第25話「強敵と書いて『とも』と読む」
それからいくつか部屋を回り……
ロゼールとベアトリスはある部屋へ来た。
3間続きの部屋であるという。
ロゼールは、まず居間に案内された。
先ほどの大応接室にあったような長椅子がふたつ。
高価そうな絵画が壁いっぱいに飾られ、
渋い趣きのある調度品がたくさん置かれていた。
「こ、ここは?」
「ロゼにあげるお部屋のひとつ……居間よ」
「え? 私の居間?」
「うふふ、私に事前了解は必要だけど、親しい友だちを呼んでも構わないわ」
「いや……私、普通の貴族の娘とはまた違いまして、騎士隊で毎日訓練に明け暮れていましたから、お屋敷へ呼べるような親しい友だちは……居ないんですよ」
「へえ、ロゼは親しい友だち居ないんだ」
「はあ、騎士ひとすじでしたから」
「私も……親しい友だち、居ないわよ」
「え? ベアーテ様も? そんな事はないでしょう。たくさんお友だちがいらっしゃるでしょう?」
「ううん、私、単なる知り合いは掃いて捨てるほど居るけれど、友だちと呼べる相手はロゼだけよ」
「え? 私だけ?」
「ええ、ロゼは初めて心のうちを……本音で話す事が出来る友だちよ」
虚栄に満ちたレサン王国の貴族社会。
確かに心のうちを……本音で話す相手は、
ベアトリスでさえ、少ないかもしれない。
「光栄です、ありがとうございます」
「ええ、ラパン修道院での日々は一生忘れないわ……スケジュールがきっちり決められていて、食べたいものも食べられない不自由な毎日だったけれど、二度とは戻って来ない、ロゼと過ごした私の青春の日々。そしてね、これからロゼと暮らす日々も大切にしたいのよ」
意味深な言い方をするベアトリス。
ベアトリスは成人して後、どのような人生を歩んで行くのだろう……
と、ロゼールは思いを巡らせた。
遠い目をして語った後、ベアトリスは部屋の説明を再開する。
「それでねロゼ、この居間、その奥が書斎、一番奥が、クローゼット付きの寝室の3室。5歳の頃……幼い頃の私のお部屋だったわ。たった3室しかなかったの」
「たった3室って……」
同じ5歳の頃の自分とは、あまりにもかけ離れた生活レベル。
苦笑しかけたロゼールであったが……
遠い目をして、感慨深く、部屋を眺めるベアトリスの顔つきはひどく真剣である。
下手に声をかけるのが、はばかられるくらいだ。
「この3つは思い出のお部屋なの。幼い私が今は亡きおじいさまに可愛がって頂いたお部屋……だからこそ、ロゼに使って欲しいのよ」
「そんな大事なお部屋を? 私など分不相応ですよ」
「ううん! ロゼならこのお部屋を使う資格がある。
「そ、そんな! 私に資格などありません!」
「おっと! ロゼ! 私のマイルールを忘れないでね」
すでにベアトリスは自らが定めたルールを何度か告げている。
ベアトリスに対し3度目の反抗は、NG決定だと。
反論されるのが性格的に嫌い。
しかし、鋭すぎるくらい
己が間違った場合は瞬時に悟り、認め、その場で訂正。
即座に軌道修正する。
これまでのやりとりで、ロゼールは主の性癖と才媛ぶりをしっかりと認識していた。
ベアトリスはプライド高く、美しい、ゴージャスなだけのカリスマ令嬢ではない。
聡明で合理的、決断力にも富む。
その上、強靭で剛毅だが、柔軟性もある。
とんでもない大器だと感じていたのだ。
今まで騎士隊において、尊敬出来たのは隊長、副隊長のみ。
それも部隊指揮や、作戦立案能力に優れていると感じただけ。
人間的な器の部分も含め、ここまでの人間に出会った事がロゼールにはない。
仕えるには理想の主君といえよう。
ここは気持ち良く、受け入れた方が賢明だ。
「かしこまりました! ベアーテ様のお部屋、謹んで頂きます!」
「うん!
居間の奥には……
たくさんの書籍が並んだ書架と、重厚な机と椅子のある書斎があった。
実はロゼール、読書が大好きである。
騎士隊では、軍学を記した兵法書ばかり読んでいたが、
恋愛小説なども大好きであった。
書架に並んでいたのは古典と呼ばれる古い作品ばかりであった。
しかし、ロゼールは目を輝かせる。
思わず歓声もあげてしまう。
「わあ、素敵な書架!」
そんなロゼールの様子を見て、ベアトリスは優しく微笑む。
「うふふ、ロゼは本が大好きなのね?」
「はいっ! 大好きです!」
「この書斎の本は、自由に読んで構わないわ」
「ありがとうございます!」
うきうき気分のロゼールを連れ、最後にベアトリスが案内するのは、
大きなトリプルベッドがあるクローゼット付きのシックな寝室である。
バス、トイレも付いていた。
「素敵な寝室ですね! それにクローゼットにも素敵なお洋服がいっぱい! お風呂もトイレもおしゃれで広いです!」
思わずロゼールが歓声をあげると、ベアトリスは満足げに微笑む。
「うふふ、このベッドなら、ロゼもゆっくり眠れるでしょ? バスもトイレもロゼ専用。それとクローゼットの私のお洋服も自由に使って良いわよ」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「もっと、嬉しい事がふたつあるわ」
「ふたつ……ですか?」
「先ほど、服を共用すると言ったけど……私のお古ばかりじゃあ、ロゼが可哀そうね」
「いえ、
「いいえ! ロゼ、貴女には貴女の好みがあるはずよ」
「でも……」
「ロゼの『でも』は聞かない。それでね、話を戻すと、我がドラーゼ家には25もの御用達商会があるの。全て大手よ!」
やはり、まともに反論するのは難しいようだ。
このまま、ベアトリスの話を聞くしかない。
「25!? それは凄いですね!」
ロゼールが感嘆すると、ベアトリスは首を横へ振る。
「いいえ! 大した事ないわ。おじいさまの代には、50以上の大手商会が出入りしていたから、……半分に減らしたの。良く言えば少数精鋭ね、うふふ」
「それでも、25もの大手御用達商会は凄いですよ!」
ロゼールはつい自分の実家と比べてしまった。
ブランシュ男爵家の御用達商会は中小の、それも3つのみなのである。
「彼らを呼び出せばすぐこの屋敷に来るの。事前に希望の商品をリクエストすれば、この屋敷で自由に買い物が出来るわ!」
「は、はい」
「お洋服でもアクセサリーでも必要だと思ったら、自由に買い物してちょうだい。給金以外に、ロゼには買い物予算を設定してあげるから」
「あ、ありがとうございます!」
「ロゼがね、どのようなお洋服を買うのか、私は凄く楽しみ、うふふ」
ベアトリスの言葉を聞き、ロゼールはピンと来た。
普段の私はお屋敷では、ず~っとメイド服に違いない。
ベアトリス様とお出かけする機会があったとしても、そんなに服は必要ない。
わざと洋服を購入させて、私の『センス』を試すのかもしれない。
面白い!
と、ロゼールは感じた。
ベアトリスとの関係は、基本は
または、心の本音を話せる友人同士でもある。
「強敵と書いて『とも』と読む」と誰かが言っていたがぴったり来る。
加えて、やりとりは『戦場における敵との駆け引き』のようだ!
と感じたのである。
こうなると、根っからの騎士であるロゼールは……燃えて来る。
存分に仕え、存分に戦おう!
そして認めて貰おう!
「ありがとうございます! ベアーテ様のお言葉に甘えさせて頂きます!」
気合の入ったロゼールは、決意を新たにしたのである。
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