あれよあれよと大男

指に足りない一寸法師①

 さて、何やら一件落着染みた雰囲気の帰り道である。

 

 青衣の計らいにより、外泊の許可が下りている太郎、白狼丸、飛助はさて、これからどうしようか、という相談をしながら歩いていた。那彦と紗雨を自宅まで送り届けた後、髪路で宿を取っても良いだろうし、青衣が間借りしている扇子屋の老夫婦も、青衣ちゃんの友人ならば、ぜひとも泊っていってくれ、と常々言ってくれているらしい。となれば、せっかくだし、扇子屋の厄介になろうか、などと話していると――、


「おい」


 背後から、声をかけられた。


 振り向いてみると、どうやら野盗のようである。人数は二人。手前に大きいのが一人と、それから、そいつに隠れるようにして、もう一人いる。

 

「おい、どうするよ白ちゃん」

「どうするったってなぁ。こっちにゃ女がいるし、逃げるしかねぇだろ」

「紗雨殿、走れるか?」

「あた、あたしはその、足が遅くて」

「駄目だな、紗雨は。力は強いが走るのは亀よりも遅い」


 ならばやり合うしかないのでは、という雰囲気が立ち込める中、太郎が「そうだ」と手を叩いた。


「俺が紗雨殿を担いで走れば良いのでは」


 名案とばかりに晴れやかな顔をしたが、それに難色を示したのは彼以外の全員である。


「いやいやタロちゃんね。確かにそうかもしれないしね? 実際タロちゃんには出来ると思うよ、おいらは? だけどさぁ。さすがに旦那さんの前で嫁さん担ぐのはどうかなぁ」

「太郎、おれもな? 悔しいけど今回ばかりはこの猿と同意見だわな。てめぇの嫁が他の男に担がれるとか、おれだったら我慢ならねぇ」

「太郎様、そのお気持ちだけはありがたく頂戴いたしますが、あた、あたしは、その、那彦様以外の殿方には、その」

「不甲斐ない……まことに不甲斐ない……! 拙者がこのようななりであるばかりに……!」


 まさかそんな反応になると思わず、「何か……すまない」と頭を下げる太郎である。


 けれど、そうなると、この野盗共をどうにか退ける他ないわけだが。


 白狼丸は多少腕っぷしには自信があるものの、武器を持っておらず。

 飛助だって喧嘩くらいならしたことはあるが、もちろん丸腰で。

 太郎はというと、向こうからかかってさえ来ればそれを返り討ちには出来るだろうが、積極的に戦えるわけでもない。

 紗雨は怪力だが女だし、侍とはいえ那彦はこの大きさ(一寸)である。

 そして、頼みの綱の青衣元忍びはまだ合流していないときている。


「とりあえずあれかな、有り金置いていけば見逃してくれるとか、そういうの、あったりします?」


 飛助が懐から金の入った袋をこれ見よがしにちらつかせる。


「まぁ、不本意だけど、それで何とかなんなら一番平和だわな。くそ」


 どうせ宿は姐御のところだし、飯くらい出してもらえるだろ、と白狼丸もまたそれに倣った。


 が。


「ならん!」


 大男の陰からひょこりと顔を出したのは、米問屋楔舘くさびだての主人、右近である。人目を忍んでだろう、着物を替え、ご丁寧にほっかむりまでしている。ということは目の前の男は野盗ではなく、米問屋で雇っている用心棒といったところだろうか。


「よくもワシに恥をかかせたな! お前ら全員なますにしてくれる!」


 やってしまえ! と命じて、自分は下がる。どうやら先ほどの報復だったらしい。


「えー、どうするよ白ちゃん。荒事は姐御の専門だぞ」

「あンの忍び、どこで油売ってやがる。せめて刀でもあればなぁ」

「何だよ白ちゃん、チャンバラ出来んのかよ」

「出来なくはねぇ、って程度だけどな。だからまぁ、向こうの腕次第ではおれら全員膾だわ」

「駄目じゃん! 絶対アイツ腕に覚えあるじゃん! だからこその用心棒じゃん!」


 おぉーい、姐御ぉー、絶対どっかで見てんだろぉー、おいら達これから膾にされるかもなんだけどぉー、と夜の闇に向かって叫ぶが、応えはない。用心棒の構えた刀が鈍く光り、彼が一歩前に出る。


 と。


「ここは拙者の出番でござるな」


 紗雨の頭の上で胡坐をかいていた那彦が、すっくと立ち上がって縫い針の刀を抜いた。


「那彦殿?」

「いやいやいやいや! お侍さんね、さすがに無理でしょ。体格差えっぐいよ?!」

「その心意気だけは買うけどな。どう見たって負け戦だ。おれが時間を稼ぐから、嫁さんを太郎に担がせて逃げろ」


 悔しいだろうが背に腹は代えらんねぇからな、と白狼丸が言うと、小さな侍は、はっ、と鼻で笑った。


「拙者を見くびるなよ。人生の大半をこの大きさでやってきておるのだ。デカいやつとの戦い方なぞ心得とるわ」


 そう言うや、ひょいひょいと紗雨の頭から降り、目にもとまらぬ速さで用心棒の足の甲に飛び乗ると、針の刀をぐさりとそこに刺した。


だぁっ!? な、何だ?! 蛇か!?」


 那彦の姿を捉えられていない用心棒は、自身の足に走った刺すような痛み(実際刺されているのだが)に腰を落とした。ぷくりと玉のようになっている血が一つだけなのを確認して、「蛇ではないな。虫にでも食われたか?」と首を傾げている。そこへ、袴の裾に隠れていた那彦が、ひょこりと飛び出し、今度は頬に刀を深く刺した。


「ぎゃああ!」


 たまらず身体を反らせた用心棒が頬に手をやるのをサッとかわして、肩の上に飛び移り、よいせよいせと首を登って耳の中に身を隠す。


「な、なんだ。今度は耳がかゆい!」


 太い指を突っ込んで掻き出そうとするが、那彦は奥へ奥へと逃げるために、いよいよ指も届かなくなったようである。用心棒は片足立ちになり、那彦が入っている方の耳を下に向けて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。けれど、耳の中で何をどう踏ん張っているのか、那彦が落ちて来る気配はない。それどころか――、


「ぅおっほん、あーあー、聞こえとるか」

「な、何だ?!」


 一応鼓膜が破けぬほどの声量で(何せ超至近距離であるから)、那彦は用心棒に話しかけた。


「我が名は一寸法師」

「一寸法師?!」

「いま貴殿の耳の中にいる」

「はぁ?」

「悪いことは言わん。いますぐあの四人を諦めて引き返せ」

「そんなこと出来るわけがなかろう!」

「ならば、これよりお前の耳の膜を破って頭の中に侵入するがよろしいな? 頭の中に入ったら、好き放題に暴れてやろう」

「何を言う。耳の膜を破るなど――ぎぃやぁぁぁぁぁ!」


 鼓膜を刺したわけではない。

 ただ、あくまでも、指先で、ちょんと触れただけである。


「わかったか? 次は本当に破るぞ? どうする」

「ぐぅぅ。だが、俺も雇われている身だ。俺の一存ではどうにも」

「ふむ。それも一理ある。拙者も一度は武士を志した身。主君の命は絶対だからな。ではこうしよう。拙者がそいつを説得してやろう」

「何だと?」

「ほら、さっさとそいつのところへ行け」

「わ、わかった……」



「……何が起こってるんだろ。あいつ、米問屋の主人の方に歩いてったけど」

「さぁ。ただ、よくわからねぇが、デカいやつとの戦い方はわかってるってぇのはほんとみてぇだな」


 二度三度、悲鳴が聞こえたかと思うと、蹲ったりのけ反ったり片足で跳ねてみたりと奇妙な動きをし、何やら諦めたように主人のところへ向かう用心棒をじぃっと見つめ、犬猿二人はそんな会話をしている。


「さすがは那彦殿だ」


 そして太郎がうんうんと感嘆の声を上げる中――、


「那彦様が! 那彦様はいずこに!?」


 那彦が耳の中に隠れてしまったせいで、その存在を認められなくなった紗雨は、その場に這いつくばって懸命に彼を探していた。


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