第30話「攻撃は……いきなりかわされてしまった」

翌朝……

午前4時30分。


ロゼールは「がば!」

と、とび起きた。


良かった!

起きる事が出来た!


と、安堵した。


午前5時30分にベアトリスを起こすから、すぐに支度だ。

起きてそのまま、30分後の6時開始となる朝練へ行くから、

メイド服ではなく、革鎧で構わないと判断する。


騎士隊時代は、

夜勤、徹夜、魔物への夜襲等で、

短い睡眠時間、仮眠を経て早起きするのは慣れていた。


……昨夜、ロゼールは前当主のグレゴワール・ドラーゼの亡霊と問答。

夜更かししてしまった。


だが、それはベアトリスへは言い訳にはならないと確信していた。


さすがに勤務初日から、寝坊?するわけにはいかないぞ。


ロゼールが窓から外を見やれば、まだ暗い。


騎士隊宿舎、ラパン修道院、そしてこのドラーゼ公爵家……


結局、自分はどこへ行っても、他人より早く起き、働き始める。

それは変わらないようだ、とロゼールは苦笑した。


しかし、笑っている暇はない。


速攻で支度をし、薄化粧。

騎士隊時代はほとんどしなかった化粧も、

ラパン修道院で花嫁修業の一環として、

騎士隊OG先輩シスターのジスレーヌから教えて貰った。


これからは、ベアトリスのお付きとして、メイドとして、

いろいろな人の前で『仕事』をする。


身だしなみと作法は、更にきちっとしなければならない。


ラパン修道院の生活は堅苦しかったが、騎士生活とは全く違い、

新鮮でもあった。


これからも学ぶ事がたくさんある!


何歳になっても勉強。


人生は、一生勉強だ!


そんな考えは、めげる人は居るかもしれない。


しかし、そう思うと、ロゼールは燃えて来るのだ。


何やかんやで、既に午前5時。


支度をしたロゼールは、教えて貰ったベアトリスの寝室前に立った。

革鎧のポケットから魔導懐中時計を取り出し、眺めた。


ベアトリスを起こすのは、早すぎても遅すぎてもダメ。


ぴったりに起こしてこそプロ。

ただ寝起きの問題はある。


幸いラパン修道院で、生活を共にしたから、ベアトリスの起床の癖も分かっている。

実は起こした事も何回もあった。


ベアトリスは、ぱっと起きるタイプではない。

約5分ほど、かかるタイプ。


午前5時25分……GO!

仕事の開始だ!


こんこんこんこん!


ロゼールはベアトリスの寝室の扉をノックした。


返事は……ない。


こんこんこんこん!


返事は……ない。


こんこんこんこん!

3度目のノックとともに、ロゼールは扉を開けた。


「ベアーテ様! おはようございます!」


と声を張り上げた。


すると!

扉の向こうには、既に革鎧を装着したベアトリスが立っており、


「は~い! おはよう! ロゼ!」


と、にっこり笑ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ベアトリスは既に起床していた。

支度まで、完璧にしていた。


少しだけびっくりしたが、ロゼールは微笑み、


「おはようございます!」


と再び、挨拶をした。


対して、ベアトリスは少し厳しい表情になり、


「さあ、ロゼ! 行くわよ! 私について来てっ!」


とロゼールに移動を促した。


「はい! かしこまりました!」


と答えたロゼール。

 

少しだけ悔しそうに唇をかみしめた。


いろいろな思いが胸をよぎる。


攻撃は……いきなりかわされてしまった。


まずは、ベアトリスを起こす事が出来なかった残念な気持ち。

それとお付きの護衛で使用人たる自分が先導出来ない辛さもあった。


しかし広大なドラーゼ公爵家邸。

まだまだ勝手が分からない。

むやみにうろうろするわけにも行かない。


当然、ベアトリスに案内をさせるわけにはいかない。


案内はバジルに頼み、同僚のメイドに対応して貰おう。

そう、決めた!


ベアトリスは大扉を開け、廊下へ出ると……

さっそうと歩いて行く。

予定表によれば、行先は闘技場か、室内練習場のいずれか。


背後からついて行くロゼールが視線を移すと、廊下の窓から、外が見える。


やはりドラーゼ公爵邸は広大である。

青々とした芝が一面に生え、様々な建物が点在していた。


庭園もあり、ここからはさすがに花は見えないが、濃い緑色の植物が茂っていた。


ドラーゼ公爵家の屋敷って、まるで、巨大な公園だ!

1周するのにどれくらい時間がかかるだろうか?


もしも私が歩いたら、40分以上。

余裕をもって走ったら25分弱くらいか。


そんな他愛もない事を考えながら……

ロゼールはしっかり、ドラーゼ公爵家本館の構造をつぶさに観察していた。


少しずつ、この邸宅、そして敷地を把握して行く。


そんなに遠くない日、私が逆に、お客様のご案内が可能になるくらいに!


しょっぱなから『敗北感』を味わったロゼールであったが……

決意を新たにし、ドラーゼ公爵家邸の廊下をしっかり踏みしめ、

元気良く歩いていたのである。

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