第2話/ノーブラノーパンでうろつくな!


「掃除ばかりしていないで、ご飯作りましょうよ」


確かに夕食時だが、朝宮あさみやがベタベタ触った全てのものを拭かないと気が済まない俺は、必死に至る所をアルコールティッシュで拭いている最中だ。


「悪いけど、俺の家はカップ麺しかないぞ」

「いつもそんなものばかり食べてるんですか?」

「そうだけど」

「ちゃんと栄養とらないと、めっ! ですよ!」

「お前は母親か」

「はい? 違いますけど」

「急に普通の反応するなよ。こっちが恥ずかしいだろ」

「ぷぷっ。掃部かもんさん恥ずかしいですね」


口に手を添えて、小馬鹿にしたような顔しやがって。

警察呼べばすぐに追い出せるんだぞ。


「てか、学校ではどうしてあんなに大人しくしてるんだ?」

「みんなの理想に合わせているだけです。それと‥‥‥」

「それと?」

「なんでもないです」

「そ、そうか」

「なにか食材を買って来ますね」


朝宮あさみやは夜食の食材を買いに行ってしまった。

なにを言おうとしかのか少し気になるけど、深掘りするとめんどくそうだしな。


朝宮が居ない間に掃除を終わらせて、先にカップ麺で夜食を済ませてゆっくりすることにした。





朝宮あさみやが買い出しに行ってから四十分程は経っただろうか。

やっと朝宮あさみやは両手にビニール袋を持って帰って来て、さっそく料理を始めた。


「俺の分は要らないからな」

掃部かもんさんの分も買ってきちゃいましたよ」

「他人が作った料理とか食えないって」

「はぁ?」

「えっ‥‥‥」


朝宮あさみやは急に目を細め、包丁を持ってジワジワと距離を詰めてくる。


「お、落ちつけって」


なんだこの威圧感!

怒った女って、これだから嫌なんだよ。


「私ってそんなに汚いですか?」

「みんな平等に‥‥‥」

「どうしてそんなに潔癖症なんですか?」

「ひ、人には言いたくない過去とかあるだろ!」


次の瞬間、朝宮あさみやは学校にいる時のような無表情になったと思えば静かにキッチンへ戻って行き、料理をしながら口を開いた。


「そういうことなら早く言ってください」

「す、すまん」

「わぁ!!」

「どうした!?」


ビニール袋の中を見て、急に大声を上げたと思えば、なにかを誤魔化すように口笛を吹き始めた。

分かりやすい反応を見て、恐る恐るビニール袋の中を覗くと、卵が全て割れていたが、俺は別に怒っていない。


「床とか汚してなければ怒んないぞ。って‥‥‥」


キッチンに視線を移すと、野菜の破片が散らばっていて、床には野菜が入っていた透明の袋が捨てられていた。


「今だけだよな?」

「はい?」

「たまたま床にゴミが落ちてるだけだよな?」

「も、もちろんですよ!」

「そ、そっか。てか、この家は調味料とかないけど、ちゃんと買って来たのか?」

「はい! マヨネーズを買いました!」

「なに作る気なんだ?」

「チャーハンですよ?」

「マヨネーズいらないじゃん」

「マヨネーズがあれば全て解決じゃないんですか!?」

「まさか料理の知識ゼロ!? 俺もできないけど、調味料ぐらい知ってるぞ! 料理の【さしすせそ】とか知らないのか?」

「さっさと、しよう、すごい、セッ○ス、そうしよう!」

「子作りの【さしすせそ】聞いてんじゃねぇんだよ!!」

「えぇ!?」

「もういい。ちゃんと片付けろよ」

「はい!」


朝宮あさみやをキッチンに残して自分の部屋へ行き、今になって一緒に暮らすことが、また猛烈に嫌になってしまった。





一人で頭を抱えてうなっているうちに数時間が経ち、朝宮あさみやが自分の部屋へ入った音を聞いて、俺はお風呂にでも入って落ち着こうと部屋を出た。

すると、廊下の至る所が濡れていて、リビングには食器がそのまま。

キッチンや床のゴミもそのままで、全身の鳥肌と共に、怒りのボルテージが上がっていったが、女の子だし、片付ける前にしなきゃいけないこともあるんだろうと、冷静な気持ちで怒りを沈めて脱衣所へやって来た。


すると、脱衣所には脱ぎ捨てられたピンクの下着。

使って、適当に放り投げたであろうバスタオルが落ちていて、湯船にはシャンプーかボディソープの泡が浮いていた。


「‥‥‥朝宮‥‥‥朝宮ー!!!!」


大きな声で朝宮あさみやを呼ぶと、慌てて階段を駆け降りてくる足音が聞こえ、朝宮あさみやは俺の部屋着、半袖短パンを着て現れた。


「なんでしょう!」

「‥‥‥なんで俺の服着てんの?」

「着替えなんて持って来てませんもん」

「し、下着は?」

「あっ! 見ないでください!」


朝宮あさみやは咄嗟に脱ぎ捨てられた下着を持って二階へ逃げていった。

さすがの朝宮でも恥じらいはあるか。


「って、戻ってこい!!」


俺の呼びかけに朝宮あさみやは、上だけ制服というアンバランスな姿で戻ってきた。


「下着見ました?」

「そ、そりゃ置きっぱなしだったから」

「匂いも嗅いだくせに! なに見ただけみたいな顔してるんですか!」

「嗅いでませんけど!?」

「正直に言ってください!」

「あー、嗅いだ嗅いだ」


もうめんどくさいからいいや。


「うわ、潔癖症の掃部かもんさんがそんなことするわけないのに、なんで嘘つくんですか?」

「お前はなにがしたいの!?」

「童貞をからかっています! ちなみに私も新品ですが! 女の子と男の子の初めての価値は同等じゃないらしいですよ!」


早く話変えないと、朝宮はずっとこんな感じだろうな。

強引に話変えるか。


「なにその格好」

「透け防止です」

「よろしい」

「褒めてくれてありがとうございます! それではおやすみなさい!」

「逃すか!! そもそもなに勝手に風呂入ってんの!? 入ったら隅々まで洗え! しっかり体を拭いてから出ろ! 食器は洗え! ゴミは捨てろ!」

「任せてください!」

「返事だけ立派でも意味ないからな。まさか、朝宮あさみやが家を追い出された理由はこれか?」

「‥‥‥バレました?」

「ご両親、さぞかし苦労してるんだろうな」

「知ったような口を聞かないでください! 私の部屋はゴミ屋敷です!」

「聞いてねーよ!! だからそれが理由だろうが!」


学校一の美少女の正体が、ガサツでゴミ屋敷に住んでるとか、そんなのありなのか。

なしだよな。なしなし。絶対になし。


「とにかく、さっきの下着は洗濯しろ。明日着るもの無いだろ?」

「もう怒らないんですか?」

「怒ったらやるのか?」

「やりません!」


なにを堂々とやらない宣言してんだこいつ。

そのうちタイミングを見て追い出すとして、それまでは、出来るだけ朝宮が考えを改めるように勤めるしかないな。


「俺はリビングとキッチンの片付けしてくるから、朝宮は下着の洗濯と、風呂の掃除な」

「分かりました」

「あと、その部屋着は朝宮専用でいい。好きに使え」

「ちゃんと返しますよ?」

「バカか!? お前のアレとアレが直で当たった服が着れるか!」

「洗濯すればいいじゃないですか! 私のアレとアレは綺麗です! ちなみにピンク色に憧れてます!」

「そういう問題じゃないし、最後の余計なんだよ!  生々しいわ! 三十分後、風呂見にくるからな」

「了解です!」


俺はさっそく、使い捨てのゴム手袋をつけて、朝宮あさみやが散らかしたものを掃除し始めた。

それによく見たら、やっぱり不味いものができたのか、食器には半分以上のチャーハン‥‥‥いや、生野菜マヨネーズ混ぜご飯が残されていた。

朝宮あさみやは成績で考えればトップレベルだし、料理も勉強させるか。

俺は食わないけど。





約三十分が経ってお風呂を見に行くと、洗濯機こそ回っていたが、そこに朝宮の姿は無く、お風呂は湯が抜かれただけの状態で放置されていた。


俺は絶望し、涙を流しながらお風呂を隅々まで綺麗に掃除するしかなかった。


掃部かもんさーん!」

「なんだよ!」


お風呂の掃除中、二階から朝宮に呼ばれ、怒り混じりに返事をした。


「おやすみなさーい!」

「掃除しろー!!!!」

「あっ! 誰かが助けを呼んでいます! さよなら!」

「お前は誰なんだよ!! 助けてほしいのは俺だ!!」

「高校生なんですから、自分でなんとかしてください」


マジで誰か助けてくれ‥‥‥。

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