第3話「女傑騎士、修道院へ赴く」

翌日、ロゼールは「急で申し訳ありませんが一身上の都合で……」

というくだりで辞表を出し、騎士隊を退職した。


隊長と副隊長はロゼールの才能をとても惜しんでくれたが……

一般の隊員達には『エタンとの一件』が伝わっていたらしく、女子の騎士以外、

ほとんどが冷ややかであった。


ロゼールは脱力し、苦笑した。

王国の為にと頑張って来たが……

逆に未練だった騎士の職に『踏ん切り』がついたのだ……


1週間後、ロゼールは両親とともに馬車で、

王都から少しだけ郊外にある創世神教会ラパン修道院へ赴いた。


このラパン修道院は貴族令嬢、上級市民女子の花嫁修業、行儀見習いで知られた院である。


修道院は原則、男子禁制。

送って来た両親は修道院の入り口で、ロゼールを降ろし、

置き去りにするように、さっさと去って行った。


到着したロゼールを出迎えたのは当然、全員が女子。

口元をきりりと結び、

『スパルタ教育の鬼』とちまたで評判、60代半ば過ぎの修道院長。

そして上は40代から、下は10代のシスター30名、都合31名である。


シスター30名の中には数名の騎士隊のOGが在籍し、

更にその中に、元・子爵夫人ジスレーヌ・オーブリーが居た。


ジスレーヌはロゼールが入隊1年後に体力の限界を訴え、35歳で除隊。

その3年後の38歳で、入り婿の夫が40歳過ぎではやり病で亡くなった。


亡き夫を深く愛していた事、子供が居なかった事もあり、

再婚はしなかった。


また、陰謀渦巻くどろどろした貴族社会に嫌気がさしていたこともあり、

敢えてオーブリー子爵家を断絶させ、財産を処分。


隠棲する形で、結婚前に花嫁修業をした、ラパン修道院へ身を寄せていた。


現在では、修道院に在籍する、他の元女子騎士のシスターとともに、

『シスター兼護衛役』として、張り切って仕事をしている。


実は、ロゼール。

もしも花嫁修業で修道院へ入るのならば……

騎士隊で懇意にしていたOGのジスレーヌ達が在籍する、ラパン修道院でと、

父へ希望を告げてあったのだ。


そして、父は希望を受け入れてくれた……


さてさて!

騎士隊でいつも先輩、同輩、後輩とやりとりしているように、ロゼールは名乗った。


「皆さん、ロゼール・ブランシュです。宜しく頼む!」


瞬間、ジスレーヌが「くすり」と笑う


すると案の定、

早速、スパルタ教育の鬼、修道院長の『教育的指導』が入った。


ぱんぱんぱんぱん!

と、手が激しく打ち鳴らされ、修道院長は凄い目で、ロゼールをにらんだのだ。


「ロゼール殿、全てが、なっていません!」


「え? 全てが? なっていないとは? 一体どういう事です?」


「全てです!」


「ええっと……」


ロゼールが困惑すると、修道院長は速射砲のように早口でまくし立てる。


「貴女の淑女としての態度、言葉遣い、姿勢がですっ! バツ、ダメ、ボツ、全くの不合格ですよっ!」


激しい口撃に圧倒されるロゼール。

修道院長は、どこぞの魔物より強敵である


「あう!」


「あう! ではありませんっ! ロゼール殿の御父上、ブランシュ男爵閣下からは、貴女を一人前の淑女にするよう重々頼まれておりますから!」


その後、ロゼールは散々説教された上、淑女としての心得を1時間たっぷり指南された。

修道院長曰はく、これでも淑女になる為の基礎中の基礎という事だ。

そして、ロゼールは修道院在籍中は、『シスター、ロゼール』と呼ばれる事となった。


そんなこんなで、ようやく修道院長から解放されたロゼール。

与えられた個室で、気分転換にストレッチをする。


10分ほど経ち、とんとんとん!と、扉がノックされた。


「は、はい! ど、どちらさまでしょうか? シ、シスター、ロ、ロゼールは在室しておりますです!」


噛みまくり、語尾もおかしい。

しかし、何とか言葉を返したロゼール。


すると、


「くくくくく」


と含み笑いが。

この笑い方は昔、散々聞かされた。


「せ、先輩! い、いえ! シスター、ジスレーヌ! ど、どうぞ! 扉は開いております! カ、カギはかかっておりませんっ!」


そう!

先ほど、修道院長からは、騎士隊OGのジスレーヌ、

つまりシスター、ジスレーヌが『教育係』としてつけられたのだ。


「失礼しますよ、シスター、ロゼール」


ジズレーヌが入って来ると、ロゼールは安堵し、既視感デジャヴュを覚える。

騎士隊入隊時にも、ロゼールの教育係を担当したのが、

当時ベテラン騎士のジスレーヌだったからだ。


昔取った杵柄、素早い身のこなしで、ジスレーヌが「するり」と室内へ入った。


パタンと扉が閉まる。


と同時に、真面目な表情だったジスレーヌの顔がいっぺんにほころんだ。


「くくくくく! ロゼったら、シスター、ロゼールは在室しておりますです! って何、その言い方?」


「は、はあ……修道院長の粘着説教で、メンタルがやられました」


「メンタルがやられた? くくくくく。緊張MAXで、それも噛みまくりじゃない! 騎士隊史上、最強の女傑も形無しね!」


ジスレーヌは、騎士隊所属時と同じく、ロゼールを愛称で呼んだ。

そう、ロゼールの愛称は『ロゼ』なのだ。


「はあ~、先輩の顔を見て何か安堵したというか、ホッとして、思い切り脱力しました。地獄に天使って感じですよ、先輩……」


「くくくくく、地獄に天使って、面白い子……ここは天国をお創りになった創世神様の修道院なのよ」


「……………」


「まあねえ、ロゼの気持ちは、よっく分かるわ。初めてこの修道院へ、花嫁修業、行儀見習いに来た、若い頃の私も、ロゼと全く一緒だったもの」


「はあ……でしょうね」


「……まあ、修道院長から『事情』は聞いたわ。苦労して貴女に持ち込んだ見合いをぶち壊されたお父様が、遂に痺れを切らしたってわけね」


「そうなんですよぉ……見合いを断られ続ける世間知らずのお前は、騎士を速攻でやめ、このラパン修道院へ、花嫁修業、行儀見習いに行けって言われました。行かなきゃ勘当して、家を放り出すって」


「家を放り出すか……」


「はい、もしも反論、拒絶などしたら、お前を勘当し、国外追放する! 世間知らずのお前は野垂れ死にでも何でもすれば良い! 我が家は遠縁の者を養子入れさせ、存続させる! って怒鳴られました」


「でも、ロゼは家を出て他国の騎士とか、冒険者になろうとか思わなかった?」


「迷いましたけど、やめました。父の言う通り、私、武道一筋で、とんでもなく世間知らずなので。いいように使われるか、とんでもない男に引っかかって騙されるのがオチですから……それもいかがなモノかと……」


「そうなの。まあ、仕方ないわ、見合い結婚して家を継ぐと決めたのなら、

今更、じたばたしてもどうにもならない。いろいろ勉強しながら、武道以外のスキルも習得しなさい。そして、ここの暮らしに少しでも早く慣れて、ストレスを溜めない事が肝要ね」


「はあ、わっかりました」


「幸い、私が『教育係』だからさ、あまり息が詰まらないようにしてあげるわ」


「お願い致します、先輩! 本当に頼りにします!」


笑顔のジスレーヌを見て、またまたロゼールは大きく息を吐いたのである。

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