第15話 ネリネはもういない!?

ネリネに早く結果を伝えたくて、携帯を鳴らしても鳴らしても全くでない。ネリネだけじゃない。

桐也にもかけてみるが、虚しく留守電の機械音が流れるだけだった。

「なんで出ないの?二人とも!」

少し苛立ちさえ覚える桔梗。

あ…!もうこうなったら、明日、会って、直接このすごく感動的な出来事を、電話じゃなくて、メールでもなくて、生の声で伝える。

その方がドラマチックかも知れない…。

桔梗はそう思い、電話がつながらないことなど忘れて、逆にはしゃぎたい気持ちにさえ、胸が高揚した。





―次の日―

新入生や在校生がクラス表を見るために、玄関をわやわやと桔梗の前にぐいぐい押されて押して、やっとのことで、クラス表の正面たどりついた桔梗は、ネリネの名前を一生懸命探した。


「?」


A組からH組何度も何度も左右を行ったり来たりしながら、ネリネなんてカタカナで、珍しい名前、すぐ見つけ出せると、思っていたのに、その名前はクラス表から消えていた。

そうしていると、桐也の名前を見つけることが出来た。

「C組!」

自分の名前もC組にある事にも気づかないまま、桔梗はC組に急いだ。

二年C組の教室は第二校舎の二階だ。

昇降口から結構離れている。



(走れ!走れ!走れ!!)

全速力で走っていると、羽根が生えたみたいに、ねりねの元に飛んでいけそうだった。




「井上君!」




そう叫ぶと、クラスの半分はもう教室にいただろうか。

みんな振り向いたけれど、そんなこと気にしている場合ではない。




「ネリネ君は!?ネリネ君、もう学校来てる?実はね!写真コンクールの結果…」








「ネリネはもういないよ」






「え?」





『ネリネはもういないよ』





何の冗談だろう?そんなはずない。冬休みに会ったばかりだ。

しかも、昨日はコンクールの結果発表だ。

それを見もしないで、いなくなるはずがない…。




「え…井上君…そ、れどう言う…」

「ネリネは転校した」

「…」

“聴こえていない”そう判断した桐也の口から、もう一度、、悲しい言事実が放たれた。

「ネリネは転校したんだよ。南田」

「え…嘘…だって」

「嘘でも冗談でもない。ネリネはもうここにはいない。戻ってくることもない。あの写真があいつの想いだ。南田への、ネリネの“好きだ”って言う告白の形だよ」

「す…好き?ネリネ君が?私を?…」

「こんな風でしか自分の想いを伝えられない不器用な奴なんだ。…許してやって」

「やだよ…。嫌だよ…そんな…絶対やだよぅ…」




桔梗は大粒の涙を落とした。

頬へ流れる事を許されず、開いたままの瞳はあっという間に涙の湖が築かれた。

もうクラスメイトの顔も、教室の椅子も、机も窓から見える奇麗に晴れ渡った空も、何も見ていなかった。

涙ですべてが歪んだ。


「嘘だよね?井上君…嘘だって言ってよ!馬鹿!!」

「ごめんな、南田。南田には転校の事話した方がいいって、俺も言ったんだけど、あいつ…聞かなくて…」

「どうして?私、うざかったかな…?…迷惑だったのかな…?私、邪魔だった…?」

「南田!違う!逆だ!あいつは南田が好きだった。ずっと…去年の今日、南田が化粧して、校庭の桜見てたろ?あの時、あいつ桜撮ってたら、偶然南田が入り込んでて、そのファインダー越しに、あいつは…南田に恋をしたんだよ。それからもずっと…南田が好きだったんだ」


「そんな…好きだったら、好きって言ってよ!そうしてたら私だって好きって…やっと…今気づいたのに…一年前は…自分の気持ちに気付けなくて…その罰が当たったって事?馬鹿…私…馬鹿野郎だ…」


「南田、自分責めんな。これは、不器用なネリネの精いっぱいの告白だったんだ」

「言ってよ!私だってネリネ君に伝えたいことがいっぱい…いっぱいあったのに…!!」

叫びにも似た桔梗の教室中が何事か二人を見ていた。

そんな視線を感じ取る余裕は、桔梗にはなかった。

「ごめんな…南田…ごめん」

泣き叫ぶ桔梗に桐也は、只々その言葉だけを繰り返した。

“どうして言ってくれなかったか”その答えらしき音は聞こえてこなかった。

桐也の口から出てくるのは、“ネリネを許して欲しい”“ごめん”その二つだけだった。



ホームルームが始まる前に、泣き崩れる桔梗を抱きかかえ、教室から出て、中庭のベンチに連れ出した。

それでも、桔梗の涙は中々途切れる事はなかった。

「…」

教室とは打って変わって、桔梗は何も語らず、只、無言のまま泣いていた。

その桔梗の隣にそっと居続ける桐也。

ネリネが開けた穴は予想よりだいぶ大きかったことを、肌で実感する桐也。

けれど、無力極まりなく、無言の桔梗に何の慰めの言葉も浮かばない桐也。

重い空気の中、意外にも、桔梗の方から話出した。




「井上君、ネリネ君の…写真、…大賞…だったよ」

「…そっか…すごいな、あいつ」

「うん…そこに私が写ってた。私の笑顔。泥だらけで、軍手なんかはめちゃって…ほかのどんな被写体よりどんくさいのに…ネリネ君は…魔法使いだね」

「俺も、後で観に行くよ。あいつの“最高傑作”」

「…ううん」

(?)

「あれは、最高傑作なんかじゃない…。ネリネ君はこれからもっとすごい写真を撮るよ。私は…遠くでも良いから、その写真を見てみたい。…見られるかな?」

「見られるよ、きっと。あいつはただのひねくれものじゃないって言ったでしょ?」

「…ふ…うんそうだね」



ポロッと左頬に一粒零し、桐也を見ながら、桔梗は微笑んだ。



「でも…あれは…どういう意味なのかな?」

「ん?」

「あ…ううん。なんでもない。行こう井上君、ごめんね、入学式さぼらせちゃって」

「気にすんな」


そう言うと、二人は、ホームルームが始まる時間になったのを確かめて、教室にバレないように戻った。



が、しかし、やっぱり先生にこってり絞られた。

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