第5話「高貴な公爵令嬢がやって来た!」
1週間で限界だと思われたが、もう1週間我慢し、
更に2週間……
ロゼールは、何とか1か月間、花嫁修業、行儀見習いを勤め上げた。
朝起きると、何とか今日まで、そして明日までと……
くじけそうになる自分に言い聞かせながら、気持ちを紡ぎ、
日々、与えられた課題をクリアすべく必死に励んでいたのである。
こんなロゼールの心の支えが、教育係となった、
騎士隊のOG。
元・子爵夫人ジスレーヌ・オーブリーである。
ジスレーヌは、日々ロゼールを励まし、いろいろな事を教えて行った。
ロゼールが嘆いた『世間一般の常識』だけでなく、
非常識な『裏の事情』もいろいろ教えてくれたのだ。
ちなみに『裏の事情』には、ロゼールが個人的にとても面白い事項もあった。
全てが勉強と割り切ったロゼールはいろいろな事象を学び、実践した。
一旦、本気になって取り組むと、ロゼールの集中力は半端ない。
真摯に、全力で取り組んだ。
こうして……
20歳にしては少し子供っぽかった性格のロゼールが、
どんどん『分別ある大人の女子』へと成長して行った……
そして、意外にも……
『スパルタ教育の鬼』と呼ばれ、小言や嫌味ばかり言っていた修道院長が……
言葉は相変わらずひどく厳しくとも……
時たま、うんちくある言葉で真剣に励ましてくれた事も、
くじけそうなロゼールの、心の支えのひとつとなった。
巷で『スパルタの鬼』と呼ばれるこの修道院長は、
もしかして『厳しすぎて誤解されやすいタイプ』だとも、
ロゼールは思ったのである。
そんなこんなで、ようやく、何とか……
ロゼールは、ラパン修道院の生活にも慣れて来た。
そんなある日『大事件』が起こったのだ。
但し、大事件といっても、ロゼール自身に起こった事件ではない。
ラパン修道院へ、ロゼールと同じ、
新たな花嫁修業、行儀見習い者がやって来る事となったのだ。
新たな花嫁修業、行儀見習い者がやって来る。
……それだけなら大事件になどならない。
だが、この度やって来るのは、王国の有名人たる超が付くカリスマ、
『上級貴族の令嬢』であった。
そう!
……やって来た新たな花嫁修業、行儀見習い者とは、
ロゼールよりはるかに高い身分の貴族令嬢、ベアトリス・ドラーゼ17歳。
古くから代々王家に仕え、王族に準ずる高貴な上級貴族家……
副宰相を務めるフレデリク・ドラーゼ公爵の愛娘である。
そう、皆さんは憶えていらっしゃるだろうか……
この17歳のベアトリス・ドラーゼこそ……
女傑と
両親へ話していた女子なのである。
ベアトリス・ドラーゼは、名家の才媛として、
レサン王国では有名な貴族令嬢であった。
だが、父のドラーゼ公爵と、郊外へ狩猟に赴いた際、
襲撃して来た『巨大な魔物オーガ』数体を、あっさり撃退した事で、
恐るべき『オーガスレイヤー令嬢』だと、とびぬけて有名となった。
何と!
護衛の騎士を差し置いて単身戦い、数体をそれぞれ、
『グーパン一発』であっさり倒したらしいのだ。
そんなベアトリスを……
ロゼールは、素直に「凄い人だ!」と感服した。
いくら武芸に秀でたロゼールであっても、さすがに巨大な魔物オーガを、
『グーパン一発』では倒せないからだ。
但し、ロゼールは、ベアトリスに直接会った事はない。
名前とプロフィールしか知らない。
レサン王国の貴族には、『寄り親』と『寄り子』という『主従関係』がある。
この『主従関係』は、分かりやすく言えば、貴族社会の『派閥』である。
『寄り親』とは『派閥のボス』であり、『寄り子』は配下。
ちなみに寄り親は、上級貴族でも上位の限られた者がなる。
前置きが長くなったが、この派閥のボス、寄り親という接点も、
ブランシュ家にはない。
全く別の貴族が、男爵ブランシュ家の『寄り親』だったからだ。
そしてレサン王国の身分制度においては、
『騎士隊の女傑』とはいえ、『男爵家の娘』では、
王族に準ずる『上級貴族の公爵家息女』御付きの護衛になる事は勿論、
ベアトリスの面前に正式に名乗り、まかりでる事も許されていなかった。
巨大な魔物オーガをグーパン一発であっさり倒した……
ベアトリス様って、一体どういうお方なのだろう?
ロゼールは
教育係のジスレーヌとともに、ベアトリスを出迎える事となった。
そんなこんなで……ベアトリスが来る当日。
事前に通達された時間ぴったりに、
『オーガスレイヤー令嬢』ベアトリスは、御付きの若い侍女5人とともに現れた。
乗って来た馬車も、豪奢な大型馬車である。
馬車から降り立ったベアトリスは、ロゼールの予想に反し、
男勝りの『筋骨隆々の女傑』ではなかった。
端麗な顔立ちと、流れるような長い金髪、宝石のように輝く碧眼を持つ、
美貌の貴族令嬢であった。
身長170㎝の筋肉質体躯のロゼールよりほんの少し背も高く、
すらっとして、スタイルも抜群に良い。
そして屈強な護衛の騎士も20名ほど、まるで取り巻きのように
VIPベアトリスの『護衛』として付き従っていた。
ロゼールが知っている顔が何人も居た。
見合いを断ったバスチエ男爵家の次男、エタンも含め、
全員が、『自分に完敗した男子達』ではあったが……
どちらにしろ、
『両親から置き去りにされるよう送られた自分』とはえらい違いだと、
ロゼールは苦笑した。
対して、修道院長以下、ベアトリスの出迎えで居並ぶシスター達。
その中には、ロゼールも、教育係のジスレーヌも居る。
「皆さま、ご機嫌よう! ベアトリス・ドラーゼですわ。出迎えご苦労様」
挨拶をしたベアトリスは、容姿だけでなく、
歌手になれそうなくらい声も美しかった。
まさに!
まぶしいくらいに光輝く、レサン王国のカリスマ貴族令嬢である。
修道院長も、ロゼールの時とは態度が一変。
愛想笑いを浮かべ、へりくだって、深く深くお辞儀をする。
「これはこれはベアトリスお嬢様、当ラパン修道院へようこそいらっしゃいました」
「うふふ。貴女が修道院長ね……父上が将来の為に花嫁修業しろって、何度もしつこく言うものだから、仕方なく来たわ。しばらくお世話になりますからね」
「はい! お嬢様のご教育担当は修道院長の私が直接、誠心誠意、務めさせて頂きます」
「ん? 私の教育担当が貴女なの? 修道院長さん」
「はいっ!」
「うふふ、でもね。ノーサンキュー。私の教育担当は、もう決めてるの。修道院長さん、貴女ではないわ」
「は!? 教育担当は!? わ、わ、私ではない!? で、で、では誰をっ!?」
「彼女!」
と言って、ベアトリスが指さしたのは……
何と何と!
花嫁修業、行儀見習い中の、ロゼールであったのだ。
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