第2話「女傑騎士、修道院へ入れと父から命じられる」
見合いが……両家が決裂した日の夜……
中央広場の近く、貴族街区の一画、ブランシュ男爵家において、
当主オーバンの激しい怒声が響いていた。
「ばっかも~んん!! ロゼール!! 何を考えておるっ!!」
父の怒声に対し、答えるのは……
王都騎士隊勤務、男子顔負けの女傑と謳われるオーバンの愛娘、
栗毛の短髪を持つ、りりしい女子ロゼールである。
「うわ! 父上ったら、大きなお声」
そんな、ロゼールの声を飲み込むくらい、がみがみがみと、
ひと通り父オーバンの説教が続く。
オーバンは更に言う。
「ロゼール! どうしてあんな事を言ったのだあ!」
「あんな事とは、何でしょう? 父上」
「とぼけるなっ! 折角の見合いで、ふたりきりにと思い、私達が席を外してから、お前は、エタン殿に対し、ひどい暴言を吐いたというではないか!」
「父上。私は、エタン様に暴言など吐いておりませぬが」
「とぼけるな! では私から言ってやろう! ロゼール!」
「はい、どうぞ」
「はい、どうぞ、ではないわあ! もしも
「はい、父上のおっしゃる通りに、確かにエタン様にはそう言いました。でも、けして暴言ではありませぬ。私の夫君になる男子なら、最低それくらいのレベルではないと話になりませんので」
「お前という奴はあ! 騎士隊の男をほとんど負かしおってぇ!」
「だあって、エタン様を始め、皆さま、全員、超弱いんですもの。私と
「黙れ! お前が見合い相手だと言うと、たいてい先方から断って来る」
「それはそれは、本当に女子を見る目がない殿方達ですこと。私と相思相愛の、『強き想い人』は、一体どこに居るのでしょう?」
「黙れ! へらず口を叩くなっ! 今回は、バスチエ男爵家へお願いにお願いして、ようやくこぎつけた見合いなのだぞ! それをあっさりと! ぶち壊すとはあ! な、何を考えておるのだあ!!」
「仕方ありませんよ、父上、入り婿したウチの次期当主が弱い男子など、父上も嫌でしょう?」
「限度がある! お前が強すぎるのがいけないのだ!」
「でもでも、私より強い女子だっておりますよ。王国最強の貴族令嬢と噂されるドラーゼ公爵家のベアトリス様は、私より3つも年下の若干17歳。なのにグーパン一発でオーガをあっさり倒すとか……私もそこまで強くありませんよ」
「ばかものぉ! ドラーゼ公爵家は上級貴族家、超が付く名家だ! ベアトリス様がいかに強くとも引く手
『行き遅れる』と言われ、ロゼールは不満そうに顔をしかめる。
「行き遅れるって、失礼な! 父上、私だってまだ20歳ですけど……」
「黙れ! 他の男爵家の娘は18歳までに皆、婚約し、20歳までには結婚しておる!」
「いや、他家は他家ですから……」
「うるさいっ! 今度という今度は、もう許さんぞ! ブランシュ男爵家当主としての命令だ! ロゼール! すぐ騎士隊を辞し、花嫁修業、行儀見習いとして、修道院へ入れ! 反論、拒絶は一切許さん」
「な!?」
「もしも反論、拒絶などしたら、お前を勘当した上、国外へ追放する! 世間知らずのお前は野垂れ死にでも何でもすれば良い! 我が家は遠縁の者を養子入れさせ、存続させるからなっ!」
断固とした、有無を言わさないという父の命令……
ロゼールは絶句、冷たい表情の父を強く強くにらみ返した。
父の傍らで、母シャンタルは「おろおろ」しながら立っている。
「遂に、この日が来た」と思いながらも、ロゼールは悔しそうに唇を噛んだ。
血がにじむくらい強くぎゅっと噛んだ。
……実は、「見合いをしろ!」という両親の勧めを、
ロゼールは何度も何度も「のらりくらり」と華麗にスルーしていた。
たまに何とか、見合いにまでこぎつけても、このように破談となっていた。
武道が得意で、正義感あふれるロゼールは、
自分には騎士の仕事がぴったり――天職だと大いに気に入り、
日々一生懸命に励んでいたからだ。
それにロゼールの見合い相手は、同じ男爵もしくは子爵の子息、それも騎士が多かったが……
9割9分殆どの者が、公式、練習を問わず、剣の試合や
加えて、人間を脅かす魔物との戦いにおいて、武功も遥かにロゼールの方が上であった。
それゆえ「自分よりも強い可愛げのない女子を、絶対妻にしたくない」という、つまらない誇りから……
ロゼールの、『結婚話』自体がエタンの時と同様、なかなかまとまらなかった。
しかし!
遂にしびれを切らした父が、『最後通告』ともいえる、強硬手段に出たのである。
ここで補足しておこう。
ブランシュ男爵家には男子の跡継ぎが居ない。
そして、このレサン王国では女性当主を殆ど認めないのだ。
但し、例外はある。
王族か、もしくは伯爵以上の上級貴族で、ごくたまに認められるだけである……
今後、ブランシュ男爵家を、ますます発展させる為には、
娘と折り合う『強き婿養子』を取らねばならないと、
父オーバンは決意していたのだ。
その為には、少しでも早くロゼールが騎士を辞し、花嫁修業をした上、
見合いをしろというのが、父オーバンの口癖であった。
最近はその頻度は多く、ロゼールは一日平均三度も聞いていた。
そして、今回は……
もしもロゼールが父の命令に従わなければ、勘当。
いとこのジャンを養子にして、ブランシュ家の跡を継がせるという、
とんでもない最終通告をして来たのだ。
いろいろな思いがロゼールの頭をよぎった。
武に生きる騎士は自分の天職だと思っている。
生まれ育ったこの家に別れを告げ……
いっそ他国の騎士か、無理ならば冒険者にでもなろうかと思った。
しかし、その場で拙速に『答え』を出す事はやめた。
父の『言いなり』で修道院へ入るのはとても
「やけになるのはいかがなものか?」「ゆっくり考えた方が良い」
「冒険者などやめておけ」などという心の内なる声も聞こえたのだ。
ロゼールは3歳からあらゆる武道を修行し、16歳で騎士隊へ入り17年間武道一筋。
そしてメンタル的には、
忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、奉仕の騎士道精神8つを厳守し、
ひたすら精進して来たのである。
反面、ロゼールは社会一般、世間の事、常識等を両親任せで何も知らない。
いわゆる、世間にうとい……超が付く『世間知らず』のお嬢様でもある。
他国へ行っても、冒険者になっても、五里霧中の中で混乱し、
悪人に騙される危惧もあった。
大きく息を吐き、脱力したロゼールは大きく息を吐き、
「分かりました、父上、ロゼールは花嫁修業、行儀見習者いとして、修道院へ入ります」
そう伝えると、父オーバンは「ようやくか!」とばかりに 相好を崩した。
「うむ! 宜しい! 良くぞ言った! 我が家の未来の為だ。ロゼール、良く決意してくれた」
と言い、機嫌が一変、にっこりと笑ったのである。
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