第5話 ちょっと強くなれた日。
その日の放課後、桔梗は居残りして、朝の花壇の残りの草むしりをしていた。
「ふー…」
夢中になって作業をしていたから、気付かなかったが、一息つくか…と周りを見渡すと、もう校庭にはサッカー部も、野球部も人っ子一人いない。
「今…何時だろう?」
時計を見ると、もう十九時を回っていた。
「わっ!もうこんな時間!?」
春になって、陽が長くなったとはいえ、まだ四月だ。辺りは暗闇に近かった。
よくよく桔梗のした作業を見てみると、校庭の花壇の三分の二は雑草がなくなっていた。
「あはっ。張り切りすぎちゃった!」
そして掌を見ると、ネリネにもらったばかりの軍手が土まみれになっていた。
「ふふ、ネリネ君、これじゃ明日私の手見ても今日こんなに草むしったってわかんないだろうな」
「俺が伝えてやろうか?」
「ひゃっ」
また、桔梗は小さく悲をあげた。
振り向くと、
「あ…井上君。井上君もまだいたんだ」
「まぁな。伝えとく?」
「え!良いよ!そんな!」
「冗談だよ」
ふっと桐也が笑った。
「あ…だよね…」
へにょっと、桔梗の顔が、変な笑顔にだった。
「でも、女子がこんな時間まで外に居るのはどうかと思うぜ?」
「あ、うん。ちょっと夢中になっちゃって…もう帰るよ」
「ん。じゃあ、駅まで送るよ」
「え?良いよ!まだ明るいし」
「イヤ、送る。(あいつに頼まれてるし)」
イヤ、送るの後の桐也の会話ではない言葉は、桔梗に届くか届かないか、くらいのボリュームだった。
それを聞き取れなかった桔梗は、
「え?」
と聞き返すと、
「別に何でもない。行くぞ」
と少し強引に『来い』と顎で合図すると、桐也は歩き出した。
「あ、はい!」
声に引っ張られるように桔梗は桐也の後を追った。
「ありがとう、井上君。ごめんね、井上君どっち方面?遠回りじゃなかった?」
駅に着き、桐也に気を遣う桔梗。
「良いって。そんな事気にすんな」
それだけ言うと、桐也は桔梗を早く行かせようとする態度で、また、顎で『行け』と諭した。
「うん。じゃあ、ありがとう。井上君」
少し申し訳なさそうに、遅くなってしまった事実を突きつけられ、桔梗は足早にホームに向かった。
しかし、遅くなってしまって暗くなった空とは逆に、桔梗心の中は煌めいた。
自然と頬も緩んだ。
「明日は一時間前に行こう!」
通勤通学の時間帯に少しずれた電車は座る余裕もあって、一番端っこ席に座ると、にやけながら桔梗はぽろっとそんな言葉を零した。
環境委員には、じゃんけんで負けて、仕方なくなった。はっきり言って、なりたくてなった訳じゃない。
ネリネに、
『環境委員だろ?」
と言われるまで、自覚すらしてなかったくらいだ。
けれど、ネリネがくれた軍手をスカート上に広げ、見つめていると、
『この仕事を、環境委員をちゃんとやりぬこう』
と気合が入る。
ネリネが、桔梗だけ嬉しくないはずはなかったが、中学までの…、ネリネが桔梗と呼んでくれるまでの桔梗なら、他の女子達の反感を買って、これからどうしよう?と思い悩んでいたに違いない。
しかし、ネリネが桔梗を、かばう、かばわないなしにしても、この軍手があれば一人でもいい…。
そんな勇気…みたいなものまでもらった気がした。
今まで、桔梗にはないものだった。桔梗でも見た事の無い桔梗だった。
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