第4話 盟友を探して
「くぁああ……やっぱり可愛いっ……っ」
志津川さんの相談事がボランティア部の元へと持ち込まれて数日が経ったある日の朝、僕は教室の片隅でスマホを片手に小さく悶えていた。
スマホの画面に映っているのは僕の愛読書でもある『君と彼女の秘密結社』。ヒロインの秘密を知ってしまった主人公が、そんなヒロインを守るために東奔西走するラブコメディだ。
週刊誌で連載が始まって5年。今やこうしてネットでも閲覧が可能となっている。キミケツの大ファンである僕の部屋には当然ながら単行本が全巻揃っているし、なんならこうして出先でも読めるようにスマホにデータが入っている。
「に、しても……負けヒロインになりたいねぇ」
そんなキミケツを眺めながら、僕は教室でぼんやりと彼女の相談事について考えていた。
最強の負けヒロインになりたい。それが学年のマドンナ、
彼女がその子たちに憧れる理由は十分に分かる。そして、僕がそんな彼女の力になってあげたいことも。
しかし――
「どーしていいか分かんないよなぁ」
これに尽きる。『最強』の『負けヒロイン』というのがそもそも謎だ。ただの恋愛相談ですらハードルが高いってのに、更には自分を最高の状態で負けさせろ、なんてどうしていいのか分かりやしない。
参考になるかも、と思い昨日の晩からキミケツを読み返してはいるものの、改めて分かったのはサブヒロインの
周囲の評判だけを見るならば志津川琴子という少女は最強だ。
容姿端麗、学業優秀、品行方正にそこにおまけのように実家が金持ちときたもんだ。まさにこの桑倉学園の男子たちの憧れと言えよう。
しかし僕たちの抱く最強と彼女の思う最強には多分、というよりかなりの誤差が存在する。
スマホを机の脇に放り投げ、僕らの計画を書くべく新調したノートを机に広げる。三人の女の子の名前だけが書かれたそれが、この計画の進捗の悪さを如実に語っていた。
「どーしたもんかなぁ……」
途方に暮れて机に倒れ込む。そんな時だった。
「よっ、今日も夜更かしか?」
聞き慣れた声が机に突っ伏した僕の頭上からかけられた。
「カズ……」
そこに居たのはクラスメートの
スタイルのいい上背と整った顔つき、更には自称地毛の金髪頭。その容姿と明るくて人当たりのいい性格が相まって、内外を問わず友人が多く存在する。まさにモテる男の見本みたいな人間だ。
地味で一見目立たない僕が、なぜこんな陽キャの鑑のような男と友人なのか。
それはこいつが小学校の時からの腐れ縁だからである。
「またあれか、遅くまで漫画でも読んでたんだろう?」
ご明察。僕のオタク趣味は当然こいつも承知の上で、しかしそのうえでこいつは僕と他の友人を差別することなく付き合ってくれる。
友達を作るという点においては他人より一歩も二歩も後れを取る自分にとって、カズの存在は非常にありがたいのである。
「あんまし夜更かしすんなよ」
「そりゃ分かってるけどさ……」
事情が事情だ。
僕はただ自分の趣味にかまけてキミケツを読み返していたわけではない。この作品の中に志津川さんの相談事の役に立てそうなことが眠っているんじゃないか、そう思ったがゆえに僕は本棚からこの本を手に取ったのだ。
しかしどうやらその苦労は水泡に帰してしまったらしい。
今のところ僕はキミケツからなにもヒントが得られない。
「そういえばさ……」
ふと、僕は気になってカズへと質問を投げかけることにした。
「カズはキミケツで誰が好き?」
僕は以前キミケツをカズへと薦めたことがある。こいつに「何か面白いマンガを貸してくれ」と頼まれたときに渡したのがこの本だ。
「そうだなぁ……やっぱ
カズが上げたのはこの物語のメインヒロインの名前だった。
「やっぱりそうだよなぁ……」
『君と彼女の秘密結社』はこの夜鷹の秘密を主人公が知ってしまったところから物語が始まる。夜鷹のとある秘密を守るため、主人公は学園内だけでなく街中を駆け回るのだ。
夜鷹は物語のメインヒロインだ。どこかつっけんどんな態度も、主人公の優しさに触れた時にふと柔らかくなる表情も、そして彼女自身の意志の強さも、確かにそのどれもが魅力的だ。
流石人気投票一位。その可憐な容姿も相まってその人気は不動だ。なんならマブダチ先生の描いた一巻の表紙を見て、この本を手に取った人も大勢いるだろう。
分かる。確かにカズの言いたいことは分かる。それでも僕は――
「理解……されないよなぁ……」
僕の虚しい呟きに、しかしカズは不思議そうに首を傾げるのみだった。
「お、志津川さん」
カズの視線でそちらを向くと、教室前方の扉から志津川さんが入ってくるのが目に入った。
相も変わらず可憐な立ち姿はまさに男子の羨望の的。クラスメイトに向ける些細な挨拶すら絵になって見える。
僕が再び視線を落とした先には、スマホの画面に映り込むキミケツのサブヒロイン、加納璃子の儚げな微笑みがどこか寂しそうに顔を覗かせている。
(志津川さんには理解してもらえるのかな……)
「なんだ、やっぱり
茶化すような声色でカズがそう告げてくる。僕の視線は無意識に志津川さんを追いかけていたようだ。
「そんなつもりじゃない……けど」
多分志津川さんなら璃子の魅力をしっかりと分かってくれるはずだ。まぁ、かといって僕らの計画がそれで進むのかというとまた別の話なのだが。
「ま、倍率は高いだろうけど頑張ってみろや」
そう言いながら僕の友人は高笑いを上げながら自らの席へと戻っていった。
軽快なチャイムの音と共に2-Bの担任教師が教室前方の扉から姿を現すのは、それから直ぐのことだった。
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