第35話 それでも信頼は結果から生まれる

「今日はお疲れ様、志津川さん」


 高梨さんからの依頼を無事に終えた僕ら新生ボランティア部は、午前の活動ですっかり空になってしまった胃を満たすべく学校近くのファミレスを訪れていた。


「今日は随分と空いているんですね」


 そう言って周囲を見渡す志津川さんの言う通り、ランチタイムだというのに客の入りはまばらだった。


 まぁ、この店は学校には近いが幹線道路からは離れている。そのため客層の多くが近くの高校に通う学生たちだ。


 そのため夏休みのこの時期は必然的に店内も空いて見えると言う訳だ。


「なるほど……そういうことなんですね」


 僕が手渡したお冷に口を付けながら志津川さんは納得と言った具合の表情を浮かべている。


「それで、ご注文はお決まりですか、お嬢様?」

「なんです、その気取った言い方」

「あれ、志津川さんには合わなかったかな?」

「全く、うちにそんな人はいませんよ?」


 呆れ顔を浮かべながら志津川さんはメニューの向こう側に顔を隠す。どうやら腹ペコの天使様は随分とメニューにご執心らしい。


「僕は最初、志津川さんをどこぞの箱入りのお嬢様だと思ってたよ」


 志津川さんのメニューが決まるまでの繋ぎとして僕はそんな話題を口にした。


「実家がお金持ち、というのは事実なので否定はできませんが、皆が思ってるようなお金持ちなんて本当に一部だけですからね?」

「お嬢様はみんなファミレスなんて来たことないと思ってた」

「家族で来たこともありますし、友達とだって来たこともあります」


 随分と勝手な偏見という奴なのだろうが、それでもやっぱり僕には目の前のお嬢様がファミレスのメニューに目を輝かせている様は物珍しく見えてしまう。


「皆の想像以上には、現実というのは案外身近なものですよ」


 そう言って志津川さんは慣れた手つきで卓上の呼びベルへと手を伸ばした。


「そういえば」


 それから数分後。運ばれてきたパスタをこれでもかというほどお上品に口に運びながら、志津川さんは話題を切り出した。


「鳴海さんのことなんですけど……」


 彼女が話したいのは先ほど美術準備室で見たものについてだろう。


「何か私たちに出来る事ってあるんでしょうか?」


 そう言えば志津川さんと鳴海さんはいったいどんな関係なんだろう。仁科君を通じての顔見知りとは聞いているが、ここまで気をかけるという事は何かあるのだろうか。


「何か出来る事……それってボランティア部としてってこと?」


 以前鳴海さんは志津川さんを通じてボランティア部に相談事を持ち込んできたことがある。


 『粟瀬柚子あわせゆずの恋を、実らせて欲しいの』


 そう口にした彼女の依頼は、結局成り行きで解決されることになった。


 仁科君と幼馴染の粟瀬さんが結ばれることはある意味で必然だったのかもしれない。僕が何もしなくても彼女の依頼は果たされて、その結果鳴海さんは一人静かにその恋心を胸にしまい込んでいる。


「知り合いとして……という意味もあります」

「志津川さんは鳴海さんと仲いいんだっけ?」

「お友達……というのはちょっと違うかもしれませんが、きっと彼女とは仲良くなれると思いますよ」


 そりゃそうだ。同じ男を好きになって、そして同じく恋敗れた女の子だ。思うところもあるだろうし、そう言った趣味は合いそうだ。


「そう言われると僕としては弱いけど、それもこれも鳴海さん自身から頼まれなきゃね」

「ボランティア部の、というより立花君のポリシーなんでしたっけ?」

「というより厄介ごとを持ち込まないための防衛手段って奴かな」


 頼まれてもいないのに顔を突っ込むことは、大抵ろくな結果を生み出しかねない。


 僕はそれが出来るほど器用に立ち回れる訳じゃないし、偶然で乗り越えられるほどの主人公補正だってない。


 もしそれで誰かを傷つけてしまうことがあったりしたら僕は一生立ち直れないだろう。


「防衛手段……ですか」

「皆が思ってるよりも臆病なんだよ僕は」

「そうは思えませんけど」

「そう見えないように立ち振る舞ってるだけだよ。見栄を張ってるだけ」


 自然と苦笑いが口から零れた。


「立花君はそういう自分を嫌いですか?」

「正直ダサいなって思うよ。でも僕は主役じゃないからさ。脇役らしい振舞い方を覚えてるつもりだよ」


 世の中には時折魅力あふれる創作物の主人公のような人間が現れる。


 志津川さんが好きだった仁科君だってそうだ。それに親友のカズだって明るくて眩しくて僕なんかの数倍人間として立派だと思う。


 それに比べて僕ときたら。身の丈に合った振る舞いは学んだつもりだった。


「またその話ですか?」

「そうは言っても事実でっ……んぐっ」


 気付けば顔に思い切り不服そうな色を浮かべながら、志津川さんが山盛りポテトを僕の口の中に突っ込んできた。


「い、いきなりなにすんのさ」

「はぁ……私の信頼する立花君はそんな人じゃないのになぁと思いまして」


 そう言うと志津川さんはいつの間にか運んできたスープバーのコンソメスープに口を付けた。というかこの人いつスープバーなんて頼んだんだ。


「とにかく、少なくとも私や高梨さんは立花君の事を信頼してるんです。主役とか脇役とか関係なく、私は立花一樹たちばないつきという男の子を信頼してるんですよ」


 そう口にした志津川さんの目はいつになく真剣だった。


「勝手に期待して何様だって思うかもしれませんが……」


 机越し、いつの間にか身を寄せてきた志津川さんの顔が僕へと急接近してくる。


「私は、私を救ってくれたあなたのことを心から信じています」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、志津川さんは机の上のポテトを楽し気に口へと放り込んだ。


「し、志津川さん……?」


 本当によかった。もし店内が夏休み前の学生で溢れて居たら、明日から僕は生きた心地がしなかっただろう。


「おっと、お手伝いさんがそろそろ帰ってくる時間でした」


 ふと、鞄からスマホを取り出した志津川さんがそう口にした。


「お、手伝いさんはいるんだ……」

「ふふふ、これでも志津川家はお金持ちですからね」


 目の前の現実は思ったより僕の理想と距離が離れていないらしい。


「そうだ、また依頼があったら是非お声をかけてくださいね!」

「わ、分かった……」


 颯爽と出口へと駆けていく志津川さんの背中を見つめながら、僕は何度も彼女の声を心の中で反芻していた。


 会計を終えて店を出る。


 自宅まで近づいた時、ふと遠くの方に銀色のバルーンが浮かんでいるのが見えた。

 

 僕にはいったい何が出来るのだろう。これまでも自分がやって来たことが果たして正しかったのか自信を持てない。


 だけど――


 『私を救ってくれたあなたのことを心から信じています』


 そう言った彼女の言葉が、自然と僕の自転車に目的地の変更を促すのだった。

 

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