第20話 とっておきの爆弾
「それにしてもどうしてまた……」
今だ小雨の音鳴りやまぬボランティア部の部室に、僕と二人の美少女は向かい合って腰を下ろしていた。
「
そう言って新たな依頼主こと
「そ、そうなんだ……」
「これは一体どういうこと?」という意図を込めて志津川さんの方を見るが、僕の思惑は万人を虜にする柔らかな微笑みにあっさりと跳ね返されてしまう。
「私は鳴海さんをここに連れてきただけなので」
どうやら志津川さんはあくまでも鳴海さんを案内しただけらしい。つまり彼女の詳しい事情は知らないのだ。
「それにしても二人、顔見知りだったんだね」
意外といえば意外だ。志津川さんは我が桑倉学園のアイドル。鳴海さんはそこそこ名の知れた孤高の天才少女。
この取り合わせに違和感を覚える人も多いだろう。だが一点だけ。僕は二人の共通点に心当たりがある。
「仁科君に一度紹介されまして」
「……まぁ、そういう事」
聞けば以前、仁科君と一緒に居た鳴海さんの元へ偶然志津川さんと彼の幼馴染の
その時に互いに軽い自己紹介を済ませ、以来時折顔を合わせれば挨拶を交わす程度の関係になっているのだそうだ。
仁科君じゃないけれど、自分に関わりのある美少女が同時にその場に居合わせるってどんな心持なんだろう。少なくとも同じ立場に立ったのなら僕なら胃が痛くてたまらない。まぁ、そんな場面がこの先訪れるなんてあり得ないだろうけど。
「ボランティア部の噂はよく耳にしてる」
そう言えば以前彼女と出会った時、彼女はすぐにボランティア部の名前を口にした。そりゃ桑倉学園の生徒にこの部の存在がある程度知れ渡っていることは知っているけど、まさか孤高の天才少女までがその存在を知っていたとはとあの時は驚いたものだ。
「立花君、思ったより有名人ですからね……」
鳴海さんの言葉に同調するように志津川さんまでもが苦笑いを浮かべている。
「それは光栄というかなんというか……」
まぁ、有名になることが良いことなのか悪いことなのかまでは分からないけれど。
「と、とにかくっ、鳴海さんはまたどうして今日ここに?」
志津川さんとの繋がりも、彼女がボランティア部の存在を知っていたことも意外といえば意外だけれど、今日一番意外だったのはまさしく僕が口にしたそれだ。
どうして鳴海さんがこのボランティア部を訪ねてきたのか。
「以前言ってくれたよね。僕に出来る事なら何でも言ってって」
そう言えば前に会った時にそんなことを言った気がする。あの時のお願いは観測気球を下ろすのを手伝ってくれってお願いだったけれど。
「あれ……もしかしてお二人、お知り合いだったんです?」
そんな僕らのやり取りを志津川さんは意外そうに見つめていた。
「あ、あぁ……そう言えば志津川さんには言ってなかった。ちょっと前に山で出会ってね」
鳴海さんと会ったことはなんとなく志津川さんには黙っていたけれど案外あっさりとバレてしまうものなんだな。後ろめたさはいつまでも後ろ側に居てくれないという奴なのだろうか。
なんというか、そんなつもりもないのに浮気がバレたみたいな心持ちだ。
「へぇ……そうなんですかぁ」
納得、と言った表情を浮かべているのになぜか志津川さんの目は笑っていないような気がした。いや、まぁ、依頼内容には関係ないと思ってたから……。
「た、確かにそう言ったのはなんとなく覚えてるけど。ってことは鳴海さんはボランティア部に何か頼みたいことがあるってこと?」
「まぁ、そういうこと」
そう言って鳴海さんはその綺麗に整った顔を柔らかく緩めた。
いや、なんでそんな顔するんだよ。志津川さんの目が怖いよ。そういうのは仁科君の居るところでやってくれよ。
「それで?」
「断るって選択は立花君にはないのね」
「そりゃまぁ……」
部室の壁に視線を寄こすと、そこにはとんちき部長がどや顔で掲げていた我が部の標語が飾られている。
僕に出来ることがある間は、あの標語には真摯で居たいものだ。
「鳴海さん、可愛いですもんねっ」
そしてその下ではなぜか志津川さんが不貞腐れていた。「いや、僕はあなたの依頼が一番なんですよ?」と口にしたところでこの調子じゃ受け入れてもらえなさそうだ。
「と、とにかくっ! 我がボランティア部は依頼人を無下にするようなことはしないよ。聞くだけ聞いて、そのうえでしっかりと検討させてもらうから……」
鳴海さんに限って訳の分からない無茶な依頼を持ち込んだりはしないだろう。まぁ、そんな無茶な依頼を持ち込んだ本人はなぜか今も可愛らしく頬を膨らませているけれど。
「話がまとまったようでなによりね」
そしてそんな様子を鳴海さんはどこか達観した顔つきで見つめていた。
そもそものきっかけはあなたなんですが、とは口が裂けても言えそうにない。
「それで結局鳴海さんは僕に何を頼みたいの?」
さて、思わぬ伏兵登場といったところだが、このお話はここで終わりと言う訳には行かなそうだ。鳴海さんは『依頼』を頼みに僕の元へとやって来た。
その依頼次第で僕と志津川さんの計画が大きく修正を強いられることになるかもしれない。
恐らく、現状鳴海さんは仁科君と一番近しい存在といって良いだろう。
もしこれが仁科君を主人公としたラブコメだったら、間違いなく
綺麗で、ミステリアスで、だけどそんな姿にどこか儚さすら覚えてしまう。そんな女の子に一人の主人公が惹かれてしまうのは物語としてはある種必然といっても過言じゃない。
そんな女の子が――一体僕に何を頼みたいというのだろうか。
「立花君は、なんというか不思議な目をしているね。まるであの人みたい」
そう言って鳴海さんはふと頬を緩めた。今だ外はどんよりと曇り空なのに、なんとなくその笑顔に僕は青空を見た気がした。
「あぁ……なるほど」
ふと、
「え、何がなるほどなの!?」
「立花君、それは鳴海さんのお話を聞いたらわかりますよ」
「いやいや、そんなこと言われても」
「躊躇っていたらいつまでも道は開けませんよ!」
先ほどの不貞腐れた様子はどこへやら。我が学園の天使様は気が付けばいつも通りの柔らかな表情に戻っていた。
流石、自ら茨の道を行こうという女の子は、なんというか覚悟が違う。
「ふふっ、これなら確かにお願いできそう。立花君、私のお願いは一つだけ」
鳴海さんが小さく息を吸うのが分かった。ちょっと待って、僕に覚悟をする時間をくれ。
「
そんな祈りも束の間、そう言って鳴海さんは特大の爆弾をこの場へと投下したのだった。
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