第14話 木漏れ日の下の祈り
「あれ、もしかして立花君ですか?」
待ち合わせにやって来た
「あ、あぁ……こんにちは、志津川さん」
休日の朝の駅は相も変わらず大勢の人で賑わっていた。
我が学園の最寄り駅である滝田駅は普段はスーツ姿のサラリーマンや学生服の若者たちで賑わっている。
しかし今日は土曜日という事もあり私服姿の人達の方が圧倒的に多く見受けられる。それでも人の数に変化が全く見受けられないのが困ったものだけど。
まぁでも、人が多い方がこの場合は何かと都合がいいだろう。
「教室とは全く姿が違うものでびっくりしてしまいました」
「志津川さんは相変わらず私服姿でも可愛いね」
「……もう、そういうことを気軽に口にする人は嫌いです」
当然のことを告げただけなのになぜか拗ねられてしまった。
しかしこれに限っては志津川さんが悪いという事だけは弁明させてもらいたい。なぜならば彼女の今日の衣服は白のブラウスに淡い水色のロングスカート。
普段の制服姿とはまた違ったその立ち姿に思わず道行く通行人も見惚れる始末だ。
木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中だ。これだけの容姿の人物がいて、更には人通りもまばらだった場合逆に目立って仕方がなかっただろう。
「立花君も教室での雰囲気とは随分違いますね」
「そりゃあね。誰かに見られるのも覚悟しなきゃいけない場面だし」
こんな美少女の横を歩くのだ。
それにふさわしい格好でいたいし、もう一つの理由としてはそこにいるのが僕であると出来るだけバレたくない。
「教室でもそうしていればもっとカッコいいのに」
志津川さんに褒められてしまった。これは我が妹には後で何でも好きなものを奢ってやらねば。
「普段から肩ひじ張って生きていくのは疲れるんだ」
「じゃあ今日は私のために肩ひじ張らせてしまったのです?」
「男には肩ひじ張って生きなきゃならない時があるんだ。今日がその時だってことだよ」
「そ、そうなのですか……」
ごめんよ志津川さん。これは僕のある種の見栄なんだ。
「さて、あまりここで立ち話もをするのもなんだから、少しずつ歩こうか」
「ええ、目的地は八雲神社でしたっけ?」
「駅から少し歩くから、ゆっくりと話しながらでも行こうか」
今日の目的地である八雲神社は我が桑倉学園とは反対方向に位置している。
滝田市を縦に大きく貫くように流れている千歳川はその恰好から市内を東西に大きく分断している。滝田駅はその西に存在し、我が桑倉学園は方角的にその更に西に位置する形だ。
逆に八雲神社は駅から東側。千歳川に架かる大きな橋を一つ超え、更にその向こうにある住宅街の丘の上に存在している。
徒歩で歩くと滝田駅からは20分程だろうか。予報通り天気も良いし歩くには悪くない気候だった。
「雨、降らなくてよかったですね」
「天気予報見て決めたからね。下見は近いうちに必要だと思ったし」
先ほどからすれ違う人がちらちらとこちらへ露骨に視線を向けてくる。
もちろんその先にいるのは僕の隣を歩く志津川さんであることは一目瞭然だ。若い男性はともかく杖をついて歩くご老人に至るまで、とかく彼女の魅力に年齢は関係ないらしい。
「そういえば今日の格好、立花君のコーディネートですか?」
ふと、志津川さんが僕の方を見ながらそんなことを尋ねてきた。ここはバッチリ「今日のために自分で考えたんだ」なんて答えられたらよかったのだが、お生憎と今日のこれに関しては僕の手は一切入ってない。
「家族のアドバイスだよ」
「ご家族?」
「うん。こういう時頼りになる妹がいるんだ」
服飾やメイクへの興味が尽きない我が妹はその興味が行き過ぎたせいか最近他人を着飾ることにも凝っているらしい。
出かける間際、僕に対して「私、才能あるかも……」と意味深に呟いていたことは記憶に新しい。
「素敵な妹さんですね」
「結構口うるさいけどね」
他の兄弟を知らないが、僕らの兄妹仲は自分で言うのもなんだけど比較的良好な方だと思う。雫梨は見た目も良いしモテるから、その点に関しては僕とは全く正反対の兄妹なんだけど。
「……いいなぁ」
ふと、志津川さんは羨むようにそう呟いた。
「私、一人っ子なんです」
そう言えばもうちょっと幼い頃の雫梨は今より随分と生意気だったと思う。毎日しょうもないことで言い争って、一人っ子が良かったと思ったことも懐かしい。
今でもたまに思うけど。
とにかく隣の芝生は青い。そう言った奴なのだろう。こればっかりは持たざる者にしか分からない。
「お父様の仕事の都合で昔から転校ばかりで。その度に友人と離れ離れになってしまって……。だから年の近い兄弟が居たらそういった寂しさも少しは紛れたのかなっていつも思ってました」
「そういえば志津川さん、ここに来る前は九州に居たんだっけ?」
「はい。だから幼馴染とかも羨ましいなぁって」
そう口にした志津川さんの視線は僕の知らない遠くの何かを見ているようだった。
「もうちょっとで着きますか?」
話題を強引に逸らす様に、志津川さんの明るい声が一つ鳴る。
「うん。あの坂から上に上がれるんだ」
いつの間にか駅から大分歩いてきていたらしい。目の前には高級住宅街が立ち並ぶ小高い丘が見えてきた。
その麓を少し脇に逸れれば頂上まで続く細い坂が現れると言う訳だ。
「ちょっときつい坂だけど、もう少しで着くから」
「ではもう一息、頑張りましょう!」
普段から運動神経のいい彼女には余計なお世話だっただろうか。ここまで歩いてくるのに僕は既に若干の疲労感を滲ませているというのに、見れば志津川さんの方はこの程度なんてことないといった様子だ。
「ここが……」
坂を上り切るとすぐに目の前には鳥居が一つ現れた。
八雲神社。年始にテレビで見るような大きな神社と比べると幾分も見劣りしてはしまうが、それでもこの地域には古くからある由緒ある神社である。
詳しい歴史は知らないが、綺麗に清掃が行き渡っている境内や敷地内に立ち並ぶ小さなお堂のお供え物を見るに地域の人々には非常に大切にされているらしい。
小学校のときなんかは家からそこそこ近いという事もありよく遊びに来ていた記憶がある。
梅雨の貴重な晴れ間に差し込む木漏れ日が、敷地内全体をぼんやりと明るく照らして幻想的だ。
「……素敵なところですね」
鳥居の前で小さく一礼をして参道の脇を歩き始める志津川さん。それに続いて拝殿を目指すと神社を囲む木々の間から柔らかな風が通り抜けた。
その風の心地よさに思わず人心地を付いているといつの間にか志津川さんが静かにお社に向けて手を合わせているのが眼に入る。
(今、あの人は一体何を願っているんだろう……)
横に並び五円玉を賽銭箱へと投げ入れる。ちらと隣を覗き見ても、その美しい横顔からは志津川さんの願い事を伺うことは出来なかった。
「さて、さっそく下見と参りましょう!」
お参りが済んだ志津川さんが僕の手を取りはしゃぎ声をあげる。
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