第29話「グレゴワール・ドラーゼ様」

ベッドへ入り、枕元の魔導灯を消したロゼール。

寝室は真っ暗となった。


しんと静まり返る寝室に、人外の気配はない。


ベアトリスへ告げた通り、

これまでにロゼールは何度も不死者アンデッド退治へ赴いており、

亡霊とも正対していた。


それゆえ亡霊に対し、恐怖はあまりない。

悪意がある怨霊や悪霊には充分注意しないといけないが。


また魔除けの銀製ペンタグラムのペンダント、サファイアとガーネット付きのアミュレットを身につけてもいて、『そこそこ』の効果も実感していた。


補足しよう。


ペンタグラムとは、五芒星ごぼうせいとも呼ばれる、

星マーク、五画の図形、または紋章でもある。


このペンタグラムは、魔力の5つの特性、人間の五感、自然界の5大構成を表すともいわれている。


いろいろな用途があるが、護符としても有用であり、術者の力量によっては悪魔をも操る事が出来る魔道具として使う事が出来る。

銀製、金製のものが多い。


アミュレットとは、お守り、魔よけ、護符として用いられる装飾品のことで、決まった形はない。保護・加護という意味のアムレートゥムが語源となっている。

また、装飾品に限らず、魔除けの意味でのお守り全般がアミュレットとされている。


ロゼールが身につけているアミュレットは、破邪の効果があるサファイアと、

けがを防ぐガーネットのパワーストーン効果を込めたものだ。


つらつらとロゼールが考えていると……

いきなり、周囲の大気が重くなった。


これは……


亡霊が現れる『前触れ』の現象である。


「前当主の亡霊で、お説教はするが、無害」


とベアトリスは言っていたが……

それは身内で、肉親だから……である。


身内でもない、新参の自分に対し、無害の保証はなかった。


……亡霊の対処は、創世神教会の司祭から習った。

諸説あるから何が正しいのか不明ではあるが、

この世界では、創世神教会の方針が優先される。


深呼吸し、まずは心を平穏に保つ。


ペンタグラム等の護符を握り、邪なる霊よ、私に干渉しようとしても無駄だと念じる。


誘惑、要求等は、一切受け入れない。

問答に対する、肯定も厳禁。


ただ平然と話を受け流す事。


危険だと思ったら、ひたすら去れ!

などと念じる事である。


司祭の『教え』を思い出していたら……

寝室にものものしい声が響く。


『我が孫ベアーテの寝室で、我が物顔で寝る女、お前は何者だ?』


我が孫ベアーテ……『声』はベアトリスが教えてくれた通り、

先代当主グレゴワール・ドラーゼに違いない。


「……………………」


だが……

ロゼールは、創世神教会司祭の『教え』を守り、黙っていた。


応えない無言のロゼールに『声』は焦れ、いらつく。


『なぜ、黙っておる!』


「……………………」


『何とか、言わんか! 小娘!』


「……………………」


『こおら! 小娘ぇ! 黙っていると、とり殺すぞ!』


『声』はまるで悪霊のように脅して来た。


「……………………」


相変わらずロゼールが、無言を通していると、『声』は、


『むむむ、もしや! 創世神教会のくそ三下司祭から、適当な話を吹き込まれたのかあ?』


「……………………」


くそ三下司祭?


超が付く上級貴族当主の亡霊なのに、口がひどく汚い。


ロゼールは思わず吹き出しそうになった。


しかし、何とか耐え、無言を通した。


『それとも! あいつかあ!』


あいつ?


次は、何が来るのだろうか?


「……………………」


『あの、暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘から、口をきくなと言われたかあ!』


あ、暴れじゃじゃ馬のぉ!?

む、無軌道暴走孫娘ぇ!?


それって、ベアーテ様の事じゃないのぉ!?


な、何て!?


ぴったりのあだ名!!


駄目だ!!

もう限界だあ!!


あははははははははははははははははははあああああ!!!


遂に耐えきれず、大爆笑したロゼール。

思わずベッドの中で、身をよじり悶え、大笑いしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘!!!


あははははははははははははははははははあああああ!!!


まだまだ笑いは止まらない!


創世神教会の司祭の教えに背き、亡霊の悪口雑言に反応してしまった?


でも、これって、教えに背いているの?


しかし!

もう遅い!


それに身に着けているペンタグラム、アミュレットの護符が効いている様子がない。


思い切りの良さも、ロゼールの長所である。


「あの、私……ロゼール・ブランシュと申します」


ロゼールは名乗った。

しかし、


『……………………』


……返事も反応もなかった。


こうなったら、とロゼ―ルも意地となる。


『……………………』


「ご存じありませんか? 私はロゼール・ブランシュ、男爵オーバン・ブランシュの娘です」


『……………………』


「寄り親も違いましたし、こちらの公爵家に比べれば、ごくごく小さい家ですから、ご存じないかのしれませんが……」


『……………………知っとる!』


やっと反応というか、返事があった。

それもブランシュ家を知っていると告げてくれた。

亡霊の素性なら、当然といえば当然なのだが、ロゼールは安堵した。


「ああ、良かったです。お言葉を返して頂いて」


思わずロゼールが言うと、前当主らしい亡霊は、


『ふん! わしを散々笑いおって!』


と思い切り鼻を鳴らした。


そして、


『寄り子でもない、ブランシュ家の小娘がなぜ、当家におる!』


亡霊は本気で怒ってはいないらしい。

ロゼールがドラーゼ家に在する理由を問い質して来た。


ここは素直に答えた方が賢明であろう。


「はい、私、ロゼール・ブランシュは、この度、ベアーテ様にお仕えする事になりまして」


『な、何!? あのわがままで気難しい、暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘がお前をかあ!』


また笑いそうになったが……

ロゼールは何とか、耐えた。


「はい! お側でお仕えする、お付きの護衛騎士兼メイドをする事となりました」


『はあ!? お前は何を言っておるか?』


「はあ、そうおっしゃられても……私も、何とも」


『くおおおお! あの暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘は何を考えておるのかあ!』


「いやあ、何を考えておるのかあ!とおっしゃられても、私はベアーテ様には逆らえませんし……」


『分かっておるわ! そんな事! それよりだ!』


「はあ、何でしょう?」


『お前は、なぜ? あいつをベアーテ様と呼んでおる! 小娘!』


「なぜ? とおっしゃられても、そう呼べとベアーテ様からきつく命じられました。ちなみに私は小娘ではなくロゼール・ブランシュなのですが、ロゼと愛称でベアーテ様から呼ばれております」


『そんな事は、どうでも良い!』


「どうでも良い! と、おっしゃられても、私には何とも……さて、そろそろ眠くなったので、私、失礼して休ませて頂きたいのですが」


明日、ベアトリスを午前5時30分に起こすのは、ロゼールの役目である。

で、あれば1時間前、午前4時30分には、自分が起床し、支度をせねばならない。


しかし、亡霊は即座に却下する。


『駄目だ! 許さん!』


「駄目だ、許さん! とおっしゃられても、私、明日早いので」


『早いだと? 何故だ?』


「はあ……ベアーテ様と、武道の朝練習をするんです」


『何? ベアーテと武道の朝練習?だと』


「はい、バジル様と3人で」


『あの冒険者崩れとだと!? 3人でか! お前はベアーテにそこまで認められておるのかあっ!』


「はあ、その後、メイドとなって、ベアーテ様のお世話をするんです」


『むううう……貴族の娘のお前がメイドにだと! わしへ、それを詳しく教えろっ!』


「……いや、ほんとに眠いので、ご事情は、ベアーテ様と直接お話になれば、宜しいのでは?」


『駄目だ! あの、暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘めは、おじいさまの説教がうるさい! と、創世神教会のくされ教皇に頼み、最高レベルの破邪の結界を自室に張りおった。だから! わしは近づけんのだあっ!』


ベアーテ様の自室に最高レベルの破邪の結界!?


いくら前当主様のお説教がわずらわしいといっても、少し気の毒?


という事は、私の護符は役に立たない?

もっと強力な護符を買わないとダメ?


でも、前当主様からは、ドラーゼ家の事情に関し、

いろいろお話が聞けそう。


などとロゼールは前向きに考える事にした。


今のところ、害はなさそうだし……


とりあえず念の為、相手の素性、正体をお聞きするか!


つらつら考えたロゼールは、


「と、おっしゃると、今更ですが、やはり貴方様は、先のドラーゼ家のご当主様、グレゴワール・ドラーゼ様でしょうか?」


『何だ、今更とは、うむ! 確かにわしがグレゴワール・ドラーゼであるぞ! ……ええっと、小娘、お前名は何と言う?』


何度も名乗っているのに……

とロゼールは苦笑したが、ここは素直に名乗る。


「はい、ロゼール・ブランシュです」


『うむ! ロゼール、いや、ベアーテがそう呼ぶのなら、わしも、そう呼ぼうか! ロゼ! 今晩はこれくらいで勘弁してやろう! また明日の晩、来るからな!』


「はあ、お待ちしております」


『うむ! 大儀であったあ!』


グレゴワール・ドラーゼが、叫んだ。


瞬間!


亡霊の気配は消え失せた。


ロゼールは「はあ」と軽く息を吐き、目を閉じ、ようやく眠りについたのである。

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