第11話 ネリネ、倒れる。
ネリネにカメラをもらって、七か月。
桔梗はすっかりカメラにはまり、朝四時に学校に来て、花壇の雪を払ったり、プリムラに今日はシャッターを切っていた。
ネリネが咳き込んで帰って行ってから、そんな出来事が、この七か月、少しずつ増えて行った。
あのポツポツもたまに現れる。
何度聞いても、
「何でもない」
「ただのアレルギー」
としか言ってくれなかった。
「おう。今日も早ぇな、桔梗」
「あ、ネリネ君おはよう!ネリネ君も早いね」
桔梗の心配をよそに、ネリネは、咳き込んだり、ポツポツが出来た時は本当に苦しそうだった。
しかし、次の日には、なんでもなかったように、学校に顔を出していた。
そんなある日、教員の全国集会とやらで、学校が半日授業になった日があった。
いつも一人でお昼を食べていた桔梗だが、勇気を振り絞って、クラスメイトみんながいる教室で、
「ネ…ネリネ君、一緒にお昼ご飯食べない?」
とネリネを昼食に誘った。
「あ、じゃあ、校舎の裏の花壇で待ってるね」
「は?この寒ぃのに外?」
と怪訝そうな顔をしたネリネに、桔梗は耳元でこう囁いた。
「良いの?断って。ネリネ君がカメラ小僧で、普段はクールなくせに、実はお花を撮るのが毎朝のルーティーンだって、クラスのみんなにばらしちゃうよ?」
「行きます」
「で?なんだよ人脅迫してまで、こんな寒ぃ所で昼飯食おうなんて。なんかあんだろ?」
「うん…あ、の…怒られるか、迷惑がられるか、どっちかだと思うんだけど、ネリネ君て何か病気でもあるの?」
「は?」
「だって時々咳き込むし、手に赤いポツポツも出来るし…」
「なんだよ、そんな事か」
「そんな事って…心配だよ」
「人生で咳き込まない奴がいるか?猫アレルギーがそんなに珍しいかよ?考えすぎなんだよ、桔梗は」
「本当?本当に本当?」
「本当」
「絶対?」
「はい」
「はぁ…」
桔梗が深ーい溜息をついた。
「…そんなに心配してたのか?なんか悪かったな」
「ふ。なんか今日のネリネ君素直だね。でも本当にネリネ君に何かあったら、どうしようかと思ってたから…なんか…良かったぁ」
「そいつぁどうも…(ありがとうってこういう時言うんだよな?)」
心の中で、桔梗の知らないネリネが自問自答していることなど知るはずもなく、お弁当をぱくつきだした。
しかし―…、
ネリネの主演男優賞ものの“演技”で、桔梗はすっかり騙されてしまった。
そう。ネリネにはやっぱり秘密があった。
この日、その秘密をほんの少しだけ、桔梗は目の当たりにすることになる。
半日のホームルーム終え、学校中の生徒が、帰り支度を始めた。
カメラ小僧たちにとって、こんな絶好の日はない。
先生たちがいないという事は、部活もない。
いつも四、五時間目を過ぎると、いなくなってしまう、ネリネと放課後、写真撮影に没頭出来る。
鞄を肩に掛けて、教室を出ようとしたネリネに、近づき小声で言った。
「ネリネ君、放課後、少しだけ写真撮らない?今、梅が奇麗に咲いてるの」
「あ…あぁ。まぁ、少しだけなら」
「本当?じゃあ、行こう!」
それからは、二人の時間。たった数本植えられた梅の花に色々な角度からシャッターを切った。
その写真を見て、ネリネにどうしたらもっといい写真になるか桔梗は興奮気味に聞いた。
こうした方が光が弱い、とか、梅の木もこのコントラストだったら、こっちの方が俺は好きかな…とか。
うんうんとネリネのアドバイスに頷き、何時間でも撮っていられた。ネリネと一緒だとなおさら。
会話が何故か二人同時に途切れた時、もう四時を回っていた。
「あぁあ、もうこんな時間か…。もっといっぱい撮りたいな」
残念がる桔梗はとっさに気付くことが出来なかった。
ネリネの異変に。
「はぁ…はぁ…」
ネリネの様子がおかしい事に、桔梗はやっと気づいた。
「ネリネ君?大丈夫?」
「へ…平気、平気」
「でも、顔色悪いよ?」
「悪ぃ…。俺そろそろ帰るわ」
と立ち上がろうとした瞬間、ネリネはその場に崩れ落ちた。
「ネ、ネリネ君?ネリネ君。ネリネ君!!」
焦った桔梗は慌ててネリネを抱きよせた。
「すごい熱…三十九度はある…」
「平気だって…。ちょっと朝から風邪っぽくて…放っといたからちょい熱出ただけだって」
「でも…」
そう言いかけた時、
「ネリネ!」
「あ!井上君!ネリネ君が!ネリネ君が!!」
「大丈夫。俺がネリネの家まで送る。南田は心配すんな」
「え…でも…これって私のせいなんじゃ…」
「バカ野郎!風邪気味なの忘れて暢気に写真撮ってた俺のせいに決まってるだろ!」
意識が朦朧とした状態なのににも関わらず桔梗をかばうネリネ。
「じゃあな、南田!クラスの奴ら心配…するとは思えないけど、これ内緒な!」
「え、内緒…?なんで…」
「いいから!!」
「あ、うん…」
そう言い残すと、桐也はネリネを負ぶって校門を出て行った。
「ネリネ君…」
桔梗の心には、不安と、ネリネを失うんじゃないだろうか…と言う何処か漠然とした恐怖が胸に広がり溢れていた。
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