第84話 エンドロールにはまだ早い
「……今の会話なんだったの?」
親しいクラスメイト達にそんな声をかけられても、彼女は曖昧そうに笑顔を返すのみだ。
「立花君にはお世話になってますから」
「お世話になるとかそういう次元の話じゃなかった気がするけど……」
先の一樹と琴子の会話は、事情を知らない彼女達からしたら全く持って何のことか分からないやり取りだったに違いない。
実際その通りで、放課後の教室に未だ残った2-Bの生徒達は実に様々な表情で一人残された琴子の様子を伺っていた。
「別に立花君と喧嘩してるとかそういう訳じゃないんだよね?」
「ええ、全く持ってそんなことはありませんよ。ただちょっと、情けない彼に発破をかけてあげただけです」
自らのことを心配してくれる友人に真実を明かせないもどかしさが琴子の胸をぎゅっと締め付ける。ちょっとした罪悪感から思わず顔が下がってしまいそうになるが、友人たちにこれ以上の心配をかけまいと彼女は気丈に振舞うべくいつもの笑顔を振りまくのだ。
「えっと、それでは私はこの後予定がありますので」
「うん、じゃあね、琴子」
友人たちに軽い別れの挨拶を済ますと、彼女は自らの荷物を片手に颯爽と教室を後にした。
今回の件に関わった以上、琴子も事の顛末が気にならない訳ではなかった。一樹には同行はしないと伝えたが、彼女は別の手段で今回の依頼の成り行きを見守りたいと思っている。
それは新しくできた友人のためか、それとも自らのワガママを満たす為がゆえか。彼女自身、自分がなぜそんな行動を起こすのか、その理由があいまいなままだ。
「琴子」
下駄箱からローファーを取り出し、昇降口から学校を後にしようとしたその時だった。
聞き馴染みのある声が彼女の足をふと止めた。
「……
おもむろに声のした方へと顔を向けると、そこにはいかにも帰りがけといった恰好の
「どうしたんです?」
「どうしたもこうしたも、私も一緒に連れてってもらえないかと思って」
そう言って彼女は小さく肩をすくめる。その様に琴子は同じように小さく肩をすくめると、ただ一言「もちろん」とだけ返した。
「……それにしても、琴子が口にする手伝いってこんなもんな訳?」
目的地へと向かう道すがら、隣を歩く彩夏がふとそんなことを尋ねてきた。
「こんなもん、と言いますと?」
「あぁいや、琴子だってボランティア部員な訳じゃない? 立花君をもっと積極的に手伝ってるもんだと思ってさ」
彩夏は今回の
元々の琴子のボランティア部に対してのスタンスがこんなものだと言われたらそこまでなのだが、それならば自分の時はどうしてああまで動いてくれたんだろうか。
自分の時だけが特別だった、とは到底思えない彩夏としては今回の一連の琴子の行動は少々不自然だ。
「んー、なんというか、今回の依頼って立花君にとっても大切なことだと思ったのですよ」
「と、言うと?」
琴子へ更なる言葉を促しながら、彩夏は道中に落ちている石ころを無意識に蹴り上げた。
景気よく跳ね上がった石ころはそのままコロコロと勢いよく加速していくと道端の側溝の僅かな隙間へと飛び込んでいく。
どう答えたものかと逡巡していた琴子は、その様を見ながらふと思ったことを口にした。
「結末の決まった物語ってあるじゃないですか。今回の依頼って、なんとなくそうなるような気がしたんですよ」
「……優秀な志津川さんや、バカの私にもわかるように教えてくださいな」
「鳴海さんだって大概成績は良い方でしょう?」
「いや、まぁ、自分では頑張ってるつもりだけど……ってなんでそれ知ってるのさ」
過去に一樹へ依頼を頼み込んだときに、ふと気になって彩夏のことを調べてみたことがあった。まぁ、その時に分かったことは彼女の成績とクラスでの様子ぐらいだったのだが。
「それは……禁則事項って奴です」
しかし親友となった今、改めてそのことを彼女自身に告げるのはなんとなく憚られたためか、琴子は適当に茶化すような口調でそう答える。
「……別に隠すようなことじゃないけどさ。それよりもさっきの話だよ」
彩夏は話の続きが気になるのか、琴子へと先の続きを促してくる。
「よく言うじゃないですか、結末の分かっている物語ほどつまらないものはないって」
「よく言うかはさておき私も聞いたことぐらいはあるよ」
「でもそれっておかしいとは思いませんか?」
「どういうこと?」
彩夏が疑問の声を上げると、琴子は小さく何かを考えこむしぐさを見せる。
「そうですね、例えば織田信長は本能寺で最期を迎えますよね?」
「まぁ、教科書に載ってるぐらいには有名な話だよね」
「例えば三国志において必ず蜀は滅びますよね?」
「まぁ、歴史に少ししか詳しくない私でもそれぐらいは知ってるよ」
なんとなくそこまで耳にして、琴子の言いたいことが彩夏にもぼんやりと見えてきた。
「つまり結末が分かっているはずなのに、それを題材にした物語が世の中にはたくさん存在するわけです」
「……重要なのはそこに至るまでの過程ってこと?」
「さすが彩夏さんは優秀ですね!」
「期末テスト学年一位に言われると嫌味にしか聞こえないよ」
しかしこれでようやくどうして琴子が今回の件についてあまり積極的ではなかったのかが分かってきた。
琴子は途中で気づいたのだ。仁科佳穂が持ち込んだ依頼がどういった結末を迎えるのかと、彼女が一体何を求め続けていたのかを。
そしてそんな彼女が一番に求めたものこそ、恐らく佳穂と同じ迷いを抱いているだろう
「私がいる事できっと立花君の答えが歪んでしまうかもしれない。なら私はいっそ傍観者になろうって決めたんです」
「立花君がどんなふうに佳穂ちゃんを助けるのか、琴子はそれが気になった訳だ」
「ええ、決まり切った結末に向かって二人がどんな道を歩いていくのか、それが私は気になったのです」
なるほど、と彩夏は小さく唸った。学園一の美少女と謳われる彼女がどうして
「それはまた、随分と意地悪なことをしたね」
「あはは……立花君には嫌われちゃうでしょうか」
意地の悪いと思うと同時に、随分と彼のことを気に入っているんだなと彩夏は僅かに呆れかえる。
「誰かを想う気持ちには無限の形があるんですよ、彩夏さんなら分かるでしょう?」
「それは、その、まぁ……」
その物言いになんとなく自らの胸中が盗み見られたような気がして、彩夏は咄嗟に琴子から視線を外す。
と、同時にその視線の先には滝田駅からほど近いとある公園の入り口が現れた。
自然豊かな公園内には街路樹が立ち並ぶ大きな通りがあり、その脇には遊具が並んだ大きな広場も存在している。所謂大型の都市公園という奴で、整備された園内には人口の池も存在していた。
彩夏には普段は余り馴染みが無いが、落ち着いた雰囲気の園内はスケッチをするにはぴったりで今までに数度足を踏み入れたこともあった。
公園の入り口に辿り着いた時、彩夏の耳にふと微かに歌が聴こえた気がした。
優しくて、暖かくて、そして――どこか胸がぎゅっと締め付けられるような歌声。
「彼が言っていたんです。赤凪さんと結弦君は大丈夫なんだって」
琴子がぽつりとそう呟く。それに呼応するように彩夏はただ一度だけ首を縦に振った。
「私も何となくわかる気がする。二人はきっと、大丈夫なんだなって」
愛を歌うカナリア。その声に引き寄せられるように、琴子と彩夏は夕暮れに染まる公園を歩いていく。
時刻は五時半を僅かに回ったところ。いつのまにか歌が止み、すっかり人もまばらになったその頃、不意に隣にいる琴子の鞄から携帯のバイブレーションの音が響いた。
「彩夏さん、どうやら私たちは事の顛末を見届けられなさそうですよ」
ふと、スマホの画面をこちらに差し向けながら琴子が声をかけてくる。
「どういうこと?」
彼女の手に握られているスマホの液晶には、彩夏にも見覚えのある名前が表示されていた。
「……エンドロール前に席を立つのは好きじゃないんだけど」
「たまにはいいじゃないですか。さて、意地悪がバレないように私は一体どう誤魔化しましょうか」
そう言いながら琴子はどこか嬉しそうに通話ボタンに手をかける。
(結末の分かっている物語……か。琴子の恋も、きっとそうだったんだろうな)
隣を歩く少女を覗き込むと、彼女はなんとも楽しそうにスマホの向こう側の少年と言葉を交わし合っていた。
「……なんというか、こっちもこっちで難儀だね」
そんな呟きも会話に花を咲かせる少女には届かない。
ふと彩夏が見上げた夜空には、小さく宵の明星が輝いていたのだった。
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