第7話 桔梗を纏った宝石

高校生になる。

その日、新しく登校するルートをゆっくり見て歩きたかった。

だから、入学式が始まる二時間も早く、通学電車に乗っていた。

モテたいとか、ちやほやされたいとか、そんな気持ちを、めったに見ない平穏な性格の桔梗だったが、二時間先に出たのには、やっぱり少しだけ、が顔を出した。


化粧だ。一回もした事の無い化粧を、母に頼んでしてもらった。

きめ細かい、奇麗な肌には、ファンデーションではなく、パウダーで薄く、色白の桔梗の頬にはピンクのチーク、リップには色の無い透明なグロス。まつげはもともと長いから、マスカラちょっとだけ。


母も桔梗の奇麗な薄化粧に大満足。


けれど、桔梗が想像していた女子高生はつけまつげとかして、スカートも目一杯短くして、放課後は友達とスタバやマックで寄り道して、大人っぽく、彼氏なんか作っちゃって…。みたいな想像をしていた。




「うわー…奇麗」

予定より四十分前に、目的地にたどり着いた桔梗はピンクの宝石を纏っていた。


桜だ。校庭を囲むようにして、ソメイヨシノが植えられていた。



朝練の終わりだろうか。先輩たちの朝ごはんがコンビニの空きスペースで繰り広げられていた。

「ふふ」

中学生の時は、放課後、コンビニ前でたむろする、高校生がなんだか大人過ぎて怖いくらいだった。

桔梗も、高校生になったらあのくらい大人になれる。

そう思っていたのに、今こうして桔梗が高校生になっても、やっぱりコンビニ前にたむろ知る高校生が怖かった。



そんな、桔梗だったから、よく言えば。悪く言えば


そう。桔梗はまだ恋をしたことがなかった。

だからだろうか?

ネリネの態度にも、桐也の言動にも、桔梗がまるでピンと来なかったのは。

桔梗の気持ちもはっきり分からなかったのは…。



そんな、桔梗を責める事になるとは、この時の桔梗には予想も出来なかった。






―二週間後―

「じゃあ、今日の委員会はおわりにします」

委員会が終わると、すぐ、桔梗は委員長に駆け寄った。

「委員長、少しいいですか?」

「あ、うん。あなた一年D組の南田さんよね?」

「え?あ、はい」

一年の名前とクラスまで把握しているとは…さすが委員長だ、と桔梗は思った。

「南田さん花壇の手入れしてくれてるよね?ありがとう。みんな…って委員長の私までそうなんだけど中々花壇まで興味持ってくれてる人居なくて…」

「あ、イエ…」

それでか…、と桔梗は思った。

「それで、ご相談なんですが、雑草はほぼ除去出来たんですけど、殺風景になってしまって…。苗とか、種とか委員会の費用で買う事って出来ますか?」

「えぇ。出来るわよ」

「本当ですか!?」

桔梗の表情が一気に華やいだ。

「ほら、前にアンケート配ったじゃない?それを回収して、どんな花植えようか、先生や委員会で決めようと思ってたんだけど、アンケートで、一人すごく適切な指南をしてくれた人がいたの。委員長の私より詳しく」

「え?」

もしかして…と桔梗は思った。

「で、その回答がこれなんだけど」


そう言って、委員長が手渡してくれた回答用紙には、名前の欄が空欄になっていた。しかし、春夏秋冬、どんな花が咲くか、どの花が一般的に人気か、その花々の手入れの方法や難しい、易しいなどが、事細かく書いてあった。


「これ以上のお手本がないくらいだから、この人の書いた通りの苗や種を買って植えてみようと思ってたんだけど、南田さんは何かリクエストがあるの?」

「あ、いえ。私も、詳しい訳ではなかったのでこの人の希望に沿っていただければと…」



この時、桔梗は確信していた。このアンケートの回答者ネリネだという事を。

花々に詳しいからじゃない。


名前が書いてなかったからだ。

こんなに花が好きなら、普通名前を書くだろう。自分の意見が通れば、自分の所に委員会の誰かが聞きに来るかもしれない。そうすれば、益々花壇が自分の好きな花で満たされる。

それをしないのは、そんな性格…ポリシーを持つネリネ以外にいないと、と。

「そう。じゃあ、次回の委員会までに苗や種を揃えて徐々に植えて行こうね」

「あ、はい!」





(ネリネ君…ネリネ君…ネリネ君ネリネ君ネリネ君!!花、増やせるよ!!!)




心が躍り出しそうに、桔梗はネリネにそれを報告したくて、委員会が終わると、教室にダッシュした。


大きな音とともに大きな音を携えて扉を開くと、先に委員会を終えたクラスメイト達が帰り支度をしていた。みんな、桔梗の慌てぶりに何事か、と驚くように桔梗をチラ見したけれど、

(どうせ遠野だろ?)

(むかつく…遠野の事独り占めして…)

桔梗が探しているのは自分達じゃない事を察し、視線を自分たちの手元に戻した。

(ネリネ君…もう鞄ない。帰っちゃったのか…残念)

ふーっと息を整え、一気に気が抜けた桔梗も他のクラスメイト達に続き、帰り支度を始めた。



(そう言えば、ネリネ君て、いつも帰り早いよな。やっぱり放課後はまだ人がいっぱい残ってるから、写真、撮りにくいのかな?)


その時、脳みそが花だらけになって、神が降臨した。




帰りがダメなら、朝だ!!と

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