第62話 あの日の相談事
彼女が僕の元へと相談にやって来たのは、八月も半分が過ぎようとしていたある日のことだった。
普段通り休日特有の惰眠を貪っていた僕の元に妹が飛び込んできたのが確か11時を少し過ぎた頃だっただろうか。
「どえらい美少女がどえらい美少女とどえらい美少女を連れてやって来た」
僕の部屋に来るなり開口一番そう言い放った雫梨の言葉があまりにもインパクトが強すぎたせいですっかりと目が覚めたのを覚えている。
なんだかんだとめんどくさそうな格好をしながらも、僕だって立派な思春期男子である。
家にどえらい美少女が来てるなんて言われて黙っている訳が無い。更にはそれが三人。
そして僕の元にやって来た依頼者の彼女はどえらい美少女その3にあたる人物だった。
その1とその2は僕も知ってる美少女だ。我が桑倉学園の天使こと
志津川さんはもう何度か僕の家にやってきていて妹と面識もある。しかし鳴海さんは僕の家にやってくるのも雫梨と会うのもその時が初めてだったはずだ。
まぁ、鳴海さんが我が立花家とどういう馴染み方をしているのかは先述の通りなのだけれど。
そんなことは置いておいて、あの日のことをもう一度思い返そう。
「わ、わたしは青ヶ峰高校付属中学三年、
彼女の声は鈴がなるような可愛らしい声だった。
「こ、琴子さんや鳴海さんとはお知り合いで、今日は私の相談に乗ってもらいたくて、た、立花さんを紹介してもらいに来ました」
拙いながらも精一杯言葉を紡いでいく様に僕は随分と胸が揺さぶられたものだ。年下の妹がいたらきっとこんな気持ちになるんだろうなぁ、なんて思っているところを後ろから雫梨から蹴られたことはこの際無かったことにする。
それにしても――
そもそも彼女を一目見た瞬間に、僕の中にはなんとなく予感があったのだ。あぁ、これはまた厄介ごとに巻き込まれるんだろうな、というあの予感。
それにどうしても目の前の年下の美少女が僕には初めて出会った女の子のようには思えなかった。
瞬間、パズルのピースがぴったりとハマっていくように僕の中で何かがかっちりと噛み合っていくのが分かった。
ある種の達成感。それと同時に浮かび上がる完成系が見えてしまったが故のちょっとした物悲しさ。
「仁科って……」
続く彼女の言葉で、僕はそのパズルがしっかりと完成系を目指していたのだという事を思い知らされる。
「わ、わたしの兄は桑倉学園2年A組、
瞬間、僕の中に沸いた感情は「うわぁ、まためんどくさいことになった」というものだった。
いや、気持ちは察して欲しい。
いくら美少女と接点が出来るといってもまたややこしい「依頼」を持ち込まれちゃこっちもたまったもんじゃない。
ちらと妹の方へと視線を移すと、どことなく彼女の目が僕を憐れむような眼をしていたのをよく覚えている。
「そ、相談って?」
「ボランティア部のことは兄や琴子さんたちから聞き及んでおります」
今度は粛々と、自らの言葉を確認するようにどえらい美少女その3こと仁科佳穂ちゃんは言葉を紡いでいく。
「ごめんなさい……面白おかしくしゃべっちゃったかもです」
そんな彼女の隣には、僕の方へと小さく申し訳なさそうに舌を出す志津川さんの姿があった。
桑倉学園の生徒にはボランティア部をどこぞのアニメや映画のようなおもしろ組織だと思っている人間が多い。
その実僕らはただ助けを求めている人の手伝いをしているだけなのに、そういった類の噂は僕の近くですら事欠かない。
ましてやそれを訂正することのできる本人の居ないところでは果たしてどんな風に僕らの存在は語られているんだろうか。いや、それ以上は恐ろしくて考えたくもない。
とかく目の前の美少女は、そんなありもしない噂に踊らされてこうやって僕の元へとやって来たらしい。
「や、その、琴子さんからちゃんとお話は聞いているんです。依頼には真摯な人たちだって……。だから……」
そう言って僅かに佳穂ちゃんは言い澱んだ。
「どうかした?」
「いや、あの、その……私を変な子だと笑いませんか?」
男心をこれでもかとくすぐってくるような上目遣いをかましながら、佳穂ちゃんはまるで何かに縋るような視線を僕へと飛ばしてくる。
「……大丈夫ですよ、立花君なら」
そんな彼女の背中を後押ししたのは、誰でもない志津川さんだった。
「まぁ、そうだね……」
そんな志津川さんに同意するように、鳴海さんも小さく声を上げる。
「いつ兄、信頼されてるね」
そして我が妹はといえば、美少女三人に視線を注がれる実の兄をどこか呆れるような、それでいて誇らしげなような、そんな顔をして見つめてくるのだった。
「あ、あの、その、相談というのは……」
彼女達の後押しが聞いたのだろう。
おもむろに口を開いた佳穂ちゃんは、少しずつ拙いながらも必死に言葉を紡いでいく。
「ご存じのこととは思いますが、私には実の兄が居まして…・・・」
「知ってる。仁科奏佑君だよね。僕、一年の時同じクラスだったんだ」
「そ、そうなんですか!?」
佳穂ちゃんは僕の言葉に小さく驚くような声を上げた。
「校外学習では同じ班だったりしたんだよねぇ」
懐かしい思い出だ、と思いながらもまだあれから一年も経っていないことを思い出す。僕は未だにあの時班のイラスト担当を速攻で降ろされたことを引きずってるからな。
「あ、兄とは顔見知りなんですね」
「顔見知りというかなんというか……」
この場合、僕と仁科君は一体どんな関係と表すのが適切なんだろうか。
親友とは違う、かといって知らない仲じゃない。友達……というほど一緒に何かをした訳でもない。
人間の関係って、僕の思ったよりも複雑だ。
「それで、佳穂ちゃんの相談事というのは?」
「か、佳穂ちゃんっ……ですか」
「や、ごめんっ、その、仁科さんってのもややこしいと思ったからさ……。嫌だったらごめんね?」
「嫌、と言う訳ではないのですが……あまり年上の男性からそんな風に呼ばれることなんてないので」
ううむ、確かに彼女、ビジュアルだけを言えばどう見てもどこぞの箱入り娘だ。青ヶ峰は女子高ではないはずだけど、だからといって男と親しいという訳にも行かないのだろう。
「相談事ってのはそのお兄さんに関わることなんだよね?」
「はい、実は私の兄に最近お付き合いすることになった女性が出来まして……」
瞬間、冷房の効いたリビングが、原因が冷房だけとは決して言えない肌寒さに包まれた。心の中のもう一人の僕が、絶対にその原因達を見るなと警鐘を鳴らした。
「それで、その……」
佳穂ちゃんは果たして脇二人の胸中に気づいているのだろうか。いや、それは無理だろう。なんせ彼女は一切口を紡ぐ気がないのだから。
「そんな私の兄の、初デートを見守って欲しいのですっ! 」
さて、実はそんなこんなな出来事があったのが八月も半分を終えようとしていたある日のこと。
それから鳴海さんや志津川さんとのあれこれもあったりして、僕は何の対策も打てないままに仁科君と粟瀬さんのデート当日を迎えるのであった。
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