第21話「公爵家当主と②」

歯切れの悪い、ロゼールの答えを聞いたフレデリク。


「遠回し? はははははははははは!!」


と、いきなり相好を崩し、大笑いをした。


「………………」


対して、ロゼールはどう答えていいのか、困惑。

無言で応えるしかなかった。


フレデリクはしばらく笑っていたが、

頃合いと見たのか、軽く息を吐き、話し始めた。


「ふむ、今回ロゼール、いや、ロゼであったな。お前を我がドラーゼ家へ迎え入れたのは、ベアーテからの、たっての願いなのだ」


「ベアーテ様、いえベアトリス様からの、たっての……願い」


「ははははは、ベアーテ様で良い。あの子がお前に、自分をそう呼ぶよう言ったのだから」


「は、はい」


「ベアーテはな、お前の才にたいそうほれ込んだのだよ」


たいそうほれ込んだ!?

フレデリクの言葉を聞き、ロゼールはびっくりした。


「私の才に? ベアーテ様が?」


「うむ、ロゼール・ブランシュこそが、文武両道たる素晴らしい才を持つ女子だと、ベアーテは断言したのだ」


「そ、そんな、わたしごときなど……ベアーテ様は、ほめすぎですよ」


「いやいや! 謙遜けんそんせずとも良い! ロゼ、聞き及んだお前の数々の武勇、そして深謀遠慮の慎重な話ぶりからしても、ただものではないと、私も思う」


「閣下、過分なお言葉です」


「うむ、まあ良い。このまま押し問答をしても意味がない」


「は、はあ……」


「ロゼ、お前がこのまま、親の言いなりで、どこぞの貴族家のぐうたら息子と見合いし、嫁になるなど、王国の大きな損失だとベアーテは言い切った」


「私がぐうたら息子の嫁になるのが……王国の大きな損失なのですか」


「うむ、だがベアーテがそう言っても、実際私は半信半疑であった」


「……………」


「確かに武勇が鳴り響いてはいる。だが、単に武辺者の女子騎士だ、それが、ロゼ、私のお前に対するこれまでの評価であった」


補足しよう。

武辺者とは、武勇のある人物という意味である。

そして「単に武辺者だ」というのは、知略に長けているわけではない。

フレデリクは、ロゼールを『武』のみの女子と見ていたのだ。


「………………」


「しかし、ベアーテからは、情けないとひどく叱られた。公爵たる、いや王家から政務の一端を任された、副宰相たる私の目は節穴ふしあなかとな」


「………………」


「ははは、ベアーテの言う通り、確かに私の目は節穴であった」


フレデリクの言葉を聞き、ロゼールは考えをめぐらせる。


どういう事だろう?

ベアトリス様も「私を武辺者だと見ていた」とおっしゃったのに、

今の閣下の話とは、違う。


もしかして、ベアトリス様は全く違う視点で私を見ていた?


いや……

多分、ベアトリス様も私の能力については、

閣下同様「半信半疑だったに違いない」


と、ロゼールは思った。


男子騎士をなでぎりにする一介の女子騎士私ロゼール・ブランシュに、

興味を持ったベアトリス様が、ラパン修道院改革という仕事を請け負い、

花嫁修業の名目で来院。


実際に私とお会いして、お話をされ、課題を投げかけられ、見極められたのだ。

まあ、改革が本来の目的で、私は『おまけ』だったかもしれないけど……


ベアトリス様よりも私が年上だった事もあり、

わがままをいう、貴族令嬢を敢えて演じた。


オーク襲撃は全くの偶然だろうけど、それなりの結果を出した私を、

ベアトリス様は『合格』とし、臣下に加えるよう父ドラーゼ公爵閣下に進言した。


それで、閣下は私の父に直談判した。

……という、事か。


「………………」


無言でつらつら舞台裏を考えるロゼールに対し、フレデリクは言う。


「ロゼ、お前はベアーテを知略と信念で助け、ラパン修道院の改革を見事に成功させ、襲来したオークの大群に対しては、勇敢にも単身で先頭を切って戦い、圧倒し、勝利した」


「いえ、改革もオークとの戦いもベアーテ様の功績だと思いますが……私はベアーテ様のご命令に従っただけです」


「はははは、全く違うな。ベアーテは、全てお前の指示で動いたと申しておる」


「それは……」


「謙遜は不要、事実のみを認識せよ。ロゼ。お前はまず、1次試験に立派に合格したのだ」


「1次試験に……合格ですか?」


「うむ、次は2次試験だな」


「で、では……2次試験とは、私は一体、何を試されるのでしょうか?」


「はははは、それは内緒だ」


「な、内緒って……」


「ははは、実は詳しい内容は私も知らない」


「え? 閣下も……ですか?」


「ああ、そうだ。こうだろうと推測、想定はしているがな」


「は、はあ……」


「しかし、ロゼ、ロゼール・ブランシュよ。お前なら大丈夫だ」


フレデリクはきっぱりと言い、


「お前には詫びねばならぬ。すまなかった……」


と、深く頭を下げた。

王国譜代の高貴な公爵が、男爵令嬢の小娘に謝罪し、

頭を下げるなど、前代未聞、身分上はありえない事なのだ。


またまた、大いにびっくりするロゼール。


そんなロゼールをよそに、フレデリクは話を続けて行く。


「ロゼ、お前は男爵家の娘……貴族令嬢でありながら、当家で使用人を、メイドをして貰う」


「は、はい。ベアーテ様からは、そのように伺っております」


「表向きはメイド、実質、ベアーテお付きの護衛兼、身の回りの世話をして貰う話し相手が欲しいという、あの子の『わがまま』なのだがな……許せよ」


「そんな! 謹んで拝命致します! お付きの護衛兼、身の回りの世話をして貰う話し相手が欲しい、ベアーテ様のわがまま……なのですね。了解致しました!」


「うむ、良い返事だ。……メイドという使用人の格好をして、当家預かりで引き続き、花嫁修業をして貰う……そういう名目で、私はお前の父、オーバン・ブランシュ男爵と話をしたのだよ」


「な、成る程」


「当初は、嫌な顔をしていたオーバンも、私が寄り親となり、ブランシュ家にはドラーゼ家ゆかりの男子を養子に送る。その妻も手だてすると言ったら、快諾した」


「はあ、そうですか……父が」


ロゼールは嘆息した。


ブランシュ家の存続、名誉を重んじる利に聡い父は、考えた結果、

今回の話が「渡りに船だ」と判断したに違いない。


ただこれで後顧の憂いも、実家に未練もなくなった。

否、却って安堵した。


今後ブランシュ家は、ドラーゼ公爵家の庇護の下、栄えて行くに違いない……から。


ここまでロゼールが考えたところで、フレデリクが言う。


「ロゼ、念の為、言っておくが、お前に課題を出し、試すのはベアーテだ」


「ベアーテ様が……だから、閣下が2次試験の内容をご存じないと」


「うむ、そうだ。そして合否の判断もベアーテが行う」


「合否の判断もベアーテ様が……」


「だが、お前は既にベアーテと心の交流をしているはず……そして与えた課題を見事クリアした」


「……は、はい!」


「大丈夫! お前ならば出来る! 頑張ってあの子の出す課題をクリアし、才を活かせ! 世に出て名を残す女子になれ! 我がドラーゼ家が後押しする!」


……まだまだ不明の点がたくさんある。

これから何をすれば良いのか、五里霧中でもある。


しかし、はっきりしているのは、ドラーゼ公爵家へ来たのは、

自分にとって人生最大のターニングポイントである事だ。


見合い結婚をして、ブランシュ男爵家の奥方に収まる……

そんな運命はなくなった。

劇的に変わった。


「はい! ありがとうございます! 私は頑張ります! 閣下!」


気合を入れ直したロゼールはすっくと立ち、びしっ!と敬礼をして、

フレデリクからのエールへ応えていたのである。

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