第4話 ネリネと言う人。
次の日、桔梗は朝、少し早めに家出た。そして、学校に着くと、真っ直ぐ校庭の花壇に向かった。
「わー。よく見ると、雑草いっぱい生えてるなぁ。これ、何日あったら校庭から校舎の際に生えてるの全部とれるかなぁ?」
そう一人言を言うと、桔梗は花壇の雑草をむしり始めた。
四月の校庭は桜の花びらで隠れてはいたが、花壇には無造作に植えられた花たちが申し訳なさそうに雑草と一緒に咲いていた。
雑草をむしって三十分ほどして、ホームルーム開始の予鈴が鳴った。
「わー!もう教室行かなくちゃ!」
慌てて手の泥を洗って、スカートを整え、ブレザーを羽織り、教室に向かった。
教室に入ると、桔梗の目に最初に飛び込んできたのはネリネだった。
…と言うより、視線がネリネを探してしまった。
桔梗ははありったけの勇気を出して、ネリネの机の前にたたずみ、顔を真っ赤にして、
「おはよう。ネ…ネリネ君」
その桔梗のネリネへの挨拶に、クラスの注目した。
「遠野なんかに挨拶しても、返ってくる訳ねぇのにな」
「南田さん、いくら友達出来ないからって、遠野はないよね」
そんなクラスメイトのコソコソ話が桔梗の耳に入ってきても、その時、桔梗は強かった。
「おう。はよ」
……!!
クラス中がどよめいた。
何ともそっけない返事だったが、確かに、ネリネは桔梗に挨拶を返した。
しかも、ネリネと、名前とはいえ、下の名前で呼んだにも関わらず。
その光景に、クラス中が驚いた。
「おい!遠野が返事したぞ!」
「嘘!信じられない!」
そんなクラスメイトの小さな緊張感に、気付かなかったのか、それとも無視したのか、それは分からないけれど、ネリネは、桔梗も驚く言葉を放った。
「あんた、”桔梗”って言うんだろ?あんたがネリネって呼ぶなら、俺も桔梗って呼ぶけど、良い?」
「え…あ…うん。うん!!」
二つ返事でOKを言うと、桔梗は、自分の胸が今まで感じた事のないくらい、高鳴るとともに、
(ぎゅってされたみたい…)
そんな感覚をネリネの言葉で…ネリネの体から朝顔の蔓でぐるぐる巻きにされたような気がした。
それを見ていたクラスの女子たちの目が一変した。
入学式のホームルーム後のそのルックスで、ずらっと女子たちがネリネを囲んだくらいだ。
もしも、あの日、只ネリネの機嫌が悪かっただけで、本当は桔梗に挨拶、名前を呼び合うほど仲良くなれるのなら…、それを女子たちのキラキラな瞳は桔梗には眩し過ぎた。
(やっぱりそうか…私だけじゃないよね。バカみたい…)
落ち込むのが一番の得意技の桔梗だ。自分の席に戻ろうとしたが、
「遠野、私もネリネって呼んでいい?」
「あ!私も!」
「えー!じゃああたしも良い?」
教室でハーレム誕生だ。…ったのだが…、
「うるせぇな…なんであんたらにそんな風に呼ばれなきゃいけないんだよ」
!!」
キッ…
さっきまでの騒がしさが嘘のように、一瞬にして空気が凍りついた。
「な…何それ!ちょっと酷くない!?」
ネリネを囲んでいた女子の一人が、不満を爆発させた。
「そうだよ!南田さんは良くて、なんで私たちはダメな訳!?」
「桔梗は気に入ったけど、あんたらは気に入らない。それだけ」
怒り心頭の女子達を何とも思わない、と直球百六十キロの球で貫いて、ネリネはそれだけ言って、ネリネはそっぽを向いてしまった。
「と…遠野く…」
「”ネリネ”!桔梗はネリネで良い」
思わず、最初に戻り、名字で呼んだ桔梗に、ネリネは念押しするように、そう言った。
「う…うん」
おどおどする桔梗に、冷ややかな視線が容赦なく注がれた。
そんな空気を感じ取ったネリネが、
「言っとくけど、桔梗になんかしたら許さねぇからな」
と、ドスの効いた低い声で、キリッとしたきつい視線で、グッと眉間に寄せられた瞳で、これでもか、と言うくらいの、怖い顔で、周りを取り囲んだ女子に一括した。
「う…」
女子の軍団が、怯んだのが分かった。
「ほらー!席付け!」
自分をかばってくれたのか、他の女子達に火をつけたのか、一体どっちだ?みたいな、分からないネリネの言動に委縮する桔梗を、とりあえず救うように、一時間目の授業が始まった。
授業が始まると、桔梗は、ネリネの挿したチューリップに目をやった。
(あ…昨日より水かさが増えてる?今日、朝早く来てネリネ君、水換えたのかな?)
クラスの女子達にはあんなに冷たいのに、花には…花と桔梗には優しくしてくれるネリネに桔梗は何の自覚もなく、惹かれた。
ネリネの心配をよそに…と言うより、当たり前なのかも知れないが、その日、桔梗は何をされるでもないが、ネリネが桔梗だけを特別扱いしたように捉えられただけであって、クラスの女子に総スカンを食らった。
しかし、不思議と寂しくはなかった。四時間目の移動教室で、準備をしていると、ネリネが桔梗の後ろからいきなり声をかけて来た。
「桔梗!明日からこれ使え!」
「へ?」
ネリネの声に振り向くと同時に、何かがネリネの手から飛んできた。
「ぷふぁ!」
一度顔に当たってローファーの上に落ちたのは、軍手だった。
「女子が軍手もなしで草むしるな!」
そう言うと、さっさと教室から出て行ってしまった。
「…なんで分ったんだろう?」
キュッ。
靴が床にこすれる落ちがして振り向くと、さっさと出て行った…と思っていたネリネが無表情で、
「爪!土、挟まってる!」
そう言うと、今度こそ教室を出て行った。
「あ…」
桔梗の指先をよくよく見ると、洗った手は奇麗になっていたが、右手の中指に少し土が詰まっていた。
「こんなにちょっとの土で私が草むしりしてたの分かったの?」
誰かに気付いてほしくてしたことじゃない。誰かに褒められたくてしたことじゃない。
けれど、ネリネに気付いてもらえた…そう思うと、嬉しいを通り越して、涙が出てきそうになった。
桔梗は、自分でも、何が涙に代わって零れているのか…分からなかったけれど…、只、無性に窓際のチューリップが愛おしかった。
「もう…踏んずけないからね」
そう言うと、授業開始の五分前のチャイムに慌てて、教室へ向かった。
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