第12話 下見の提案

「下見とかどうかな?」


 仁科君とのやり取りがあって数日後、ボランティア部の元へと訪れた志津川しづかわさんへと僕はある提案をした。


「下見……? なんのです?」


 彼女からしたら唐突になんのこっちゃという話である。でも、これもきっと僕らの計画にはとても重要な提案のはずだ。


「花火大会の下見だよ」

「……あ、あぁ!」


 最初は何を言われているのかと困惑していた志津川さんも、直ぐに僕が何について話しているのか合点がいったようだ。


「確かに、あと一か月とちょっとですもんね」


 そう口にする志津川さんの視線の先には壁にかけられたカレンダーがあった。


 六月も上旬を迎え、ここのところ雨の予報が多くなっている。しかし今週末は珍しく予報欄には明るく輝く太陽の絵がひょっこり顔を出している。


 下見をするには最適な日和だろう。


「そっか、私そこで仁科君に告白するんですもんね……。それで、下見というのはどこに?」


 僕らの街には南北に長く街を二分する千歳川という大きな川が流れている。


 その中流の河川敷では毎年夏の花火大会が開催されていて、毎度多くの来場客で賑わっていた。


 夏、お祭り、夜空の下、花火。まさに告白にうってつけのシチュエーションと言っても過言じゃない。そこにさらにもう一つ、とっておきのスポットに僕は心当たりがあった。


八雲やくも神社って知ってる?」

「やくも、じんじゃ……ですか?」

「うん。河川敷の少し上流に小さな丘があってさ。その頂上にある神社なんだけど……」

「ごめんなさい、私この辺の地理には疎いもので」

「あぁ、そう言えば」


 確か志津川さんは通学に電車を利用している。お金持ちの娘というと高級車による送迎を想像してしまいがちだけど、流石にそこまで創作物の世界ではないらしい。


 つまり、志津川さんの自宅はここから少し離れたところに存在している。この街の地理に疎くてもそれは当然のことだ。


「立花君はご自宅が近いんでしたよね?」


 普段教室では一切言葉を交わさない僕らだが、こうして放課後に二人っきりでいると自然と他愛ない話も増えていく。僕が毎朝学園まで自転車で通っているという話も少し前に彼女と話したばかりだった。


「この辺の地理にはそこそこに詳しいとは思うよ」

「それでわざわざその神社まで下見に行こうというのは、何か目的が?」

「うん。花火大会当日、志津川さんには八雲神社で仁科君に告白をしてもらおうと思うんだ。だからその場所がどんな場所か事前に知っておいたほうがいいかなって」


 『告白』という人生においての一大イベントは誰にだってそう何度も訪れるものじゃない。


 だからこそ、だ。志津川さんの想いを仁科君に、そしてなにより志津川さん自身に刻むためにも告白をするスポットというのは大切だ。


 志津川さんが仁科君にアプローチをしていることは聞いている。


 僕の知らないところで世界は動いているものだし、僕の知らないところで誰かと誰かの心は繋がっていく。


 それは当然のことであり、僕が出来るのはそのサポートをすることぐらい。


「わざわざそんな場所を調べてくれたのですか?」

「ん、あ、まぁ……」

「それはまたどうして……?」

「そ、それは志津川さんが僕の依頼者だからに決まってるじゃないか」


 『桑倉学園ボランティア部心得 他者の力となれることを誇れ』


 今も部室の壁に貼られているそれは、先々代のボランティア部部長が書いたものだと西園寺部長からは聞いている。


 僕なんかを頼ってくれた志津川さんの為に精一杯のことをしてあげたいと思うのは当然のことだ。それと同時に、依頼なんてもの抜きにして僕自身が彼女のために動きたいと思っているのも真実だ。


 前者はともかくとして、後者は決して口に出来そうにはない。


 先日の仁科君とのやり取りの一切を僕は志津川さんには話していない。それは仁科君への義理であり、そして何より志津川さんのことを慮ってゆえのことだ。


「それならばいいのですが……」


 僕と志津川さんの計画は言うなれば敗戦処理だ。どう美しく負けるのか。散り際にどう咲いて見せるのか。


 例えば将棋の棋士なんかは、決着を受け入れた後にも美しい形が残る場面まで将棋を指すことがあるのだとか。


 その振る舞いはある種の美学。負けヒロインの負け際だってそれと同じなはずだ。


 なればこそ、その散り際に相応しい盤面だって必要に違いない。


「立花君にはお世話になってばっかりです」

「そんなことないよ。僕がただ志津川さんの手伝いをしたいだけだよ」

「……なんだか申し訳ありません」


 照れくさそうに、それでいて面目無さそうに表情を崩して見せる志津川さん。


 仁科君と話したとき、僕はこんなに可愛くて性格も素敵な人の恋心がどうして実ることが無いのだろうと悔しさを感じた。


 それは今も変わっていない。


「気にしないでよ。僕が好きでやってることだからさ」


 でも……、いや、だからこそ、そんな人が望む未来には全力で僕は手を貸していきたい。


「……では、ふつつかながらお願いいたします」

「いえいえっ、こちらこそお願いしますっ!」

「いえ、最初に依頼をお願いしたのは私ですし、立花君からお願いをされるようなことなんて何もっ!」

「それでも、ですよ! 志津川さんみたいに素敵な人の手伝いが出来るなんて、まさか思ってもいなかったし……」

「す、素敵……ですか?」


 しまった、つい本心が漏れてしまった。


「ほ、ほらっ、皆そう言ってるし!」


 志津川さんがこんな言葉を言われたことは一度や二度じゃないはずだ。なんなら聞き飽きていたって不思議じゃない。


「でも、立花君から言ってもらったのは初めてです」

「それはその……。まぁ、そうだけど」


 恥ずかしながら、僕はそういったことに慣れているような出来た人間じゃない。言う方も言われる方も僕の人生じゃレア中のレアだ。


「僕なんかに言われたって嬉しくないでしょ?」

「そんなことはありませんよ。嬉しいです」


 ほら、またそうやって男の心を弄ぶようなことを口にするんだから。そんなんだからいつまで経っても本命以外の男が寄ってくるんだ。


「……仁科君にもそれぐらい堂々と笑いかけてやればいいのに」

「それはその……ま、また別の話ですっ!」


 これだけ堂々としていたって、本当に好きな男の前では志津川さんもいつも通りとは行かないらしい。


 全く世の中はままならない。美少女から向けられる笑顔の価値にも差があるとは。


「じゃ、週末の予定を決めようか」

「……立花君、何か不満そうですけど」

「そんなことはないよ。ただ僕は世の中の不平等さを嘆いてるだけだよ」

「ほら、やっぱり何か不満なことがっ!?」

「……ノーコメントで」


 こうして僕と志津川さんは、週末に八雲神社の下見に行くことになったのである。

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