第5話 僕らの最強計画
放課後、相も変わらずボランティア部の部室には校庭から飛び込んでくる運動部の声が響いていた。
しかしそんな部室にも普段とは違う点が一つだけ。
「それで立花君、一体どんな壮大な計画を思いついたのでしょう!」
期待に胸を膨らませる、とびっきりの美少女が一人僕の対面に腰を下ろしていることだ。
「あの、志津川さん……僕からの連絡見てくれた?」
結局あの後どれだけ頭を捻らせたところで僕に名案は浮かばなかった。『
「放課後ボランティア部の部室に来てくれ、ですよね! つまりそれは立花君には私を最強の負けヒロインにする尊大で壮大な作戦が思いついたという事!」
そう言えばこの前から一つ気付いたことがある。
志津川琴子。学園のアイドルで男子生徒の憧れを一心に集める彼女には一つだけ欠点がある。
それは思ったよりもこの子はアホの子であるという事だ。
「どうしてそういうことになるのさ……」
「だってボランティア部は持ち込まれた全ての依頼を完遂するって聞きましたっ!」
確かに志津川さんが口にしたことは事実だ。
ボランティア部にはこれまで学園の内外問わず様々な相談事が持ち込まれてきた。まぁ、持ち込んだのは大概あのとんちき部長なのだけれど。
「それはそうだけど……かといってそれが全部翌日にまるっと解決しました、なんてことは……」
あったりもしたけれど、この場合は誤魔化したほうがいいだろう。
「……い、一回も無かったと思うよ」
「少なくとも一回はあったんですね」
ダメだ、この人にはそんな小手先の誤魔化しは効かないらしい。
「と、とにかく志津川さんの場合は依頼が依頼なんだよ。正直どうしていいか分かんないし、そもそも志津川さんの言う『最強』ってなに?」
「あっ」
なんのあっ、だよ。
「…………確かに」
この人、今それに気づいたみたいな顔しやがったな。
「もしかしなくても勢いで言ったなんてことないだろうね?」
「いやいやいやいやいや、そんなことがある訳が無いじゃ無いじゃないですか!」
どっちなんだよ。
「さ、最強は最強なんですっ!」
何かを誤魔化すように志津川さんがその整った顔をぐいとこちらに寄せてくる。まぁ、その誤魔化したい何かは分かり切っているんだけど。
「分かった! 分かったから離れてっ!」
もしこんな場面を誰かにでも見られてしえば、僕は明日から学園内を平然と歩くことが出来なくなるだろう。ある時は草葉の影に隠れ、ある時は誰かに変装し、ある時は闇夜に紛れて生きるしか無くなってしまうのだ。
ううむ、いつの間にかクローゼットの奥にしまい込んでしまったステルスゲーを再び取り出す時が来たのかもしれない。
伝説の傭兵に世を忍ぶ方法を教えてもらわなければ。
「……もしかしなくても、余計なこと考えてます?」
「そんなことある訳ないよ」
僕にとっては平穏な学園生活が送れるか否かの瀬戸際なのだ。余計なことであるはずがない。多分。恐らく。メイビー。
というか志津川さんはもうちょっと僕にその、手心を加えてくれてもいいんじゃないだろうか。
これはもう可愛いの暴力だ。自覚があるのか否かは不明だが、こうも押しつけがましく可愛いを寄こされる身にもなってもらいたい。
まぁ、それもこれも志津川さんが僕のことを何とも思ってないが故に出来る芸当なんだろうけど。
「それで、結局立花君は名案は浮かばなかったのです?」
「……申し訳ないけどその通り。最強どころかそもそも負けヒロインにするってのもよく分かってないんだ」
これなら恋愛相談の方がよっぽどマシだったと今なら言える。志津川さんと仁科君を恋仲に。こっちのほうがよっぽどビジョンが見えるってもんだ。
だってその相談内容だと結局志津川さんは――
「私の顔に何かついてます?」
放課後の部室は窓から差し込んだ陽の光でぼんやり赤く染まっている。
志津川さんは、西日の似合う綺麗な人だった。
「そ、そう言えばっ、志津川さんに一つ聞きたいことがあったんだっ!」
思わず見惚れてしまった事を誤魔化す為に、僕は咄嗟に朝の出来事を志津川さんへと話すことにした。
「なんでしょうか?」
「志津川さんは『君と彼女の秘密結社』って知ってる?」
「もちろんっ! 加納璃子ちゃんは私の
良かった。璃子ちゃんの良さを理解出来る人類はどうやら僕だけじゃなかったらしい。
「キミケツの良さは璃子ちゃんがあるからこそだといっても過言ではありませんっ!」
「だよねっ! 流石志津川さん、分かってる!」
「そんな立花君こそ、分かってる人ですね!」
僕らの視線が重なり合う。どちらからとも言わず伸ばされた手ががっちりと組みあった。所謂友情の証という奴である。
「璃子ちゃんの魅力はあの献身的な立ち振る舞いなんです!」
「そーなんだよっ! 主人公のことを一歩後ろから見守るあのポジションっ! 好きな男が自分以外の女の子のために動こうってのに、それを支えようと頑張る甲斐甲斐しさがまたたまらなくてっ……」
自然と僕の語り口調にも熱が入る。オタクというもの、自らの好きなことに熱が入らなくていつ熱くなるというのか。
「花火大会のシーンなんて私、ボロボロ泣いちゃいましたっ! 夜鷹ちゃんの元に主人公を行かせるために発破をかけるシーンっ!」
「あぁ、名シーンだよねっ! 主人公が去ったときにどこか寂しそうにその背中を見つめる璃子ちゃん……。まさしく負けヒロインの鑑っ! あの時の璃子ちゃんの涙……。思わず僕ももらい泣きしちゃったよ!」
「ええ、あの涙からは良い栄養素が摂取できました!」
拳を握り思わず立ち上がる志津川さん。
「栄養素?」
「負けヒロインの涙からしか摂取できない特殊な栄養素がありますよね?」
ある。負けヒロインの涙からしか摂取できない特殊な栄養素は確かにこの世界に存在している。そして僕も志津川さんもその栄養素が無いと生きていけない人種だ。
まぁ、それを一般常識みたいに語られても困るのだけど。
「そうか……っ!」
そして僕は思いつく。先ほどの名シーンに倣えば、志津川さんは最強の負けヒロインとしての結末を迎えられるのではないか。
「ねぇ志津川さん」
「どうしたんですか?」
「一つ、僕たちの目標を定めようと思うんだ」
計画には目標が大切だ。
「目標って……?」
僕らが行きつく先。それが一体どこに向かうのか。それがあってこそ計画は計画足りえるのだ。
「終業式の翌日に
「え、えぇ……。お父様から話は聞いたことがありますけど……」
この滝田市を南北に大きく貫く千歳川では毎年大規模な花火大会が行われる。この街の夏の風物詩ともいえるそこでなら、きっと僕らの計画はグッドエンドを迎えることが出来るだろう。
花火に照らされて輝く美少女の涙。どんな宝石よりも負けヒロインに似合うに違いない。
「そんな場所で志津川さんが仁科君に告白する」
それが僕らの最終計画。
「そしてそこで私は仁科君に振られるんですね……」
「そしたら志津川さんは最強の負けヒロインだ」
それをもって志津川さんの相談事は晴れて完了となる。
「……やりましょう、立花君」
いつの間にか彼女のその整った顔に、『覚悟』の文字が浮かんでいた。
「全力で協力するよ」
花火大会まで一か月と半分。僕らの『最強』を目指す第一歩がようやく始まった。
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