第19話「ご安心を、お父様」

ドラーゼ公爵家邸本館大応接室……


名のある芸術家が作った絵画、彫刻が飾られ、数多の趣きのある調度品、豪奢な大応接セットが置かれた部屋には……

帰宅したベアトリスを除く、ドラーゼ公爵家の全員が集まっていた。


ロゼールはラパン修道院において花嫁修業中、ベアトリスと親しくなってから、

ドラーゼ公爵家の家族構成等々を聞いていた。


ベアトリス17歳を起点にすると、父公爵・フレデリクは王国副宰相を務める重鎮で44歳、母バルバラは40代ながら美貌を誇る貴婦人、詳しい年齢は内緒。

弟アロイス15歳は姉同様、端正な顔立ちをした少年である。


家令バジルにいざなわれ、ベアトリス、ロゼールが室内へ入る。

花が咲くようにベアトリスが微笑み、家族へ帰還を告げる。


「お父様、お母様、アロイス、ベアーテ、ただ今、戻りましたわ」


当然ながら、ベアトリスへ、家族3人から声がかかる。


「おお、ベアーテよ、良くぞ、戻った。もろもろご苦労様だな」と父フレデリク。


愛娘を『愛称』で呼ぶ父フレデリクが、もろもろと優しくねぎらったのは、

ベアトリスが『花嫁修業』を勤めたから「だけ」ではないだろう。


『ラパン修道院の改革実施』『オークの見事な撃退』という事案等も含まれているに違いない。


「ベアーテ、修道院をオークの群れが襲って、大騒動になったと聞きましたが、やはり、貴女は全く臆さず、シスター達を救ったようですね。本当に誇らしい事です」と、母バルバラも笑顔である。


「母上のおっしゃる通り、ベアーテ姉上の事だから、たかがオークなど歯牙にもかけないと思いました」と、弟アロイスも嬉しそうだ。


巨大な肘掛け長椅子に座ったフレデリク達、ベアトリスの家族3人、

対してベアトリスは、向かい側に置かれた肘掛け長椅子にひとりで座った。


4人は歓談する。

ベアトリスと家族は約3か月少しぶりの再会となる。

全員懐かしそうに話している。


その間、ロゼールと家令のバジルは隅っこで、待機していた。

バジルは直立不動なので、ロゼールもならった。


しばし経って歓談が終わり……

ベアトリスが手招きする。


「ロゼ、私の隣へ座りなさい」


「は、はい……で、でも」


さすがにロゼールは戸惑った。

いくらなんでもベアトリスの隣に座り、ドラーゼ公爵一家に正対する勇気はない。


しかし……ベアトリスが、声を張り上げる。


「ロゼ! 忘れたの? 私の、マイルール」


「マ、マイルールですか? は、はい、おぼえております」


修道院長が反論した際、ベアトリスは自らが定めたルールを告げている。

確か、ベアトリスに対し3度目の反抗は、NG決定だと、ロゼールは記憶していた。


ここで、家令のバジルがそっとささやく。


「ロゼール様。いえ、ロゼ様。ここは素直にお嬢様へ従うのが宜しいかと」


「は、はい!」


と、バジルの忠告に従い、ロゼールが返事をした時、視線を感じた。


何と、フレデリク・ドラーゼ公爵がロゼを見て小さく頷いていた。


バジル同様、「ベアトリスに従え」との合図らしい。


仕方ない!


ロゼールは大きく深呼吸すると、直立不動を解き、ベアトリスが座るソファへ向かい、歩き出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……いつもと違って、ぎくしゃく歩いて来たロゼールを見て、

「ぷっ」と面白そうに笑ったベアトリス。


まずは挨拶をしなければならない。

ドラーゼ公爵家一家が歓談する間、家令のバジルとともに待機していたから。


「ご、ご、ご挨拶が遅れましたあっ! オ、オーバン・ブランシュ男爵が息女! ロ、ロゼール・ブランシュでございますっ!!」


大いに噛みながらも、ロゼールは元騎士らしく、何とか、はきはき挨拶が出来た。


うんうんと頷くベアトリスは、


「さあ、ロゼ、ここへ座って」


と自分の隣に座るよう指示をした。


「し、し、失礼致しますっ!」


やはり大いに噛みながらも、元騎士らしく、はきはき言い、

ロゼールは何とか、ベアトリスの隣へ座った。


ここでベアトリスが、父フレデリクへ言う。


「お父様」


「何だい、ベアーテ」


「最初に言っておきますけど……私は彼女をロゼールではなく、ロゼと愛称で呼びますわ」


「ふむ、良いんじゃないか」


「なので、お父様、お母様、アロイスもロゼと呼んで頂きたいですわ」


家族全員にも、ロゼールを愛称で呼ばせようとするベアトリス。


当事者ロゼールはただただ、無言。

固まっているしかない。


フレデリク、そしてバルバラ、アロイスは困惑の表情を浮かべたが……

結局、折れた。


「…………うむ、良いだろう。ベアーテ、お前に合わせよう、皆、構わんな?」


「は、はい!」

「わ、分かりました」


しかし、ベアトリスの攻勢はまだまだ続く。


「それと! ロゼには、私の事をベアーテと呼ばせます。ラパン修道院では、私が命じて、ず~っとそうでしたから」


「ええっ!?」


今度はさすがにフレデリクは大いに驚いた。

ひどく気の強い愛娘が、

身分の低い貴族家の娘から、自分を愛称ベアーテで呼ばせるなど、全くの初めてなのである。


ちなみに、ベアトリスが自分を愛称で呼ぶ事を許しているのは、

家族以外では、親しい王族と上級貴族のみ。

父が驚愕するのも無理はない。


「すでにバジルにも、今の指示を出しております。ご安心を、お父様」


ベアトリスはそう言うと、にっこりと笑ったのである。

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