第13話 ネリネの笑顔

コンクールの応募期限の日、ネリネと桔梗の二人は、お互いの健闘を祈る為、同じところで切手を買い、同じポストの前に立っていた。


二人同時に写真をポストに投函した。

「これでライバルだな」

「ふっ。だ。ネリネ君ぽくないね」

と桔梗がからかうと、

「はぁ?誰がだよ!もうカメラの事なんも教えてやんない」

「あ、卑怯者!でも、ネリネ君、私はライバルじゃないよ。ネリネ君の応援団だよ!一人でも落ちる人が増えれば、ネリネ君のライバルが減るじゃん。私はその一人です」

「なんだよそれ。気ぃ抜けるわ」

「何言ってるの!これから気合入れて、神社で優勝祈願だよ!さあ行こう!」

「へぇ…。で?何処の神社行くんだよ」

「Y神社」

「遠っ!」

「良いの!」

強引な桔梗に腕を持たれ、連れ去られるように、歩き出すと、

「ネリネ!南田!」

桐也が待ち合わせに五分遅れて現れた。

二人が記念に同じ時間、同じ場所にお参りするから、その見届け人として一緒に来て欲しいと桔梗に頼まれていたのだ。




「おう。桐也」

「井上君、遅いよ。来ないかもと思って行っちゃうところだったよ」

「悪い悪いそれより何?二人で腕くんじゃって」

「え?」

二人の声がハモッた。

「バッ!これは桔梗が勝手に…!」

照れたのはネリネだけだった。

「うん。これから三人でY神社に行くの入賞気祈願に」

「Y神社!?遠っ!」

「だよなー。ほら見ろ、桔梗。そんなに張り切ってるの桔梗だけだ」

「まぁいいや。俺は付き合うぞ。南田」

「ありがとう!井上君!」

「ネリネも観念しろ!」

「マジか―…」

そう言いながら、少し寂し気なネリネ。



思いっきりの力でネリネを神社に向かわせようと肘と掌を抱えて、ネリネは恥ずかしくて…嬉しくて…切なくて…。



それくらい心臓が破裂しそうだったのに、あまりに桔梗の反応がなかったので、やっぱりネリネの気持ちが桔梗に伝わる事はなかった。






それが良かったのか…悪かったのか…それは今でもよく解らない。

こうして、無邪気なままの想い出になってゆくのが定めならそれはそれで良かったのかも知れない。

けれど、それは、このまま桔梗が、ネリネの秘密を知る事なく、真実なんて知らないままでいられたらの話だった。



だからと言って、ネリネと出会いたくなかったなんて、桔梗はきっと…いや、絶対思わないだろう。




只、ネリネの秘密をこの時知っていれば、桔梗はその腕を離さなかったかも知れない。

ネリネが何処にもいかないように。




いや、違う。ネリネの秘密を、じゃない。ネリネの気持ちを、だ。

こんなに鈍感な桔梗をもっとネリネがアプローチしていれば、運命は違ったのかもしれない…。それが出来なかったのは、ネリネも桔梗と同じくらい本当は引っ込み思案で、不器用だったからなんだ。

友達を作らなかったのは、只、ひねくれてるいるだけではなくて、出会い、別れる運命にある人たちをなるべく増やしたくなかった…そんな想いもあったかも知れない。




「ネリネ君!行くよ!」

桔梗が笑顔でネリネを神社へいざなう。

「ネリネ、観念しろ。もう南田は止まらない」

「あ、井上君まで馬鹿にした!」




そんな二人の後ろから静かについてゆくネリネがほんの一粒涙を流したことは、誰も知らない…。




「ここまで来たんだから、ネリネ君、絶対入賞するよ!」

「馬鹿か…。桔梗。お前の分も少しはお願いしとけ」

「…俺はここまで連れられてきて一体何をお願いすれば良いんだよ…」

「あははははははは!お前も馬鹿だな、桐也!」

「!」

桔梗は雷が落ちたと思った。

ネリネの笑顔…。

そのネリネの笑顔を目の前に、桔梗は思わず桐也に目をやった。




“今、ネリネ君笑ったよね?”




と。



“俺も久々”



と、コソっと呟いた。



それを合図に、

「ネリネ君が笑った!大声でわらったぁ!!」

「…い、良いじゃん。別に。お前らしかいないし…」

「うん…。うん!全然良い!!」

「ネリネ、お前まだ人間だったか…安心したぜ」

「桐也…ヘッドロックだ!!」

「うは!やめっ!苦しいって!」



あからさまに照れて、そして怒るネリネの人間らしい一面に、桔梗も、桐谷も、なんだかネリネがとても近くに感じて、嬉しくて、特に桔梗は、本当に楽しかった。






この日々が、突然終わるなんて、この時、桔梗は知る由もないまま、はしゃいでいた。

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