虹色の素敵さ

霜花 桔梗

第1話 百合、百合、百合ではダメですか

 わたしは『一条 空実』この春に高校二年生になった。 しかし、来年の年度変わりには父親の海外転勤が決まっている。残された一年間をこの街で過すのである。


 わたしは残り一年を過す川尻高校の桜を眺めていた。


 ドテ!


 満開の桜を眺めていたら転んでしまった。


「うぅぅ、少しひねったか……」


 仕方ない、保健室に行くか。

「こんにちわ、怪我を見てもらいますか?」


 わたしは一階の大会議室の隣にある、保健室にきていた。


 うん?先客がいる。


「おや、見ない顔だな、いいところに来た。たい焼き食べていくか?」


 机の上にたい焼きが並べられている。わたしは勧められるまま椅子に座る。ハムハムとたい焼きを食べる先客の女子はとても可愛くナデナデしたくなるのであった。


「おっと、自己紹介がまだだったな」


 口にモグモグとしながら。喋っていた。


「わたしは『佐野 璃々』だ。こっちの若作りなのが保健の先生の『尾張崎先生』である」


 一瞬殺気が走る。若作りなどと言うからだ。しかし、そこは保健の先生、直ぐに笑顔に戻る。そうだった、足を見てもらうのであった。皆、たい焼きを食べながら尾張崎先生に足を見てもらう。


「大丈夫よ、念のためにシップを貼っておくわ」


 尾張崎先生の言葉に安心して帰ろうとすると。


「空美、帰っちゃうの?」


 ハムハムとたい焼きを食べる璃々はやはり可愛い。


「明日も来て良い?」

「勿論よ」


 こうしてわたしは保健室に入り浸る生活の始まりであった。


    ***

 

 百合と言えばお姉様である。ここに居る、璃々は妖女に近い。幼女ではなく妖女だ。座敷わらしなどと言える。


 頼りになるお姉様も欲しいが妖女の妹ができた気分だそう、璃々は今日も保健室でたい焼きをハムハムしている。その姿は可愛くてしかたがない。試しに頭をナデナデしてみると。


「う~ん、気持ち良いな」


 カワイイ小動物である。さて、話しを戻すと、わたしの理想は素敵なお姉様になる事だ。


「空美は使えないお姉様のようだね」


 あー言い返せない。わたしはスマホを取り出してティーン雑誌を開く。


「素敵なお姉様、素敵なお姉様……」


 この雑誌いわく、素敵なお姉様はオーラが違うらしい。


 まさかの滝行?


 わたしは腕を組み真剣に考える。おっと、たい焼きがなくなる。わたしは急いでたい焼きを食べ始める。ハムハム、と。美味いな。しかし、この話はガチ百合にして良いのであろうか?


           ***



 昼休みに保健室に行くと璃々がお弁当を食べている。


「お、ぉ、空実、元気そうだな」

「はい……」


 上機嫌の璃々は紙袋を取り出すとたい焼きが並べられる。 わたしは勧められるままたい焼きを一つ手に取り食べ始める。違う!今日、ここに来たのはガチ百合を改める為だ。


「璃々、ハッキリさせたいが、ガチ百合は無理だ」


 わたしは心の底から反ガチ百合の言葉を声にする。

「義兄弟の盃は交わしてないぞ」


 璃々の言葉を受けて真面目に考えていたわたしがバカであった。 試しにガチ百合とは?と問うてみる。


「難しい質問だな、彼女ができたと紹介するとかかな」


 確かにガチ百合だ。 わたしが小首を傾げていると。


「たい焼きを分け合い、同じ時間を共にする、ガチ百合などとの言葉は無意味だ」


 あ、璃々がまともな事を言った。


「はい、はい、お茶をいれましたよ」


 保健の先生である尾張崎先生がやってきてお茶を配るのであった。


 ずずいーっと。


 お茶を飲むが、すでにマイカップがある時点でここの住人だなと思うのである。さて、たい焼きを食べてお茶も飲んだし教室に戻るか。


 わたしが保健室を出ようとすると。璃々は勉強道具を広げる。そうだった、璃々は保健室登校であった。理由を聞こうと思ったが、これは個人の問題だ。


「その顔、保健室登校の理由を聞きたいな」

「まぁ……」


 顔に書いてあったか、わたしは隠し事が苦手だからな。ふと、時計を見ると時間である。


「タイムリミットか……。ふ、そのうちに話すさ」


 わたしは動揺した心に頭をカリカリかきながら教室に戻るのであった。


    ***


 朝の食卓の事である。


「空美、お前、友達ができただろ」


 父親が渋い顔をして問うてくる。


「ま、まぁ……」


 言いたいことは分っていた。一年後にインドに行く事が決まっているからだ。今までも転勤族の家庭に育ったので友達などいなかった。


「わたしは友達を作る事は反対しない。でも、失う覚悟はしておけ」

「朝から、厳しいことはなしにしましょ」


 母親が父親の苦言にフォローを入れる。しかし、気まずい空気が流れると、わたしは逃げ出す様に食卓を後にする。


 わたしは朝食もそこそこに自室で日常をスクールバックに詰めていた。


『失う覚悟か……』


 それは言霊のようにわたしを支配していた。璃々と友達になれば別れが確実にやってくる。今までだって一人で生きてきた。


 これからだって……。


 いかん、いかん、元気いっぱいの空美はどこに行った。 わたしは机の引き出しから、色の入ったリップを取り出す。鏡に向かい、リップを付ける事にした。


 まだ、コスメなんてわからないけど、このリップは気合が入る。 階段を駆け降りて玄関から走りだす。


 うん、わたしは今、生きている。 わたしはこの一年間を全力で生きる事にした。


      ***


 昼休み、保健室でのお弁当は日課になっている。そして、ご飯は美味しく食べ終えた。 わたしは食後のお茶をずずいーと飲んでいると。 璃々がトイレから帰ってくる。


「そう言えば、この前に聞きそこねた、保健室登校の理由は何かな?」

「知りたい?別に面白い話しではないのだ」


 璃々はサバサバと話し始める。 わたしは迷ったがここまで聞いといてそれを取り下げるのもと思い聞くことにした。


「わたしは先天性のコミュニケーション障害が原因でクラスに居場所が無くなったの


 それで保健室登校になったのか、 ブラックな事を簡単に言うなー。


「ここは好きな時にたい焼きが食べられるから気楽でいいのだ」


 璃々が机の上にあるたい焼きを食べ始めると。 午後の授業の時間である。


 成り行きでこの保健室に縁があったのだ。もしかしたら璃々と会えたのは奇跡かもしれない。


     ***



 放課後、帰宅部のわたしはいつの間にか、保健室でゴロゴロするのが当たり前になっていた。緑茶にたい焼き。うむ、問題無い。すると、尾張崎先生が近寄ってきて。


「先生、猫を飼いたいの」


 突然、何を言い出すのだ?


「家で飼えば?」

「住んでいるアパートがペット禁止なの」


 話によると保健室で猫を飼いたいらしい。確か猫はグランドに糞をするので出入り禁止のはず。ペットを飼いたい気持ちは分かるが禁止されるのにはそれなりの理由があるはず。


「おトイレはしつけるし、ご飯も毎日あげるから……」


 しかし、何でわたしに頼むのだ?


「休日に預かって欲しいの」


 やれやれな展開だ。それでは事実上のわたしが飼うことに等しい。


「それで、わたしがOKしたら飼えるのか?」

「えぇ……」


 なんだか歯切れが悪いな。


「大体、猫を持ち歩いて登下校など無理だろ?」


 わたしの問いに固まる尾張崎先生であった。


「はい、はい、猫は無理ですね。スマホの中で飼えるペットで我慢しなさい」

「……ケチ」


 そんな尾張崎先生とのやり取りを聞いていたのか、璃々がスマホで猫を育てるゲームを始める。わたし達は楽しそうだと思うと。


……あ、ぁぁ。


 すると、尾張崎先生がプルプルと振りえている。おそらく、ゲーム名を聞いて自分もやりたいらしい。


 しかし、それを言葉にできないのは、校則として校内でのゲームは禁止されているからだ。


 それでもスマホゲームは一部では黙認されているが、先生は禁止との立場上からゲームはできないのである。


 大人って大変だなと思う昼下がりであった。


    ***


 卓上ライトだけが輝く暗い部屋の中で、わたしは璃々に贈るメッセージを書いていた。

『Re.親愛なる璃々ちゃんへ、この手紙を読んでいる頃にはわたしはインドに引っ越していますね。わたしの今の気持ちの本音は失うのが怖いです。二年に一度は転勤して友達のいないわたしには璃々との思い出はかけがえのなく、切なさがいっぱいです。え、ぇーえと……。わたしは……』


 少し感情的になりすぎたか、最後方はグダグダになってしまった。ここは素直に綺麗な文章を書くのは止めておこう。そう、ありのままを言葉にしたのであった。


 次の日、今日も璃々と二人で帰宅である。


「空美、たい焼き屋に寄って行こうよ」

「えぇ」


 何気ない会話を交わして、校舎の裏にあるたい焼き屋に寄るあった。


「お姉さん、たい焼きを4つ」


 璃々が店番のおばちゃんに声をかける。


「あいよ」


 威勢の良いかけ声を返すと、おばちゃんはたい焼きを焼き始める。


 この街に居るのも一年。 インドに行けばこのたい焼きともお別れか……。わたし達は 焼きあがったたい焼きを食べながら歩き出す。


「ちょっと待ってね」


 わたしはたい焼き屋に戻っておばちゃんにメモを渡す。


「どうしたの?」


 璃々はわたしに問うてくる。


「何でもないよ」


 昨日書いた手紙である。おばちゃんとの雑談でわたしがインドに引っ越すことは知っている。

 

 一年後のその日の為に預かってもらったのだ。



……。


 夢を見た。


 一年後にインドへと旅立った、わたしに璃々が会いに来る夢だ。そう、夢落ちである。


『来ちゃった、今、空港』


 そんなメッセージが届き、わたしが号泣する夢であった。うぅぅ、気分は最悪である。


 あ……学校に行かなきゃ。


 たらたらと支度して家を出る。インドか、遠いな。晴れた空の先にインドがあるのかと思う。わたしは高校に着いても上ばかり見ていたら。


「空美!」


 璃々が後ろから抱きついてくる。


「はわわわ」

「くす、驚いている」


 小悪魔の様に笑う璃々は幸せそうだ。そんな璃々がインドに突然来てもおかしくないと思う。


「ねえ、璃々ちゃん、わたしがインドに行ったら、突然来たりする?」

「同然、行くわ」


 まさかの予知夢落ち。


「約束してくれる?」

「勿論」


 その約束はわたしのインドでの生活に光をあてるものであった。


 これがわたし達の物語は始まったばかりである。

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