第25話 そして彼は語りだす
「なぁ、一樹よ」
期末考査も終えて後は終業式を迎えるばかりとなったとある日の放課後、僕とカズは駅前のファストフード店でダラダラと雑談を交わしていた。
「ファニーバーガー滝田駅前店」。滝田駅の西口から徒歩30秒という好立地。おまけに駐輪スペースも付設しているということもあり中学時代からの僕らの行きつけだ。
「最近ボランティア部の方はどうよ」
「ボチボチってところかな……」
「何だよそれ」
変わり映えのしないいつもの放課後。僕らにとっては既におなじみの光景だ。
少し前までは毎日のようにこうしてせこせこと足を運んだものだったが、こいつに可愛い彼女が出来てからは次第にその頻度も下がっていた。
更にはそれに追い打ちをかけるように持ち込まれたのが志津川さんの『依頼』だ。
こうしてカズとダラダラと過ごすのも随分と久しぶりのことだった。
「そう言えばお前聞いたぞ。この前ファミレスで志津川さんと一緒だったらしいじゃねぇか」
「あれはなんというかたまたま会っただけだよ」
噂というのは凄いもので、どこからともなく発信されたかと思えば物凄い勢いで広がっていく。
『志津川さんが男とファミレスに居た。それも同じ学校の立花とかいう奴らしい』という噂はいろんなところに広がっている。
まぁ、僕を知っている人ならば「なんだ立花か……」という感じなんだけど、そうじゃない人からしたらあの志津川さんに男が出来たと阿鼻叫喚なのだそうだ。
「たまたまか」
「うん。テスト勉強してたらたまたま会ってさ。一応ほら、僕らクラスメイトだし」
「お前もそこそこ有名人だしな」
これがモブキャラが学園のヒロインと急に付き合いだすラブコメだったら、クラスメイトですら「あいつと!?」と驚くリアクションも分からなくない。
しかし良い意味でも悪い意味でも我が桑倉学園においてボランティア部という名前は有名なのだ。ましてや僕がそこに所属していることはクラスメイトもよく知っている。
何か相談事や頼み事を僕の元に持ち込んだ、と解釈するのも容易だろう。というか実際に志津川さんは『依頼』を僕の元に持ち込んでいる訳だし。
「志津川さんってA組の仁科と仲いいんだろう? いいのか、勝手に外で男と会ったりして」
「カズも事情通だね」
「まぁ、志津川さんは目立つからな。っつか仁科ならあり得る」
「随分仁科君のことを買ってるんだね」
「一年の時あいつには世話になったからな。幼馴染とよろしくやってりゃいいってのに。本命はまさかの志津川さんだったか」
実情は逆なんだけどね。とはいくら親友とはいえ口が裂けても言えないな。
「っと、悪い」
そんな時だった。カズのスマホが一つ震えたと思えば奴は両手を合わせながらこちらに頭を下げた。
「彼女?」
「ご明察。買い物に付き合って欲しいって」
「大変だね」
「んな訳あるか。楽しいぜ? お前も彼女が出来ればわかる」
「ははは……そんな日があればいいな」
「それよりも一樹の場合は好きな人か? ただし三次元のな」
好きな人か……。いない、と言う訳じゃないけれどあれはなんというか違う気がする。
「ん、どした?」
「いや、なんでもない。それより早く行ってあげなよ」
「それもそだな。んじゃ、後頼むわ」
そう言ってカズは財布から千円札を机の上にほっぽり出すと、そのまま出口へと駆けて行った。
一人店の中に残される僕。放課後のファストフード店は期末考査明けの学生で大賑わいだ。
(さて、僕も帰るか……)
雑談に付き合ってくれる友を失い、鞄の中のラノベも後書きの端の端まで読み切ってしまった。こうなるとここに長居する意味も無くなってしまう。
手早く会計を済ませて店を出る。そんな時だった。店の前を出た僕に唐突に誰かがぶつかってきた。
「ご、ごめんなさいっ」
「あっ、いえっ!」
転びそうになるのを何とか耐えて僕は声の主の方へと視線を寄こす。しかし声の主はそのまま既にその場を去ってしまっていて、視界に映るのは後姿のみ。
見覚えのある制服。間違いなく桑倉学園の女子生徒用の制服だ。そして駆けていく背中越しでも分かる柔らかい癖のある栗毛。
僕はその後姿に確かに見覚えがあった。
(今のって……まぁ、僕の気にすることじゃないか)
駅前という事もあり別にこの近辺で見かけるのもおかしくはない。よほど急ぎの用があったに違いない。
(でも、あの子泣いてたな……)
見逃しようもなかったその事実が、僕の胸をチクリと突き刺す。だけど僕は主人公じゃない。彼女にかける言葉なんて持ち合わせている訳もなかった。
駐輪スペースに停めた自転車を何とか引っ張り出し再び帰路へと急ぐことにする。どうしてこういう場所の自転車は他人が後から取り出すことを考慮しないんだろう。
そんな世間への愚痴を溢しつつペダルを漕ぎ続けていると、ふと公園のベンチに見覚えのある人影が腰を下ろしているのが目に入った。
「あれ……仁科君、だよな?」
いつもの優し気な爽やかさ溢れるイケメンフェイスはどこへ行ったのやら。もしこの世界がパンデミックに包まれた荒廃世界だったらゾンビか仁科君か見分けがつかないほどの打ちひしがれ様だ。
「仁科君……?」
「立……花……?」
あまりの様子に心配になり、僕は思わず声をかけてしまう。近くに寄ると余計になんというか、悲壮感がより一層滲み出ていた。
「ちょっと待ってて」
そのあまりの見てられなさに居ても立っても居られなくなり、近くの自販機で缶コーヒーを二本購入すると、その一本を手渡す。
「これでも飲んで落ち着きなよ。別に何があったかまでは聞かないからさ」
おずおずと僕の手から缶コーヒーを受け取ると、仁科君はそれにそっと口を付けた。
「……悪い、迷惑かけた。金はちゃんと返すよ」
「そんなのいいよ。僕ら知り合いだろう?」
「……ごめん」
それから暫く、僕と仁科君はぼんやりと夕方の公園でただ無音のひと時を過ごす。
仁科君が口を開いたのは、空になった缶コーヒーを近くの自販機へと捨てに行こうと僕が立ち上がった時だった。
「あのさ……」
「……どうしたの?」
今まで無言だった彼がふと懺悔の言葉を口にするかのように溢した。
「俺、最低だ……本当に。ずっと……俺は
震える声が、先刻僕がぶつかった女の子の名前を呼んだ。
「聞いたほうがいい?」
「分かんねぇ。でも、聞いてくれると俺の気持ちも少しはまとまると思う。今は頭ん中ぐちゃぐちゃで……」
「ちょっと待ってて」
既に空になった仁科君のコーヒーの缶を受け取ると僕のと一緒にゴミ箱へと投げ入れる。そしてポケットから財布を取り出すと、今度はミネラルウォーターを二本抱えて再びベンチへと腰を下ろした。
「なんというか、至れり尽くせりだな」
「良いんだよ。僕がやりたくてやってるから」
僕は仁科君のことを尊敬してる。カッコよくて優しくて、運動も出来て勉強もできる。そんな主人公のような奴がこの世界に居たのかと僕は出会った当初度肝を抜かれたものだ。
同性として、同じ男として尊敬しているそんな彼の助けになってやりたいと思うのは僕の心からの本音だ。
それと同時に打算もある。
志津川さんの告白は最高のシチュエーションで行わなければならない。
そのためには仁科君にはせめて普通の状態であって欲しい。こんなボロボロのメンタルで告白に向き合われても、志津川さんは『最強』にはなれない。
これは僕のためであり、そして何より彼女のための行動だった。
「ありがとな」
数舜の躊躇い後、彼はぽつりと礼を述べた。
「さっき駅前のファストバーガーで粟瀬さんとすれ違ったよ」
「あぁ……」
思い当たる節があったらしい。先ほどよりもさらに明確に顔色を悪くしながら、頭を抱えて顔を沈み込んでしまう。
「柚子……悪い……あぁ……」
「分かった分かったっ、分かったからっ!」
あまりの落ち込みように正直めんどくさいと思ってしまったのはここだけの話。だけど顔を突っ込んでしまったからには最後まで付き合うのが義理というものだろう。
「ゆっくり話してよ。何があったのかさ」
「あぁ」
そう言って仁科君は自らを落ち着けるように大きく息を吸い込んだ。
「これから話すのは、俺が好きな女の子にずっと苦しい思いをさせ続けてきた話だ」
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