第13話 シスターズ・アテンション
週末は思ったよりも早くやって来た。
金曜の学校も終えてすぐさま自宅へと帰宅を果たした僕は早速自宅で頭を悩ませていた。
「……いや、これ何着ていけばいいんだ?」
僕の目の前には今、クローゼットから引っ張り出してきた私服がこれでもかと言わんばかりに並んでいる。
最初はベッドの上に丁寧に並べていたものの、結局それだけではスペースが足りずに床の上にまで侵略してきた次第だ。
どうして僕がこんなことをしているのかというと、いよいよ明日は
明日は朝10時に最寄りの滝田駅で待ち合わせ。そこから歩いて八雲神社へと向かうというスケジュールだ。事細かに詳細なんて決めちゃいない、本当に知り合いと出かけるだけの何の変哲もない土曜日。
そう聞くと一見明日着ていく服になぜそんなに悩んでいるのかと思うかもしれない。これがカズやクラスの男連中と一緒だったら僕もこんなに悩んでいない。
問題は出かける相手が志津川さんで、しかもふたりっきりであるということだ。
当然僕も志津川さんもこれがデートであるという認識なんてない。むしろ僕は決してそんな思い上った勘違いをしてはいけない。
しかし仮にも志津川さんの隣を歩くのだ。彼女の恥にならない格好をしていくのはむしろ最低条件だ。
(……というかそもそも歩いているのが僕だとバレていいのか?)
恥ずかしい格好をしないようにしようというのは重々承知の上だった。それはもちろんそうなのだが、そもそも志津川さんと一緒にいるのを見られるのは問題なのでは?
志津川さんは仁科君に想いを寄せる身。これでもし変な噂が流れて見ろ。僕はともかく傷つくのは志津川さんだ。
……マズいな。それだけは避けなければならない。
「困ったな」
こういう時頼れる親友には事情を話すことは出来ない。あれこれと言い触らす奴ではないというのは信じているが、念には念を入れなければならないのだ。
「いつ
そんな時だった。
ガチャリと子気味のいい音とともに僕の部屋の扉が開かれる。それと同時に開いたドアの隙間からひょこりと可愛らしい顔がこちらを覗き込んだ。
「うげっ、なんかゴソゴソと音がしてると思ったら……服並べて何してんのさ!?」
そこに居たのは我が愛しの妹、
「雫梨、ドア開けるときはノックぐらいしてよ」
「そ、それはごめん。だけど実の兄が部屋中に服広げて困惑してるのを見せられる身にもなってよ!」
どうやら夕飯の支度が出来たようで僕を呼びにわざわざ二階の部屋まで来てくれたらしい。
我ながら出来た妹だ。だからこそこんな訳の分からない状況を見せてしまって申し訳なさで一杯でもある。
「……出かけるの?」
「……まぁ」
「女の子?」
「………まぁ」
ため息一つ。雫梨の呆れ交じりの声が響いた。なんというか、我が妹ながら察しがよすぎないか。
「全く。不出来な兄を持つと困っちゃうなぁ」
「助かるよ」
「ご飯食べた後にでも手伝うよ」
そんなこんなで夕食後、再び雫梨は僕の部屋へとやって来た。
「最近カズ君来ないじゃん」
「あいつも忙しいから」
雫梨は僕の親友であるカズとも古い顔見知りだ。中学時代はお互い帰宅部という事もあり放課後よくうちで遊んでいた。最近は彼女が出来たせいもあり若干僕とは疎遠な気がするけど。
「彼女も出来たしなぁ」
「……えっ、カズ君彼女出来たの!?」
なんでこいつがショックを受けているのかは不明だが、とりあえず僕は今回の事のあらましをざっくりと雫梨へと話すことにした。
依頼の件と、出かける相手が
雫梨は一つ下の妹で、最寄り駅が一つ隣の青ヶ峰高校に通っている。
当然、雫梨が志津川さんの名前を知っていてもおかしくない。なればこそより一層一緒に出掛けるのは彼女であるという事を告げる訳には行かなかった。
「でも珍しいね。いつ兄が女の子と出かけるのにそんなに服装に悩むなんて。もしかしてあの時の先輩?」
「あの時のって……西園寺部長の事?」
「かなぁ? あのちっちゃくてかわいい先輩」
そういえば以前、ボランティア部は浮気調査の依頼を受けたことがあった。曰く『最近彼氏が自分に黙ってコソコソと何やらやってるらしい。別に女が出来たに違いないから証拠を掴んで欲しい』といった依頼だった。
まぁ、蓋を開けてみると彼氏さんは彼女の誕生日のためにコツコツとアルバイトをしていたというのが真実だったのだけれど。
そういえばその時の変装を確か雫梨に見てもらったことがあった。
「そんなこともあったっけ」
「あのときのいつ兄、完全に中学生を誑かす悪い大学生だったけどね」
「酷い言い草だ」
部長と二人で駅前を歩いているときにやたらと視線を集めたのはそのせいだったのか。
「あの時の格好でいいじゃん」
「あれかぁ……」
確かにあの時の僕は全くと言っていいほど別人だった。それならば志津川さんといても僕だとバレることはないだろう。
「もしかして気に食わないの?」
「悪い大学生なんだろう?」
「あれは髪型が悪いだけだから」
たしかあの時髪型を整えてくれたのは雫梨だったはずなんだけど。
「今度はまともな髪型にしてよ」
「あれ、気にしてたんだ」
「先輩と待ち合わせした時、10分以上笑われたからね」
「そりゃ災難だったね。ほんじゃ、これとこれ着て」
思い出話に花を咲かせながらも、妹は淡々と部屋中に並べられた服の中からいくつかを選び取っていた。
「……あの、着替えるんだけど」
「私たち兄妹だよ?」
「年頃の妹の前で生着替えとか死んでも嫌なんだけど」
「……はいはい、言ってな」
雫梨が部屋を出ていくのを確認すると、僕はすぐさま渡された私服に袖を通した。
「悪くないじゃん」
部屋の外で待つ妹へと声をかけると、彼女は開口一番に満足そうに頷く。
「後は髪型だね……。ちょっと待ってて」
それから雫梨はすぐさま自室へと戻ると、何かを手に持って戻ってきた。
「なにそれ」
「男性用のヘアムース」
「なんでそんなもん持ってんの?」
「……部活で使うからね」
文芸部に所属している雫梨がヘアムースを、しかも男物のそれをどう使うのかは踏み込んではいけない領域のような気がした。
「んじゃ、座って」
「え、今やるの?」
「どんな感じか先に見ておきたいでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけど……。まだお風呂入ってないから結局落ちるよ?」
「明日またやったげるよ」
そう言って雫梨は何やら意味深な笑みを浮かべた。
それから数十分。僕は有無を言わさず姿見の前に座らされ、ただなすがままに血の繋がった妹に髪の毛を弄り回されるというよく分からない時間を過ごすことになる。
「うん、いいんじゃない?」
満足そうに一つ頷くと、我が妹は小さく鼻を鳴らす。
「これなら我が兄がどこに行っても恥ずかしくないね」
雫梨の言う通り、姿見にはまるで別人のように見える僕が映り込んでいる。
そんなこんなで上機嫌になった僕が志津川に明日の予定を連絡し損ねていたことに気づいたのは、意気揚々とベッドに入っていざ瞼を閉じた時のことだったのである。
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