第9話 不屈の心と必殺技
俺は解放され地面に倒れる。周囲は匂いがひどく、変身したての綺麗だった衣装は砂泥ゲロで汚れてしまった。もともとひどく疲れていた上に、何度も続いた嘔吐。呼吸をするのもしんどい位に体は弱り切っていた。はたから見れば無残で無様この上ないだろう。
「さあ、力なき勇者よ。変身を解いて降伏するがいい。」
でも。
「ようやく捕まえたぜ変態野郎。」
俺の心は折れていない。この時を待っていたんだ。明らかに格上な魔人が油断し、俺に接近するこの時を。変態の足首を力いっぱい握りしめる。
「何?」
「ゲロまみれなんざ,慣れた,もんよ!!」
通常なら決して誇れない自分の話。異常な今なら勇気に代わる。酒浸り生活で淀んだあの生温い空気を吸い続けることに比べれば,今の状態は屁でもない。
湧き出る闘志を力に変える。あのピンク色のふわふわ野郎に教えられた,絶望を打開する光の必殺技。
▼
ミーは、いや、私は後悔していた。
ノブオと呼ばれる『光の戦士』の候補は、今までの経験から言えば全く適正のない子だった。
酒浸り、諦め癖、覇気のない言いぐさ、怠惰な生活。『光の戦士』に欠かせない闘志と優しさなんて見る影すらなかった。そのせいか、彼はずっと私のことを認識できず、遅すぎる覚醒をしてしまった。
最初はノブオにいら立っていた。時期が時期ではなかったら,こんな奴見限って別の候補を探しに行ったのに。その苛立ちが出ていたのだろうか。私の姿が見えても彼の反応はいまいちだった。海岸に行くといった時でさえ、その瞳には輝きはなかった。向かう途中でも反応は生半可、あるいは大げさで、なにを考えているのかわからなかった。
海岸に着くと一気に様子が変わる。うつろな目は恐怖に震え、酒でよった足を引き摺るように夜の海へと吸い込まれに進む。どこか能天気な雰囲気は一瞬にしてどす黒い鬱にからめとられていた。私が今更止めようにも、聞く耳など持っていなかった。その時魔人が彼を止めた。優しさからではなく、『光の戦士』を生み出さないため。
彼は私のせいでさらに苦しめられる。覚醒を促すために魔の気配に向かったが、いつもの弱い斥候ではなく優秀な幹部であった。恒例のごとく行われるような『世界征服』ではなく,実現を必ず約束せんと対策を練りに練り綿密に計画された『世界征服』,その執行者に彼は追いつめられる。生きるとも死ぬとも言えない監禁の生活へと。私は連れてきたことを自責した。ここに来なければ彼は苦しまなかった。ここに来なければ彼は自由のない生活を送ることもなかった。
「おい、俺の親友ってまさか。」
「ああ、ミオだよ。覚えているようだね。」
その二言だけだった。彼の瞳が変わった。いや、みなぎる闘志があふれていた。彼の古い友人であろうの名前を聞いた途端、埃かぶった電球が再び輝きだすように。
「教えろ。こんな俺にもできるんだろ。アイツをぶちのめす『変身』をよ。」
彼自身から言ってくれた。二の足を踏んだ。適性のなさと魔人の強さ、何より先ほどの彼の鬱症状が頭をよぎったからだ。
「やめるミア。今じゃなくていいから、元気になったときに」
「そんな時は二度とこない。アイツはそうするだろ。勝てなくていい。追い払うだけでも手段があるなら、教えてくれ。」
私は躊躇いながら口にこぼす。
「分かったミア。変身する方法と、追い払う方法。ただし後者は触れないと使えない一発限りの賭けミア。それでも。」
「ああ、やるぜピンク野郎。」
教えてしまった。伝えてしまった。彼は変身した。そして今、再び地に伏した。心臓が縛り上げられる。心が張り裂けそうだった。もうだめかと思った。
「美酒を口にし聖霊よ!我に与えた光を今、蔓延る闇に輝き照らせ!」
今この時、彼の周りが輝きだす。今の彼では扱いきれない、でも一発だけなら全力で打てる、『光の戦士』の技。予想をはるかに超える光量。聖なる力に祝福された彼の姿に、強く胸を打たれた。
絶望が希望へと変わる。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます