第3話 ピレネーの目覚め

「何をしたの?」


「モーニングコールを打ち込んだ。目覚めてくれるといいけれど」


 移動した操縦室。指紋、声紋、顔認証でロック解除。操作パネルに起動コードをタッチ入力。巨人を待機モードから重力圏戦闘モードに切り替え、『傷物』はピュウからの質問に手早く答えた。


 フロントの巨大モニタ上に起動進行状況を表すランプやパラメータ値が表示される。ピュウが取り分け目を止めたのは、巨人の全体像、その体中に無数の光の線が走っている図だった。


「血管みたい。何の線?」


「ファイバーだよ。光を送る」


「光?」


「この子はね、歯車やアクチュエータの代わりに光なの。体内にある計一万二千個のアンプが光波を命令通りに変換し、波長によって収縮率を変える疑似筋肉を制御する。


 そうやってピレネーは、人間と同じようにして動く!」


 モニタに映された状態表示が『起動完了』に変わる。


 ピレネーの巨大な疑似筋肉が、俊敏に縮こまる鈍い音が艦内に響く。


 成功だ。『傷物』は口角を釣り上げた。


「寝覚めの良い子。嫌いじゃないよ」



* * *



 首をねじ切って身をジュウと吸うと、味わい深い濃厚が喉に広がる。大猿にとって平原の真ん中にある人型は、至高の食材が詰まった給餌箱だった。


 たじろいだのは、それが片膝立ちの状態から前触れなく動き出し、自身に攻撃を仕掛けたからだ。


 目の前のトンガリ帽子が高く腕を振り上げたのに反応し、大猿は本能的に後ろへ飛び退いた。槌として降ろされた拳は土を抉り、広大なクレーターを作る。


 何という破壊力。獣が一瞬虚脱し、次の瞬間には歯を剥き出して威嚇を始めたのは、知を持たぬ畜生とはいえ雄同士、向き合う敵の攻撃に怖気たことに、自尊心の傷付きを感じたからであろう。


 大猿は駆けた。前脚と後ろ脚で蹴られた地がドドと震えた。


 けれど、次の瞬間だった。


 クイとこちらを向いたトンガリ帽子のバイザーから、光が放たれた。


 高加速荷電粒子砲。


 砲撃の音もなく放出された光線は、大猿を包み、その身を蒸発させた。


 僅か数秒の出来事だが、攻撃が止んだ後には炭すらも残らぬ。ただ数トンの肉が焼かれた焦げ臭さだけが広大に、夕暮れに染まる草原に漂った。

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