第68話 そんなこんなな僕らの今
カレンダーの日付も9月に変わり、普段通りの学校生活が始まって数日が経った日のことだった。
夏休み前と変わったことと言えば、始業式の日の一件でクラスの男連中が若干僕に冷たいことと――
「おはようございます、立花君」
「おはよう、志津川さん」
こうして毎日教室で志津川さんと挨拶を交わすようになったことぐらいだろうか。
「ボランティア部のこと、まだ誰にも話さないほうが良いんでしょうか?」
「まぁ、それはそうだろうね……」
あぁそれと、志津川さんがボランティア部に所属したこともか。
まぁこれはまだ公言されていないことだし、僕があまり周囲には言わないようにと口止めをしていることもあるんだけど。
「それはやっぱり……」
「うん、志津川さんのネームバリューのせいだよ」
「で、ですよね……」
容姿端麗学業優秀、運動も出来て更には性格もいいと来たもんだ。
そんな美少女がボランティア部に入部したなんて聞いた日にゃ、彼女とお近づきになる為に相談にやってくる良からぬ人間が後を絶たないだろう。
そんなことになった日には僕は今すぐこの場を逃げ出して、安寧の地を探し求める旅に出立しかねない。
志津川さんもそれは自覚しているようで、今日に至るまで僕との絡みは隠さずとも、彼女自身がボランティア部に籍を置いていること自体は秘匿されるべき事案となっている。
「でも、頼りにしていないとかそんなことは一切ないから」
「ほ、本当ですか?」
不安げな視線が僕を射貫く。普段からどこか余裕げに振舞う彼女を見慣れている人間からしたら、今目の前の志津川さんはある種新鮮にも見えるだろう。
思えば、これも夏休み前と変わったことの一つかもしれない。
僕も知らぬ間に
「今日も部室には行かれないんですか?」
「まぁね、今抱えている依頼もないし」
「それも確かに……そうですけど……」
先日受けた
水族館での報告を佳穂ちゃんは好意的に受け取ってくれたし、チャットでのやり取りの最後には『突然のご依頼を受けてくださりありがとうございます』と丁寧な文脈で返信が返ってきたものだ。
しかしどうしてだろう、僕はまだ何かこの一件が心の中に引っかかり続けている。
雫梨も同じ気持ちを口にしていたけれど、それがいったい何なのか、その正体はずっと闇の中だった。
「そうだ、せっかくなので放課後はデートと洒落こみませんか?」
「でっ!?」
ふと突然耳元でそんな言葉をささやかれたもんだから、僕は思わず咄嗟に自分の口を塞いだ。
危ない、今の言葉がクラス中に響いてみろ。夏休み中に鳴海さんが心配してくれたことがいよいよ現実になりかねない。
僕はまだ続きを見たいアニメや漫画を山ほど抱えているのだ。ここでもの言わぬ肉塊になり果てるのはごめんである。
「……もしかして、僕をからかって楽しんでる?」
表情を覗き見るように志津川さんへと視線を向けると、そこにはただ意味深に小さく口元を緩める彼女の顔があるのみだった。
「ふふっ、どうでしょうねっ」
楽しげな声。だけどその真意を僕はちっともわからない。
「デート、楽しみにしてますね」
「……拒否権は無いんだね」
やっぱり女の子は謎だ。美少女は特にそうだ。いったいいつになったら、僕は志津川さんの本当の心の内を覗き見ることが出来るんだろうか。
自らの席へと戻っていく彼女の背を見て、僕はぼんやりとそんなことを思ったのだった。
「さて、参りましょうか!」
放課後はすぐに僕らの元にやって来た。
いや、本当はめんどくさい授業が山盛りだったり、昼休みに延々と聞かされ続けるカズと彼女の惚気話だったりがあったりしたのだが、特筆して面白い話題でもなかったので割愛させてもらう。
「実はそこのチョコレートストロベリーパフェが絶品だと聞きまして……」
志津川さんが僕を誘ったのは、最近滝田駅前に新しく出来たアイスクリームショップに行きたいがためだった。
なんでもこの夏にオープンしたばかりらしく、連日多くのお客で賑わっているらしい。おしゃれな雰囲気ととろけるような柔らかさのソフトクリーム、更にはその上に乗っかったアイスフルーツが人気のお店で、今女子高生を中心に話題筆頭なのだそうだ。
当然、我が桑倉学園の女子生徒達も話題には敏感らしく、志津川さんもクラスの友人たちからその話を聞いたのだとか。
「なんというか、相変わらず志津川さんは食べるのが好きだよね」
「女子たるもの、甘いものは別腹なのですっ!」
僕らは今、校門を出て制服のまま滝田駅へと向かう道中を歩いている。
僕は自転車通学のため自転車を引きながらの歩きとなっているのだが、そんな隣を桑倉一の美少女と謳われる志津川さんを伴なっての下校である。
当然、周囲の視線がこれでもかというほど刺さっているのだが、当の志津川さんはそんなことは気にしていない。今も最近あった出来事をこれまた随分と楽しそうに僕へと話してくれていた。
「そういえば、この前の依頼の際は申し訳ありませんでした」
「この前の?」
「ええ、仁科君と柚子ちゃんのデートの件です。その……心情的にお断りしたいのもあったのですが、純粋に私の予定もありましたので」
「あぁ、まぁ、しょうがないよ。コンサートだっけ?」
「ええ、お父様のお知り合いの娘さんのコンサートだそうで、私も一緒にお呼ばれしたのです」
「へぇ……」
お金持ちの知り合いの娘ねぇ……。きっとバイオリンとかピアノとか、そう言うのなんだろうなぁ。
「何を想像しているのかわかりますが、私が聴いたのは歌でしたよ」
「歌……?」
「ええ、私も音楽は詳しくないのであまりきちんとしたものは分かりませんが、ピアノの伴奏に合わせての歌唱でした」
「勝手に楽器だと思ってたよ」
そう口にすると、志津川さんは小さく笑い声を零した。
「思うところは分かりますよ。私も小さい頃に父にいっぱい習い事をさせられましたから」
「今はもう出来ないの?」
「人並みにバイオリンやピアノ程度ならば」
ホントに何でもできるんだなこの人。
「っと、着きましたよ、ここです」
志津川さんの案内で辿り着いたその店は、やっぱり思った通り僕にはあまりにも場違いな場所だった。
「テイクアウトも出来るみたいなので、私たちはそちらにしましょうか!」
僕の心情を察してくれたのか志津川さんがそう提案してくれた。
正直助かる。店先から店内を覗いてみたけれど、どう考えても僕と志津川さんが一緒にいられるような空間ではない。
「なんというか、相変わらずですね、立花君」
「……性分なんだよ」
呆れるように志津川さんが声を上げる。だけどそれは許して欲しい。本来の僕は根っからの陰キャ気質なのだから。
「あっ、あそこで食べましょうよっ!」
滝田駅の周辺はバスロータリーも多くあり、そのため腰を下ろせる場所がいくつも存在している。
そんな一角に僕らは向かうと、二人して買ったアイスに舌鼓を打つ。
「うわぁ……ふわふわですぅ……」
目をキラキラに輝かせながらソフトクリームにスプーンを向かわせる志津川さん。そんな光景を横目に僕もアイスを口に運ぶと、口いっぱいに広がる甘いチョコの味と、その甘さを惹きたてる酸味あるフルーツの香りが、僕にどこか青春の一ページを想起させた。
「おいしいですねっ!」
「まぁ、ね」
僕はいったいいつからこんな青春小説のような一幕を過ごすようになってしまったのだろう。
いつの間にか徳を積んだのだろう過去の自分にちょっとだけ感謝をしつつ、ふと胸の奥から湧き上がる何かを誤魔化すように僕は残りのアイスを勢いよく口に運ぶのだった。
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