第18話 あくまでも脇役だから
「何か特別なことでもありました?」
梅雨入りも本格化し、ここのところ雨ばかりの日が続いていた。今日もボランティア部の部室からは鈍色の雲が空を覆い尽くしているのが見て取れる。
「どうして?」
湿気をふんだんに含んだ空気はどんよりと重く、心なしか目の前に座っている志津川さんの綺麗な髪の毛も元気が無さそうに見える。
「いや、なんとなく……ですけど」
「そっか」
ここのところ不定期となっている僕らの作戦会議もこれで10度目を迎えている。
「特にこれといって言う事は無いけど……。志津川さんの方は?」
「実はですね……っ! 昨日柚子ちゃんのお誘いで仁科君とカラオケに行ってきたんですっ!」
僕の問いかけに志津川さんは急に目の色を変えた。
そう言えば昨日の放課後、
「それでどうだった?」
「……ど、どうだったって……っ」
急に顔を赤らめてモジモジとして見せる志津川さん。どうやら昨日は相当いいことがあったらしい。
「に、仁科君とデュエットを歌ったんです!」
「なるほど……それは大進歩だ」
「今までは普通にお話するだけが精いっぱいだったんですけどね」
仁科君とは粟瀬さんを通じてこれまでも何度か遊びに行ったりすることはあったそうだ。しかしカラオケでデュエットというのは僕に話したくなるほどに嬉しい出来事だったらしい。
「良かったじゃん」
「そ、そうなんですけど……それと同時に思うんですよね」
「何を?」
「私、これでいいのかなぁって……」
寂しそうに志津川さんはそう呟いた。
「あ、いや。その立花君が悪いとかじゃないんですよっ!? その、私が何もできてないなぁとかそういう話であってっ!」
そう口にする志津川さんに落ち度は一切ない。悪いのは僕だ。志津川さんに対して何も出来ていない。
志津川さんがこうして僕を、ひいてはボランティア部を頼ってくれているのに、現状僕らの計画は何も進んでいない。
でも、それと同時にこれでいいのかもしれない、と思ってしまう自分もいる。
志津川さんが悩んで、志津川さんが選んで、それで辿り着いた結果こそが魅力的な志津川さんに相応しい結末なんだと思うからだ。
僕なんかが彼女の人生に介入しようとすることがおこがましいこと。ただの善意とちょっぴりの欲で協力するにはやっぱりこの話は僕には重荷だったんじゃないだろうか。
「……どうしたんです?」
「いや、なんでも」
志津川さんは何事もなかったように僕を見つめてくれていた。
「もしかしなくても気にしてます? 計画が進んでいないこと」
「……そりゃそうだよ。現に志津川さんは仁科君と遊びに行ったりして距離を詰めてるじゃないか。志津川さんは志津川さんで頑張ってるのに、それに対して僕は何も出来ていない。それよりも何をしていいのかすら分かってない。申し訳なさで溺れそうだよ」
美少女に頼られて天狗になってる自分が恨めしくなってくる。しかし、そんな僕に向けて志津川さんは小さく口元を崩した。
「ふふっ……やっぱり良かった」
「良かったって、何が?」
「……なんでもないです」
そう言って視線を僕から逸らしてしまう。
ふと、志津川さんの笑顔を見ていると僕はあの日見た別の女の子の顔を思い出した。
(鳴海さんのこと、志津川さんに伝えてないな)
その子と出会った日のことを僕はまだ志津川さんに話していない。
別に気軽に口にしてもいいような気がしたのだけれど、なんとなくそれは鳴海さんに悪いような気がしたのだ。
「そう言えば仁科君、他の女の子とはどうなの?」
幸せそうな志津川さんを見て一瞬頭の中からその想いを消し去ろうとしてしまっていた。僕らの目的は言うなればある意味最高のバッドエンドだ。
彼女の依頼を果たすのならば、仁科君の想いの行く先は鳴海さんじゃなければならない。
「他の女の子、というと……柚子ちゃんや鳴海さんのことでしょうか?」
「うん。仁科君は粟瀬さんと幼馴染だし、今も鳴海さんとは何らかの関わりがあるんでしょ?」
「それは……そうですけど」
何やら言い澱む志津川さん。もしかしてその辺の事情は分からないのだろうか。
「柚子ちゃんとは相変わらずですけど、鳴海さんとはよく分からなくて……」
それもそうか。思えば志津川さんは彼女の存在は知っていても、彼女が仁科君とどんな関係かまでは知らないのだ。
僕は以前仁科君と美術室で直接話をしたけれど、それも志津川さんには黙ったままだ。本当のところ仁科君が鳴海さんにどんな思いを抱いているかなんて知る由もない。
「それもそうだよね」
仁科君は凄い奴だ。カッコよくて頭も良くて優しくて気の利く素敵な人間だ。だから彼に任せておけば鳴海さんのことも上手くやってくれるはず。
粟瀬さんのことだって彼ならしっかりと正面から向き合ってくれるはずだ。
だから僕は志津川さんの手伝いだけを真剣にやればいい。むしろ僕が余計なことをして彼らの関係性をいびつに歪めてしまうことが何よりも怖かった。
あの時はああ言ったけど、僕が鳴海さんに会うのはこの依頼には全くメリットにはならないだろう。
観測気球のことや仁科君の心動かした鳴海さんの描く空の絵は気になるけれど、僕の興味でこの話をかき乱すのは決してあってはならないことだ。
僕はあくまでも脇役。彼ら彼女の物語からしたら陰の存在だ。だから僕の役割はあくまでも志津川さんのサポートをすること。アドバイスとちょっとしたプランニング。それ以上は僕の出る幕では決してない。
「まぁ、なるようになるよな……」
「な、何がでしょう?」
「なんでも、だよ」
ただでさえ志津川さんの『依頼』は突拍子もない出来事なのだ。
だからこそ、その時の僕はこれ以上の出来事がやってくるなんて想像もしてなかったのである。
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