珊瑚で出来た夢の城
海亀の緑六①
浜辺である。
そこに――、
「えい」
「やあ」
聞いた通りの光景があった。
小さな髷を結った、恐らく十にも満たない
成る程、あの中に亀がいるんだな。
飛助は思った。
いじめられていると考えれば確かに止めに入りたくもなる。けれども青衣の話では、それはあくまでも『振り』なのである。童共も、その亀もみんな仲間だ。仲間というか、黒幕はその中心にいる亀なのである。
こりゃあ迂闊に近付けば危ないかもしれないぞ。まずは、じっくり作戦を練ろう。青衣の姐御も何やら準備があるとかで遅れるらしいが、直につくだろうし、その到着を待って――、
そう考えていた時だった。
「こら、やめないか!」
太郎が飛び出した。
「えっ?! た、タロちゃん!? いや、その亀はさ――。って、タロちゃん、何、めちゃくちゃ足速くない?! うっそぉ」
白狼丸には負ける飛助だが、さすがに太郎には勝てると思っていた。実際、これが平地であれば勝てただろう。けれども、砂の上というのは、どうにも踏ん張りがきかず走りづらい。それなのに、太郎はというと、砂などものともせずに駆けていくのである。そういや彼はもともと島育ちなんだっけか、と気付いたものの、いやそれはかなり昔の話のはずだ、と打ち消す。
そうこうしているうちに彼は童共の集団に追いつき、何やら説教めいたことをしている。といっても太郎のことだから、叱責するというよりかは、優しく諭しているのだろうが。案の定、彼らは礼儀正しく太郎に向かって頭を下げて去って行った。その場に残っているのは、聞いた通りに巨大な亀と、それに向かって跪く太郎である。
「んもう、タロちゃんってば、おいらを置いてくんだもんなぁ」
やっとの思いで追いつき、恨みがましくそう言うと、太郎は、きゅ、と眉を寄せて「すまない。身体が勝手に」と頭を下げる。身体が勝手に動いたのならば仕方がない。太郎とはそういう男だ。よくよく考えてみれば、例え振りでも演技でも、誰かが棒で殴られているような場面でじっとしていられるような男ではないのである。そこが彼の良いところではあるのだが。
「えーっと、その、何だ。大丈夫かい、亀さん」
とりあえず、助けてしまったものは仕方がない。ではこれにて、と立ち去っても良かったのだが、太郎がしっかりと腰を落としてしまっている。なので、それに倣って彼もまたその場にしゃがみ込んだ。
「ありがとうございます、お陰で命拾いしました」
よっく言うよ、この人さらい、と心の中で悪態をつく。
「名は、何と言うんだ?」
優しい口調で、太郎が言う。すると、亀は、かなり驚いたような顔をした。といっても亀である。そんな細かい表情などわかるわけもないのだが、なぜかそうとわかった。
「私の名ですか? なぜそんなものを聞くのです」
「なぜって言われても。知り合った相手には、まず名を――、ああそうか。先に自分が名乗るんだったな。俺は太郎という」
「おいらは飛助だよ」
「……太郎様に、飛助様ですか。私は、
「リョクリョク?」
「緑六、です、リョクロク」
リョクリョク、いや、リョク、ロク、かぁ、と舌を噛みそうになりつつ、復唱する飛助である。「言いにくい名前で申し訳ありません」と緑六はすまなそうに首を下げた。
「面を上げてくれ、緑六殿。それより貴殿に頼みがある」
「何でしょう。助けていただいたお礼です。私に出来ることなら」
しっとり濡れた黒い瞳を真っ直ぐに向ける緑六は、青衣からそうと聞かされていなければ何とも人懐こくて可愛らしい亀である。まぁ最も、何も知らされていなければこのように会話が成立している時点でまず腰を抜かすところではあるのだが。
「俺を海の中に連れて行ってほしい」
「――た、タロちゃぁん?!」
「どうした飛助」
「ちょ、ちょっと待ってよタロちゃん! いきなり何言いだすのこの子!」
確かにそれが一番手っ取り早いかもだけどさ。いやいや、そこからどうするつもりだよ! まずは姐御を待とうよ!
そう言えたら良いのだが、まさか緑六の前で言うわけにもいかない。
「何って、白狼丸を探しに行くんじゃないのか?」
「っだ――――! 言っちゃった、言っちゃったよもう! タロちゃぁん、それは伏せておこうよぉ!」
平然と返した太郎に対し、それ以上の勢いでぎゃあぎゃあと喚く飛助を見て、緑六は最初、何だ何だと警戒している様子だったが、ははぁと何もかもわかったような顔をして頷いた。
「成る程、お二人は婿殿のご友人でございましたか」
「婿殿?」
「何、白ちゃん、海の中にお婿に行ったの?」
前回といい今回といい、何であいつばっかりモテるんだよぉ、と嘆く飛助を無視して、太郎は緑六の甲羅に手をかけた。
「婿ってどういうことなんだ? 白狼丸がそうなのか? 葉蔵兄さんもか?」
「そういや葉蔵兄さんもいたんだった」
太郎の言葉で葉蔵の存在を思い出した飛助であった。
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