鬼からもらった打ち出の小槌
打ち出の小槌①
「何だい、とっとと大きくなっちまえば良いだろゥ?」
その身体じゃァ不便なこともあるだろうし、と青衣が口を挟むと、那彦は、まぁ、それは、その、と口ごもる。
「そうですよ、那彦様。あたしもそろそろこの小槌を元の場所に返さなくちゃなりませんし……」
「ぐぅ……」
小さな手を、ぎゅ、と握りしめる。よく見れば、ぎりりと歯も食いしばっているようだ。何かあるのだろう、誰もがそう思ったが、簡単に口を割ってくれるとも思えない。さて、どうしたものか。
「那彦殿、何か事情があるのか?」
太郎が、半ば這いつくばるような姿勢になって、必死に彼を目を合わせると、蚊の囁きのような声で「太郎殿だけになら、話しても良い」という答えが返ってきた。それに「わかった」と頷き、手のひらの上に彼を乗せる。
「青衣、
そう言って、すっくと立ち上がった。
さくさくと歩いて、手頃な切り株を見つけ、そこに腰かける。膝の上に那彦を下ろすと、一応辺りに誰もいないことを確認してから、こほん、と一つ咳払いをした。
「拙者は、その、物心がついた頃には既にこの姿でな」
いや、うっすらと大きかった頃の記憶はあるような気もするんだが、と言ってから、まぁ、
「……怖いのだ」
「怖い? 元の姿に戻るのがか?」
「そうでござる。何だかんだ言っても結局のところ、拙者は家に戻ってあの紗雨と夫婦になり、家を継ぐのだろう。それはわかっている」
「那彦殿は、紗雨殿のことが本当に好きではないのか?」
直球でそう尋ねると、那彦は、一瞬躊躇うような素振りを見せてから、ふるふると首を振った。
「別にそこまで嫌いというわけではない。まぁあの怪力は厄介だし、どうしようもない馬鹿で泣き虫だが、別にそこまででは」
「だったら、大きくなって正式に娶れば良いではないか。確かにあの力は並大抵の男では太刀打ち出来ないかもしれないが、それでもいまよりは」
「わかっておる!」
小さな身体に見合わぬ大声を上げると、驚いたような顔をしている太郎を見て、「すまぬ」と慌てて頭を下げた。
「わかってはおるんだが、その、もし、もしも」
「うん」
「大きくなった時に、紗雨よりも小さかったら、って思うとな」
「紗雨殿より……。つまり、五尺七寸に満たなかったら、と?」
「そうでござる。こんなつまらぬ理由で、と思ったかもしれんが、拙者にだって男の矜持というものがあるのだ」
太郎殿もわかるだろう? と言ってから、出会ってすぐに同意を求めた際に「よくわからない」と返されたことを思い出したのだろう、いや、忘れてくれ、と顔の前で手を振った。が、那彦の予想に反して――、
「わかる!」
たぶんいままでで一番の熱量を持って返された言葉に、今度は那彦が目を丸くする番だった。
「わ、わかってくれるか、太郎殿」
「わかる。それは俺にもよくわかるやつだ」
「お、おお、よくわからんが、良かった」
さすがかつては己のイチモツの大きさがどうこうで頑なに白狼丸との風呂を拒んだ男である。その辺の男の矜持については予習済みだ。
「しかし、那彦殿。このままずっとその大きさでいるつもりか?」
「さすがにそうは思っておらぬ。いつかは、とは思うのだが……。果たしていまのこの身の丈も、この大きさにしては大きい方なのか、比較対象がないからわからんのだ」
「確かになぁ。他にもこの大きさの人間がいれば比べることも出来ただろうが――」
と、そこで、太郎と那彦が同時に「あ」と声を上げた。しかし那彦の方では浮かんだ考えを即座に打ち消し、「い、いやいやいや! それはさすがに」と首を振る。
「どうした、那彦殿」
「い、いや、まさかとは思うが、太郎殿」
「何だ」
「まさか紗雨に小槌で小さくしてもらおう、などと思ってはおるまいな?」
「おお、すごいな那彦殿。俺の考えていることがわかるのか」
「なぜだろう、わかってしまったのでござる。太郎殿ならやりかねん、と。その気持ちはありがたいが、ならん! 確実に元に戻れるという確証もないのに、そんな危険なことはさせられぬ!」
「だが、俺の身の丈は紗雨殿と同じ五尺七寸だから、小さくなった俺よりも那彦殿が大きければ、と」
「うぐぅ。だが、拙者が縮んだのは
「それを言われると、確かになぁ」
二人して腕を組み、ううん、と唸る。けれどやはり、誰かが――それも紗雨と同じくらいの身の丈のものが縮む以外に案は浮かばない。
それかもしくは。
「まぁ、拙者が腹を決めるしかないのだろうな」
がくり、と肩を落として言う。確かにそれが一番手っ取り早いのである。
「紗雨のことだから、仮に拙者の方が小さかろうて、それを馬鹿にしたりはせんだろうし」
「それはそうだろうが」
「ただ、もし、太郎殿」
「何だ」
「こんな拙者を哀れんでくれるのなら、最後に一つ、頼まれてはくれんだろうか」
「何だ」
那彦の話によれば、上浅葱にある神社には子の成長を司る神様が祀られているらしい。子の成長、ということならば、自分の身の丈についても何かしらのご利益があるのではないか、と。
「まぁ、ただの気休めではあるのだが、いまの拙者に出来るのは、もう神頼みしかないのだ」
「那彦殿……。わかった。幸い、上浅葱には旦那様の遣いもあるし、寄っていこう」
「かたじけない、太郎殿」
そういうわけで、紗雨を連れた四人で遣いを続けることになった一行である。
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