第8話 時間の不思議
「…」
じーっとネリネを見つめる視線。
二か月後、桔梗は、ある実験をしていた。
”ネリネが何時に学校に来ているか”
桔梗は、毎日少しずつ学校に来る時間を早め、ネリネの観察をしていた。
そして、本日、その記録は、午前五時に更新された。
「ネリネ君、おはよう」
「おう」
「早いね、ネリネ君」
「んなの桔梗だっておんなじじゃん」
「ふふ、だね」
(ネリネ君が早いからだよ)
心の中で、ニンマリしながら、桔梗は花壇に水をあげだした。
その隣で、もう当たり前になったかのように、ネリネは花にカメラを向ける。
桔梗にとって一日で一番幸せな時間だ。
ネリネは黙々と花に夢中になる。
桔梗は校庭と校舎を行ったり来たりしながら、水をあげたり、草を取ったり、ネリネをこっそり眺めたりしながら、ホームルームまで過ごす。
その間、桔梗は軍手をするのを忘れない。ネリネにもらった軍手を。
もらった当初、草むしりで酷使した結果、もう泥は取れず、擦り切れている。
特に右手はは穴が開きそうだ
けれど、その軍手を花の手入れをしていると、花が大好きな、ネリネの魂が入り込んでいる気がした。
そうすると、花が何となく喜んでいるいるようで”もっと触って”と嬉しそうで、はめずにはいられなかった。
「桔梗!教室行くぞ」
「あ、うん!」
(あぁあ…今日五時に来たのにもうホームルームか…)
桔梗にとって、ネリネとの時間は、もう何より大切で、何より早く過ぎてしまう時間だった。
”楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう”
みんな一度は体験する”時間の不思議”だ。
その頃から、桔梗はもう一つの”時間の不思議”に気が付き始めていた。
ネリネは、なぜか、四時間目から五時間目を過ぎると、学校からその姿を消す。
最初は、ネリネの事だ。気まぐれか面倒くさいからだと思っていたが、しかし、それが二ヶ月も続くと、先生も黙ってないだろうし、気まぐれにしては、逆にしっかりしすぎている。
けれど、その理由を聞くことは出来なかった。ネリネにも触れてほしくない何かがある…、そんな気がしたからだ。
「南田」
「あ井上君」
そう。
ネリネの唯一の同中だと言う、井上桐也だ。
「今日も一人で水あげ?」
「うん。なんか日課になっちゃって。委員長達ももう私が好きでやってるってわかってくれて、任せてくれてるし」
「そっか」
桐也はネリネと違い、よく話したし、よく笑った。
正直、桔梗には、『友達』と呼べる相手がねりねと桐也しかいない状態だった。
それは当たり前かも知れなかった。
ネリネが、あんな言い方をクラスメイトにして、桔梗だけネリネの友達として認められたのだ。女子達はもちろん桔梗に良い印象を持たなかった。
それはネリネが美少年だったことに深く関わっているに違いない。桔梗のようなパッとしない印象の女子が、お化粧もして身だしなみにも奇麗にしているようにみえる女子達を差し置いて、ネリネに一人だけ認められたのだ。
男子だって、美少年の上、高飛車なネリネに、嫉妬や羨みがあったに違いない。
桔梗には多少失礼だが、あんな風に桔梗に手を出したら許さないと怖い顔で言い放ったネリネに、逆らってまで、桔梗にちょっかいを出すほど、桔梗は見た目も性格も派手ではなかった。
そんなこんなで、桔梗はあっさり一人ぼっちになった。
…でもない。桔梗はそれ以上を望んだりしなかった。
ネリネと桐也がいれば、全然寂しくなかったし、毎朝、ネリネと、している事は違ったが、花にカメラを向けるネリネを見ていいるだけで幸せだったし、放課後は桐也が、高校生になったらこういうことするのかな?と漠然と想像していた、寄り道スタバで、勉強を教えてくれたりした。
だから、決して一人ぼっちでは無かった。よく言うけれど、浅く広く、より、狭く深くの方が桔梗には合っているよだった。
それは、ネリネに会って初めて気づいたことだったかも知れない。
中学までの桔梗は、臆病で、一人だといつも不安だった。よく分からない話でも、どんなに合わない相手とでも、友達でいる事に専念した。一人ぼっちになるよりはマシだ、と思ったのだ。
しかし、ネリネに会って、無理に他人に合わせる事だけが上手くやっていくことではない、そう気づけたのだ。
まぁ…ネリネの場合は極端すぎるかもしれないが。
それでも、ネリネ以外に、桐也がいたから、それもまた救われた要因だったかも知れない。
桐也とネリネが一緒に居る所はよく見かけた。只、唯一の同中だけとは思えない、廊下で、窓を開けて、外を見る二人の瞳が、悲しみで溢れていた…気がした。
本当に、親友なのだろう。ネリネと、桐也は。
そんな二人の中に桔梗が入って行っていいものか、桔梗はいつも思っていた。
しかし、そんな事お構いなしに桔梗もその輪の中に入れてくれた。
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