ボールを持ってリビングに戻ってくると、クリスマスにプレゼントをもらった子供のように段ボールを開封し始め、紙皿と、スプレー缶のような物を取り出した。
「なんだそれ」
「目を閉じていてください!」
「変なことしたら外から部屋に鍵かけるからな」
「どうぞどうぞ!」
工具系なら朝宮に言ってない地下に、親父のがあったし、変なことされたら本当に鍵かけてやる。
「早く閉じてください!」
「分かった分かった」
言われた通り目を閉じると、プシューとなにかを噴き出す音が聞こえ、音が止まったと思えば、朝宮はクスクスと笑い出した。
「もう開けていいか?」
「いいですよ!」
目を開けると、朝宮が持つ紙皿の上には大量のクリームのような物が乗っていて、俺は全てを察してしまった。
これはきっと、パイ投げってやつだ。
よし、やっぱりこいつは閉じ込めておこう。
「えい!!」
笑顔で俺の顔目掛けてクリームを投げつけ、顔と制服はクリームだらけ、見えてないけど、絶対に床も汚れた‥‥‥。
「あはは!! 真っ白ですよ! 一度やってみたかったんです! まだまだありますから、パイ投げ合戦しましょう!」
顔に付いた皿を取って床に叩きつけ、真っ白な顔のまま、カッと目を見開くと、朝宮は俺の怒りを察したのか、素早く二階へ逃げていった。
俺は追いかけたりせず、冷静にシャワーを浴びて服を着替え、クリームで汚れたリビングを掃除した。
それから一階の物置部屋になっている部屋の地下室へと続く床を外し、親父の工具を持って朝宮の部屋の前にやってきた。
「朝宮!」
「はい!」
「謝るか? 逃げるか?」
「
「なにやってんの!?」
「
「なんで褒めなきゃいけないんだよ!!」
「
「いや、俺が悪かった」
「分かればいいんです! 私は一緒に遊びたかっただけですから!」
そんな会話をしながら工具のセッティングを済ませ、容赦なく電動ドライバーでドアと壁に穴を開けて工具を取り付け、ドアが開かないように固定した。
「なんの音ですか!?」
「気にするな! もう怒ってないからゆっくり過ごせ!」
「やっぱり優しいですね! ありがとうございます!」
これで少しは反省して、変なことしなくなればいいんだけどな。
※
「
朝宮を閉じ込めて約二時間後、朝宮はドアを叩きながら、自分の部屋でくつろぐ俺を呼んだ。
「なんだー?」
「開けてください! 閉じ込めるなんて酷いです!」
「明日まで部屋から出るな」
「も、漏れそうなんです!」
「はぁ!?」
「いいんですか!? 漏らしますよ!?」
「ま、待て待て!!」
「もう漏らします!」
「我慢しろよ!」
「あっ」
「えっ‥‥‥」
ドアの下から透明の液体が溢れ出してきて、俺は慌てネジを外してドアを開けた。
「ごめん! やりすぎた!」
「ふぅー!
俺の目に飛び込んできたのは、水のペットボトルを持った朝宮と、中身が中途半端に残ったペットボトルの山。
「騙したな」
「騙される方が悪いんですよ!」
「それは一度置いておこう。このゴミ屋敷はなんだ」
「え? まだマシな方ですよ?」
「まだ‥‥‥マシだと‥‥‥? 今すぐ掃除しろ!!」
力強くドアを閉めて、またドアが開かないようにすると、朝宮はまたドアを叩き始めた。
「漏れそうなのは本当なんです!」
「もう騙されないからな!」
朝宮からの返事がなくなって、本当に漏らしてしまったのかと不安になる。
しばらく部屋の前に立っていると、朝宮から携帯に『着替え買ってきてください‥‥‥』とメッセージが届いた。
「あ、朝宮? 本当ごめん。すぐ買ってくるから。ドア開けていいか? あと、なんで俺の連絡先知ってるんだ? 勝手に友達登録するのやめろ? 怖いよ?」
返事が無いが、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらドアを開けると、そこに朝宮の姿は無く、部屋の窓が開いていた。
「あいつ、窓から‥‥‥」
次の瞬間、ドアが勢いよく閉まり、電動ドライバーの音が鳴り響いた。
「おい!!」
「そこで明日まで反省していてください!」
「や、やめろ! やめて! やめてください! こんな部屋に閉じ込めないで!」
「ちなみに窓の外にハシゴがかかってましたよ。お母さんかお父さんがなにかして、そのままにしていたんですかね」
そうだ!俺も窓から出ればいいんだ!
「泥棒が入ったらいけないので、ハシゴは片付けておきました! 片付けできましたよ! 褒めてくれないんですか?」
「こんな時だけ片付けるなよ!!」
「いつも片付けろとか掃除しろって言うじゃないですか」
朝宮は‥‥‥アホなふりした悪魔。
実は一番喧嘩を売っちゃいけない相手なのかもしれない‥‥‥。
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