第38話 新たな予定と始まる夏

 カレンダーの日付も8月を示すようになって数日が経ったある日のこと、僕のスマホにふと見慣れない電話番号から着信が届いた。


 非通知ではないけれどディスプレイに表示された番号に見覚えはない。


「登録してない人っていたっけ……?」


 幸か不幸か僕に知り合いは少ない。だから携帯に登録してある連絡先だって少ない。ましてや今は大無料通話アプリ時代だ。わざわざ電話番号を伴って連絡してくる方こそ珍しいといっても過言じゃなかった。


「……とりあえず、出てみるか」


 これがもし僕が今まで依頼に関わった人からの連絡だったら申し訳が無い。ましてや数日前に美術部の高梨たかなしさんから依頼を受けたばかりだ。


 またボランティア部への依頼だったら放置するのも忍びない。


 そう思った僕はおもむろに通話ボタンに手を伸ばすと、そのままスマホを耳に当てた。


「……もしもし」

「遅い」


 開口一番、電話口の相手は不機嫌さを一切隠すことなく端的にそう告げた。


「あの、遅かったのは申し訳なかったと思うんですが、失礼ですがどちらさまでしょう……?」


 相手も分からぬまま電話なんて出来る訳もない。


 とりあえず僕は電話の向こうの恐らく女性の出方を伺うために素性を尋ねることにした。


「分からないかな、立花君」


 僕の名前を呼んだその声は、携帯の電波越しでも分かるぐらいに凛と澄んだ綺麗な声だった。


「あ、あぁっ、もしかして鳴海さん?」

「ご明察」


 予想だにしていなかった電話口の相手に僕の声も僅かに上擦る。


「ど、どうやって僕の番号を……?」

「志津川さんに聞いたら教えてくれたよ」


 そういえば以前鳴海さんは志津川さんを通じてボランティア部へと依頼を持ち込んでいた。あの時も僕の知らないところで美少女二人の何やらただならぬやり取りがあったに違いない。


 そしてその縁で今回も鳴海さんは志津川さんに協力を仰いだのだろう。


「な、なるほどね……」

「まさか、あの志津川さんがボランティア部に入ったなんて」

「その事、志津川さん話したんだ」

「まぁ、世間話程度ならする間柄だから」


 仁科君を通じて顔見知りになった二人の女の子。しかし彼が関わらずとも、その関係は今でもしっかりと続いているらしい。


「それで、今日は一体何の用で?」

「何の用って……この前の事、忘れたの?」


 この前の事とは、きっと先日彼女と出会った時に鳴海さんがお願いしてきたことに違いない。


「ログハウスの掃除、だっけ」

「うん。目途が経ったから改めてお願いしようと思って」


 鳴海さんがそう告げるや否や、僕は咄嗟に机の上からノートをひったくるとシャープペンシルの後方を力強く数度ノックした。


「それで、僕はどうすればいい?」

「急で申し訳ないけど、明後日の朝11時に森沢もりさわ駅に来てもらえないかな」


 森沢駅……聞き覚えの無い名前だが一体どこの駅なんだろう。


「もしかして知らない感じ?」

「あーうん」


 そう言うと鳴海さんはすぐに最寄りの路線と滝田からの乗り換えの駅を教えてくれた。忘れないようにノートに直ぐに書き殴ると、再び鳴海さんの言葉に耳を傾ける。


「それと、3日分の泊まりの準備もしてきて欲しいんだ」

「と、泊まりっ!?」


 掃除の手伝いという一見ありがちな依頼だが、当然ここには依頼主である鳴海さんも来ていることだろう。そこにさらに泊まりとなると僕は鳴海さんと同じ屋根の下で二晩を過ごすこととなる。


「……何か余計なこと考えてる?」

「め、滅相もございませんっ!」

「ならいいけど」


 邪な考えが湧かないように必死に押し殺しながら僕は更に詳細を尋ねる。


「具体的にどこに泊まるとかは……?」

「私の叔母さんにお願いして、空いてる部屋を貸してもらうことにしたの」

「な、なるほど……」


 保護者同伴なら間違いなんてないだろう。ましてや他人の家だ。お邪魔する立場でありながらそんな不手際が起こる訳もない。いや、僕には起こす度胸も起こす気もないのだけれど。


「当日も叔母さんに駅まで迎えに来てもらうから。よろしくね」

「え、あ、う、うん……」


 今更ながら不安感が湧いてくる。同学年の女の子の家に、ましてや今回に限っては自宅ではなく親戚の家だ。

 そんな場所に大して親しくもない僕がお邪魔して大丈夫なのだろうか。これが同性の友人だったら気も楽なのだろうが、生憎と僕にはついているものがついている。


「それと」


 どう振舞ったらいいものか頭を悩ませていると、助け舟のように鳴海さんが声を上げた。


「志津川さんが随分とやる気みたいだからさ、せっかくなら声をかけてあげてよ。私、あの子とは仲良くなれそうな気がするんだ」

「あの、どうして僕が……」

「いいから。立花君から誘ってあげてね」


 僕の言葉を強引に遮ると、そのまま鳴海さんは通話を切ってしまった。


「いや、鳴海さんが誘えばいいじゃん」


 そんな言葉も束の間、僕の携帯に魚の切り身をモチーフにしたキャラのスタンプが送られてきた。我が滝田市の貴重な観光スポットである滝田水族館、そのマスコットキャラクターであるタタッキーのスタンプだった。

 更にはその下にはまるで僕の呟きがしっかりと聞こえていたかのように「よろしくね」とメッセージが添えられている。


 当然送信相手の欄には『鳴海彩夏』と表示されている。


 近頃のアプリは凄い。スマホに登録されている電話番号から勝手に相手を登録してくれる。便利な機能だとは思っているけれど、この時ばかりは余計なことしやがってという感想が湧いてくる。


(まぁでも、どうせ誘う気だったしな……)


 ログハウスの大きさが一体どんなサイズか全く見当がつかない。そのうえ人手が僕と鳴海さんだけじゃログハウス全体どころか一部屋掃除するだけでも日が暮れてしまう恐れがある。


 猶予が3日あるとはいえ、使えるものは猫の手でも借りたいところだ。


 すぐさま僕は再びスマホを操作すると、明後日の予定を尋ねるべく志津川さんへと連絡を飛ばした。


『はい、もちろん大丈夫ですよっ! お誘いいただきありがとうございます!』


 ものの数分でメッセージには既読が付き、先ほどの丁寧な文章が送られてくる。


 そしてその下には先ほど見たばかりの魚の切り身のキャラクターがうねうねと不思議な動きをしている。なんでそのスタンプ、あんたも持ってんだよ。


 いつの間にか志津川さんもタタッキーに毒されていっているが、とりあえずそれは置いておいて先ほどの鳴海さんとのやり取りを簡単に伝える。


 直後、『了解!』とびしっとポーズを決めるタタッキーのスタンプが送られてきて、ようやくこの夏の新星ボランティア部の新たな活動が幕を開けたのだった。

 

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