第8話 負けヒロインさんは良くモテる
癖のある人。
僕がそう認定してしまった
そう改めて思い知らされたのは、昼休みにカズとのじゃんけんに負けて飲み物を買いに行っていたときの出来事が理由だ。
「あれは……志津川さん?」
我が桑倉学園の東棟と西棟の間には、25mプールがすっぽりと一つ収まってしまうほどの大きさの中庭が存在する。
校舎の三階ほどの高さの木々が数本と、ベンチがいくつか。それと園芸部が毎日丁寧に管理をしてる花壇が二つ。
そんな花壇の向こう側。名前も知らない綺麗な花たちの向こう側に、我が学園の高嶺の花は咲いていた。
「と、あれは……誰だろう」
中庭でも一番大きな広葉樹の下。そこには志津川さんと向かい合う一人の男子生徒の姿があった。
桑倉学園の制服はネクタイの色が学年で異なる。それを見るにあの人は三年生と言ったところだろう。
「……相変わらずだなぁ」
全く世の中はままならない。志津川さんみたいにモテるやつはモテるし、僕みたいにモテないやつはどこに行っても縁がない。
「そりゃ志津川さんは次元が違う」
パシられた飲み物を渡しながら、僕は先ほどの中庭での出来事をカズへと話した。
僕がモテない男であるという点については、プライドが話すことを許さなかったけど。
「言いたいことは分かるけどさ」
志津川さんはモテる。本当にモテる。高嶺の花という比喩表現ですら似合わないのでは、と思うくらいにこの学園の男どもは彼女に手を伸ばしたがる。
だけど未だにこの世界で高嶺の花を手にすることのできた男の存在を僕は耳にしたことが無い。
「なんだ、一樹もやっぱり志津川さんが気になってるじゃんか」
「そんなんじゃないよ……」
全く気にしていないか、と言えば嘘になる。
だってそれは彼女が僕の依頼人だからだ。彼女の恋愛事情が気になるのは別におかしい事じゃない。
「……まぁ、お前がそれならいいんだけど」
そう言ってカズは紙パックのイチゴミルクを勢いよく吸い上げた。
「っと、噂をすれば我がB組の姫のご帰還だ」
ふと、カズの視線が教室入口へと向かう。つられてそちらに視線を移すと、志津川さんがどこか照れくさそうな顔をしながら友人たちの元へと歩みを進めるのが見て取れた。
うん、やっぱり可愛い。
我がB組の姫。そうカズが称したのも納得だ。
すらりと伸びた手足にちょこんと乗った可愛らしい顔。そこから伸びるサラサラの髪が彼女の魅力をこれ以上ないほど引き立てている。
それほどの容姿を持ちながら、愛想もいいし勉強もできる。それに運動だって得意だ。二次元からやって来たと言われても思わず納得してしまいそうな彼女の魅力に抗える男が一体世界にどれだけいようか。
まぁ、少なくともこの学校には一人、その魅力でも落とせない男がいるのは確かだけど。
「琴子ちゃーんっ!」
そんな時だった。
明るい声と共に志津川さんに抱き着く少女が現れた。
「ゆ、
驚く志津川さんの口にした通り、そこに居たのは隣のクラスの
明るくて愛嬌のある子で友人も多い。今もB組の女の子たちと軽く挨拶を交わしながら、それでもなぜか志津川さんに抱き着いたままだ。
「へっへー。今日、一緒にカラオケとかどうかなって!」
「カラオケですか……」
他愛のない友人同士の会話が聞こえてくる。
(そう言えば、志津川さんは粟瀬さんの気持ちを……)
ふと、志津川さんが初めて僕の元へと相談事を持ち込んできた日のことを思い出した。
「あの様子じゃそういう事なんだろうなぁ」
「ん、何がそういう事なんだ? ってか女子を見ながら何やら意味深な顔を浮かべてるのは正直言って気持ち悪いぞ」
「なっ、僕はそんなつもりじゃなくてっ!」
カズに指摘されて初めて、僕が思ったより彼女達に意識を向けすぎていたことに気づく。
確かに女の子たちが仲良くしているさまを見ながらブツブツと独り言を呟いているのは正直かなり気色の悪い光景だ。
「……そんなつもりじゃなかったんだけど、一応気を付ける」
友人としてそれを指摘してくれたカズには感謝をしておこう。
「しっかしなぁ、また珍しいな。リアルの女の子にはあまり関心が無かったんじゃないか?」
「それ、僕の事?」
「他に誰かいるのかよ。いっつもお前の口から出てくる女の名前は二次元の女の子ばっかりじゃねぇか」
やばい、正直心当たりしかない。
「で、でもカズにもうちの学園の女の子のことを聞いたことあるだろう!?」
「依頼絡みで、な」
「あ、あぁ……そうだった」
粟瀬さんの比にならないほど目の前の金髪陽キャ野郎には顔見知りが多い。それも学園の内外、老若男女問わずである。
天性の才能が為せる業か、それともこいつ自身の努力の結晶か、それは定かではないけれど、僕はカズの人脈と知識に何度も世話になっていた。
「まぁ、僕にもたまにはリアルの女の子に興味が出ちゃうこともあるってことさ」
「それがよりにもよって志津川さんとはね。彼女も罪作りな奴だ。一樹にゃあの女は落とせんよ」
「だ、だから興味が出たってのは別に好きとかそういう事じゃなくて!」
「あっはっはっ、分かってるって」
志津川さんのことを好きか嫌いかと問われたら、僕は間違いなく自信をもって好きだと答えることが出来るだろう。
だけどそれは恋愛的な好きという意味じゃなくて、一人の人間として彼女のことを好ましいと思っているという事。
恋心のために精一杯の努力を続ける彼女を、僕は心から尊敬してる。
「ってことで琴子ちゃん、また放課後に」
「わかりました、柚子ちゃん」
明るい声と共に粟瀬さんが教室から去っていくのが眼に入った。
その背中をどこか慈しむかのように、それでいて悲しそうに見つめる志津川さん。
「また志津川さんのことを見てるぞ、一樹」
「……見えてなんかないよ」
きっと僕の目に映っているのは
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