第16話 はがきから飛び出しそうなライラック
ネリネがいなくなって、三ヶ月が過ぎた頃、桔梗は朝刊を撮ってきて欲しい、と父親に頼まれ、ポストからと朝刊を取り出した。
すると、ひらっと何かが足元に落ちて来た。
「ん?はがき?」
はがきの表に書かれた差出人は“ダイヤモンド・リリー”となっていた。
「ダイヤモンド・リリー?誰?」
桔梗は、送られてきたメッセージを見た。
『ハッピーバースデー』
と書かれていた。
「あ、そうか。今日私の誕生日だ!」
表を見ても誰だかわからなかったが、裏を見て益々誰だか解らなくなった。
はがきサイズ一杯に、紫のライラックが写されていた。
「奇麗…」
思わず、惚れ惚れするほど、その写真はライラックの美しさを生き生きと映しだしていた。
その時、不意に、三か月前突如姿を消した、花大好き人間不信人間の顔が浮かんできた。
「まさかね…」
桔梗は、ネリネがいなくなってからも、カメラマンになる事を目標としていた。
もうアングルや、角度、光度を指南してくれるネリネはいないけれど、それでもいつか、ネリネはいないけれど、それでも、いつか、ネリネに、お互い、カメラマン同士であれるように、と。
学校には、一年間桔梗がコツコツと丁寧に育ててきた花々が、学校の花壇に、四季折々の彩りを添えている。
今やどんな花にどんな手入れが必要か、環境委員長より知っていた。
三年の先輩からも頼りにされるようになった。
そして、その花を愛でる合間にその可愛い花たちをカメラに収めて続けた。
「今朝の写真…奇麗だったな…」
放課後、陽の長くなった午後六時の校庭で、花にカメラを向けながら、ファインダー越し見えた花に、今日届いたライラックの写真を重ね合わせた。
「プロかな?何の関係だろう?ダイヤモンド・リリーって事は外国の人だよね?お父さんが公務員だから、単身赴任いっぱいしてるし、その関係だろうな」
一人言を駄々漏らしながら、シャッターを切り出して、また一時間も、二時間も、時間を忘れ集中してしまう桔梗だった。
―二月―
今年もコンクールの時期がやって来た。
「あれからもう一年か…ネリネ君、元気かな?」
思わず涙目になって、シャッと服の袖で涙を拭いた。
「私も頑張ってるからね、ネリネ君」
くちびるを噛み締め、空を仰いだ。
大丈夫。この空は何処までも、何処までも、一つにつながっている。
ネリネもきっと何処かで頑張ってる。
きっと…。
それから、二ヶ月、桔梗は、毎日心臓がドキドキして死にそうだった。
このコンクールで入賞したら、両親にカメラの専門学校に行って良いと言われていたのだ。
だから、何が何でも賞をとらなければならなかった。
題材はもちろん、花だった。
ネリネに胸を張れるカメラマンになるには、花で勝負するしかない、と思っていたのだ。
今年は、自分でも納得の作品になったと、自負していた。
昨年、応募した、あの遊び半分のような生半可な覚悟じゃない。
ネリネにもいつかまた会えるか解らない。
その時、ネリネにまた会えた時、
『よく頑張ったな』
の一言くらい言わせたい。
そう思っていた。それが、桔梗が好きだと、桐也に伝えさせ、自分は何も言わず何処か遠くへ行ってしまった、ネリネへの精いっぱいの復讐だった。
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