第3話 お花、お尻に敷いて、ごめんなさい。
「おい」
「へ?」
入学して二週間。私は友達が中々出来なくて、お昼休みはいつも校庭の花壇を面地にして、お昼ご飯を食べていた。
そんなある日、こわ~い人から、声をかけられた。
「あ…と、遠野君…な、なに?」
入学式のホームルームでのネリネの言動で、”怖い人”と言う印象が抜けない状態で、ネリネに声をかけられた桔梗は、あからさまにおどおどした。
「その尻」
「え!?」
(お尻!?な、何!?何のこと!?)
よもや、セクハラかと思えるような発言に、焦る桔梗をしり目に、ネリネは涼やかに言った。
「尻の下のチューリップだよ。花びら、踏んでる」
「え、あ…ごっごめんなさい!」
慌てて立ち上がると、桔梗のお尻の下になっていた花びらが、茎ごとしんなりしていた。
「あんた、環境委員だっただろ?少しは気にしろよ」
「ご…ごめんなさい…」
そう。そうだった。一週間前、クラスでそれぞれの委員会に配置され、桔梗は環境委員に決まったのだ。
ネリネへの恐怖心で、泣きそうになっている桔梗に、
「チューリップは球根だから、また来年生えてくる。これは摘んで水に差しときゃ少しは咲いていらえる」
そう言うと、はさみでちょきんと、しんなりしたチューリップを摘むと、それ以上は何も言わず、何もせず、校舎の方へ戻って行ってしまった。
「…び、びっくりした…」
ネリネの姿が完全に見えなくなっても、桔梗の心臓はまだドキドキしていた。
(でも、花とか大切にする人なんだ。意外かも)
桔梗はネリネのその言動が、ネリネの本当の姿に近いんじゃないのだろうか?とネリネの事など何も知らないのに、ふと、そんな気がした。
〔校内放送。校内放送。各学年の環境委員は放課後、三年D組に集合してください〕
ぼんやりネリネの余韻に浸っていると、そんな校内放送が流れて来た。
「うわ…。居残りか…嫌だな」
放課後の招集に、ぼやきながら、今度はチューリップをお尻の下に敷かないように気を付けながら花壇に改めて腰掛け、桔梗はお昼ご飯の残りを食べ始めた。
♫
「ん?」
何だか不明瞭な音がした。桔梗は、ちょっと周りを見渡したが、誰の姿も見えなかったので、気のせいだと思い、それ以上に気にすることはなかった。
もしも、その時、もっと周りの樹の影とか、校舎の裏とか目を凝らしていたら、何か違ったんだろうか?
そんな事、思っても無駄な、祈ったって届かない、そんな悲しい…、ネリネは…桔梗は…無慈悲な運命の中にいた。
「それじゃあ、次の委員会までにこのアンケート回収してきてください」
「はーい」
臨時委員会が終わると、がやがやと生徒たちが帰り支度を始めた。その空間にいる誰かがぼやいた。
「どんな花が好き…か。みんな花壇になんて興味ないのに…」
その言葉で、桔梗の頭にネリネの顔が浮かんだ。
(そう言えば、遠野君、花…好きなのかな?)
ボーっとネリネの事を思いながら、帰り支度をするために、教室に戻った。その教室で、桔梗はあるものが目に飛び込んできた。
「あ、チューリップ…」
お昼休みにネリネが摘んだチューリップが窓際に空になった、ぺットボトルを半分に切って、水に入れられ、飾られていた。
「遠野君…」
ふっと桔梗の顔が緩んんだ。
「やっぱり遠野君、花、好きなんだ」
と独り言を言うと、思いもしない声がした。
「悪いか?」
「ひゃっ!」
思わず、小さく悲鳴をあげた。
「ネリネは花好きなんだよ」
「あの…」
そこに居たのは、見知らぬ男子だった。
靴の色が桔梗と一緒だったため、同い年だという事は、桔梗にも分かったが、
「あ…えと…名前…ごめん。知らなくて…誰ですか?」
と、お前はチワワか!と言いたくなるくらい、震えながら聞くと、
「俺は
「あ…そうなんだ。私は南田桔梗。遠野君、花好きなの?」
「ネリネは昔から花のカメラマンになるのが夢なんだ。だから、花にも詳しいんだよ」
「カメラマン?…すごい。もうちゃんと未来を見据えているなんて…」
ネリネの夢を知った桔梗は、ネリネの桔梗が尻に敷いたチューリップへの想いがどんなものか、初めて分かった気がした。
「だろ?ネリネはただのひねくれものじゃないんだよ」
「怒ったかな?」
「え?」
桔梗の口にした心配そうな声に、桐也はちょっと面食らった。
「そのチューリップ、私がお尻に敷いちゃったの。せっかく奇麗に咲いてたのに…。遠野君…怒ったかな?」
桔梗の顔がみるみる青くなってゆく。
「ネリネはそんなそんな小さい奴じゃないよ。その証拠に、南田にちゃんと話をしたろ?」
「へ?」
”話をする”そんな当たり前の事、一体桐也は何を言っているのだろう?桔梗はそう思った。
「あいつは気に入った奴としか言葉を交わさないんだ。あんたは気に入られたんだよ」
「私が?遠野君に?」
”そんなはずはない”としか桔梗には思えなかった。
「ネリネは不器用だからな。話す、話さない、でしか好きか嫌いかを表せないんだよ。」
「そんな…そんなはずないよ。だって私はチューリップ踏んだのに…ネリネ君の宝物…踏んじゃったのに…」
「さぁな。それは俺にも分かんない。でも、ネリネの事助けてやって。あ…それと、ネリネは自分の名前気に入っているから、ネリネって呼ばれる方が嬉しいと思う」
そう言うと、桐也は教室を出て行ってしまった。
何が起こったのだろう?お昼にネリネに怒られ、放課後ネリネに気に入られた本当だろうか?
からかわれただけじゃないだろうか?でも…。
正直、桔梗は混乱していた。しかし、ネリネの事を気になりだしたのは確かだった。
これは、この気持ちは、一体なんだろう?けれど、もしも、本当にネリネに気に入られたのだとしたら、何だか嬉しい…そう思った。
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