第20話「公爵家当主と①」

引き続き、ドラーゼ公爵家邸本館大応接室……

家族の歓談は続いていた。


上級貴族一家の中、フレンドリーな会話が交わされる中……

ロゼールは口をはさむ余裕も気持ちも全くなく、ベアトリスの隣に座り、

ただただ無言で笑顔のみの、『聞き役』に徹していた。


しかし、ロゼールは違和感を覚える。


会話の中心が常に、ベアトリス……なのである。


ロゼール同様、父のフレデリク・ドラーゼ公爵も、母のバルバラも、

弟のアロイスも、ベアトリスに追随し、ほとんど異論をはさまない。


というわけで、話題は、ラパン修道院における生活の様子が中心。

特に家族が聞き入ったのが、やはりオーク襲撃と撃退の様子。


ベアトリスの弟アロイスは、特に熱心に聞き入っていた。


そんなこんなで、約1時間が経ち……

ベアトリスが両手を突き上げ、大きくのびをしたところで、フレデリクが言う。


「ベアーテ、帰って来たばかりで、少し疲れただろう。自分の部屋でゆっくり休みなさい」


「ええ、ほんの少しですが、疲れました。……そうさせて頂きますわ、お父様」


ベアトリスが、けだるげに返事を戻すと、更にフレデリクは愛娘の名を呼ぶ。


「ベアーテ」


「はい、何でしょう、お父様」


ここで、次にフレデリクが発した言葉の内容は、想定外のものである。


「悪いが、ロゼール、いや、ロゼを借りたい。ふたりきりで、少し話をしたいのだ」


何と!

フレデリクはロゼールと、ふたりだけで話をしたいと言って来た。


対して、しばし間を置き、


「……はい、構いませんが、では、本当に少しだけで……あまり長くは……ロゼも、私同様、疲れておりますから」


と、ベアトリスは「仕方なく許可をする」という雰囲気で答えた。


苦笑したフレデリクは、ゆっくり立ち上がると、


「では、ロゼ。私の書斎へ行こう」


と、ロゼールを促した。


レサン王国の上級貴族は、寄り子や格下の貴族の令嬢を呼び出し、

内々で直接伝えたり、周囲に根回しして、側室や愛人にする事がある。


しかし、ベアトリスが戻った、一家団欒いっかだんらんの直後であり、

フレデリクが、王国貴族では有名な愛妻家でもあり、

ロゼールは『その点』は、あまり心配してはいなかった。


しかし、何といっても、相手は古参の家柄で、王族に準ずる上級貴族の当主。

その当主とサシで話すのだから、緊張しないわけがない。


「は、はい!」


ロゼールは、フレデリクとは対照的に、すっくと立ちあがり、


「では、ベアーテ様! い、行って参りますっ!」


と、直立不動で、びしっ!と敬礼をした。


対して、ベアトリスも苦笑。


「ふっ、行ってらっしゃい」


と、手を「ひらひら」させ、送ってくれたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ドラーゼ公爵邸本館5階、フレデリクの書斎……


大応接室とは少し趣きが違うが……

やはり、名のある芸術家が作った絵画、彫刻が飾られ、数多の趣きのある調度品、豪奢な大応接セットが置かれた部屋である。


一番奥には執務用らしい、重厚な造りの机、対となる椅子が置かれていた。


机のすぐそばには、大型の書棚が置かれていて、書物がぎっしりと並んでいた。

だが、こちらは通常使う書物らしい。


この書斎の隣室には広い倉庫があり、巨大な書架が、数多並んでいるという事だ。


途中まで、家令のバジルが同行したが……

バジルが去り、扉が閉められると、書斎はロゼールとフレデリクのふたりきりとなった。


「ロゼ、まあ、座りなさい」


「は、はい、失礼致します」


緊張が解けぬロゼールが座れば、フレデリクも座り、笑顔を見せた。


ロゼールは、フレデリクがどのような意図で、ふたりきりで話をしたいのか、知りたい。


「そ、それで、こ、公爵閣下。私にお話とは、いったいどのような?」


「うむ、ロゼよ。まずはお前の話をしよう」


「わ、私の?」


「うむ、ベアーテから聞いているとは思うが……お前は、このドラーゼ家にラパン修道院で中断した『花嫁修業の続きをする』という名目で来た」


「え? ラパン修道院で中断した、花嫁修業の続き……をするのですか?」


ベアトリスからは、確か……

と、ロゼールは記憶をたぐった。


……数々のベアトリスのセリフが、リフレインする。


「そうっ! ロゼール・ブランシュの明るい未来は、ドラーゼ公爵家令嬢ベアトリス・ドラーゼ、つまり私が引き受けたわ」


「ええ、そうよ、ロゼ! とりあえず貴女はね、私ベアーテの護衛役、専属騎士にして、お側そば係、つまりウチの騎士兼メイドにしたからね♡」


「という事で、これからも私と一緒! 寂しくなんかさせないっ! 貴女の将来はいろいろ考えてるし、今後とも宜しく! 一緒に幸せになろうね♡」


「いえ、ロゼなら絶対に出来るって! 私と一緒にここ数か月、ラパン修道院でやっていたじゃない。家事全般を」


「いいの、いいの素人でも! 修道院で習い覚えた美味しいお菓子を、ウチの専属料理長に弟子入りして、一緒に極めようね♡」


……もろもろ、ベアトリスからは言われたが、

「花嫁修業の続き」という話はなかった、はず……多分。


しかしロゼールは、『大人の対応』をするしかない。


「はあ……遠回しに、ベアーテ様、いえ、ベアトリス様からは、お聞きしたような気が致しますが……」


そんな歯切れの悪い、ロゼールの答えを聞いたフレデリク。


「遠回し? はははははははははは!!」


と、いきなり相好を崩し、大笑いをしたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る