第3話 農民から英雄へと成り上がり、世界を救った彼は更なる怪物を、敵を求め・・・・・・そして願いを求め、世界を渡る。

ヒトリの英雄の物語。


それは、孤独。


それは、哀しみと絶望。


全ては、割れ、崩壊する。


世界は望んでいた、彼の様な存在を。



彼は、太陽の下で揺れる稲穂畑の様に暖かい黄金の髪に、まるで雲一つない青空の様に蒼い瞳を持って生まれた、何処にでもいる辺境の中のまた辺境にある一つの村の、小さい畑を代々、少しずつ広げていくただの農民の長男として生まれた。


だが、この世界は怪物であふれる、人間には余りにも理不尽で、残酷な世界だった。


人型をした怪物、ゴブリン、オーク。アンデッドと呼ばれる、ゾンビやスケルトン。巨人と呼ばれるオーガやトロール。竜種と呼ばれるワイバーン、ドラゴン。


 怪物があふれる世界で、人間は余りにもひ弱な存在だった。


最初に手に握ったのは、村を守るための、いつも握りしめていた鍬だった。


次に手にしたのは、ボロボロの剣だった。

やがて彼は英雄と呼ばれた。


 少年は土にまみれの麻服から、冒険者の姿へとなる。

 褐色の麻服の上に無数の鉄の輪が組み合わさってできたチェーンメイルを着こみ、肩、胸、腰、膝と守るべきか所にのみ金属の装甲をつける。


次に手にしたのは、伝説の聖剣だった。

気付けば、人々の導き手と呼ばれた。


 いつの間にか、冒険者から本当の英雄になった。装備も整い、同時に見た目に身も気にする方がいいと言われ、立派で煌びやかでありながらも実用性の高い装備へと変貌を遂げていた。


 白い服。白銀の甲冑。青いマントに、美しい顔立ち際立たせる黄金の髪の蒼い瞳。そして、手にしているのは、伝説の聖剣。まるで、彼のために拵(こしら)えられたかのような、黄金と蒼の豪華な装飾が施された白銀の剣。


 そこには、誰もが思い描く英雄がいた。

 世界が求めた英雄が居た。

 誰もが認めた英雄が居た。

 この、残酷で、怪物ばかりがあふれる世界の中で人間を救う救世主となると、そう人々は信じた。


次に手にしたのは、好きな人の手だった。

彼は、誰かにとっての特別になれた。


次に手にしたのは、倒れた仲間の手だった。

彼は、哀しみを知った。


次に手にしたのは、愛した人の手だった。

永遠に胸に空いた虚空が、満たされることはなくなった。


全ての敵を、倒すまで。

彼は剣を振るい続けた。

ただ一人、世界を相手に剣を振るい続けた。


 聖剣


気付けば、世界の生態系のバランスが崩れていた。

気付けば、出身地の村はなくなっていた。

気付けば、国がいくつかなくなっていた。

気付けば、国という集団はなくなり、人々は散り散りに今日を生きていた。


彼は、困っている人が居れば救ってやった。

彼は、敵がいれば倒した。

彼は、敵になれば容赦しなかった。


やがて、人と出会うことがほとんどなくなった。

出会うのは、化け物たち。

使徒と呼ばれる強大な怪物たち。

怪物と戦う怪物たち。


いつの間にか、怪物が増え、怪物達は大きな集団へと遂げ、中には国などができた。

英雄は、一人戦い続けた。


怪物たちの村を襲った。

怪物の子供殺し、老いた怪物を殺し、何かの番をころし、誰かの父を殺し、誰かの最愛の人を殺した。


怪物の国を襲った。

無限の様にも出てくる怪物達と、七日間戦い続け、ようやく怪物の親玉を倒すことができた。


嘗て、大切な人たちと過ごした偉大なる人の都は、嘗て最も大きな建物の跡地に居座るドラゴンの寝床となっていた。


「まだ、人が生きていようとは」


ドラゴンと英雄の戦いは、九日間に及んだ。


最後、彼は強大なドラゴンとの戦いに勝った時、勇者である僕は、誰の勇者でもなかった。

世界でただ一人、最後の敵を、世界の最後の命をこの手で終わらした。


僕は、一体何なのだろう。


人より強い。

怪物よりも強い。


人の寿命を超えた。

怪物の寿命に並んだ。


人の限界を超えた。

怪物の限界を超えた。


人を超越した。

怪物を超越した。


人ではない何かになった。

怪物を超える何かになった。


敵を倒し続けてたどり着いたのは孤独。

英雄として戦い続けて、大切なものをすべて失った。


一人戦い続けて、怪物から怪物と呼ばれた。

本当に、怪物はどっちだったのだろうか。


握りなれた赤錆だらけの、かつて聖剣と呼ばれた剣をくるくると回して遊ぶ。


「次、何斬ろうかな」


適当な石を切った。

その時、思いついた。


目に見えるものすべてを斬ってみよう、と。


大きい岩を斬った。

林を斬った。

森を斬った。

山を斬った。

大地を斬った。

海を斬った。

空斬った。


そして、世界は崩れ行く。


「最初から、全て斬り捨てればよかった・・・・・・」


そして、英雄は自分の心臓へと剣を突き立てようとした、その時だ。


斬れた空の先。黒い黒い宙からそれはやってきた。


それは、空中に漂う、数えきれないほどの美しい瞳を持つ液体の様なものだった。


【やぁ】


それは、手ともわからぬ触手らしきものを一斉に上げて彼に声をかけた。英雄は、思わずピントが合わなくなったかのような、ブレたそこに手を挙げて返事をする。


「やあ」


英雄は、どの手に、どの瞳に対して返答するべきか困ったが、とりあえず中心部を見つめることにした。


【君、凄いね】

「なにが?」

【だって、きっと世界を斬ったのは君が初めてだよ?】

「そうなんだ」


無数の笑い声が、口もない目の前のわけのわからない存在から放たれ脳に鳴り響く。

若干の頭痛を、首を鳴らしてごまかした英雄は、とりあえず剣を構えることにした。


わけのわからないものが目の前にいる。

なら、することは一つ。


「・・・・・・」


無言で、英雄は剣を振るった。

目の前のよくわからない何かに向けて。


【あれま】


目の前の何かは二つに割れた。




だが、死ななかった。


「何だ、お前」

【何って。何だろうね】


二つにわれた何かは、そのままもぞもぞと空中で動き、何事もなかったかのように、別れたそれぞれが動き出し、互いを見つめあうと、笑いだした。


そして、ふわふわと空中で寄り添うと、一つに溶け合った。


【そういう君は、何なんだい?】

「・・・・・・人間だよ」

【ふーん。ニンゲンって凄いね】


 ふわふわとした何かは、英雄の周りをゆっくりと、じっくりと見つめながら一周すると、彼の正面で留まる。


【ねぇ、君さ。斬るものを探しているんでしょ】

「知らない」

【違うのか。でも、うーん。ここに至ってつまんないでしょ】

「・・・・・・良い、所だよ」

【だって君、今、死のうとしてたじゃん】

「勝手だろ」

【つまんないじゃん】

「勝手だろ」

【どうせ死ぬならさ、面白いことして死んでよ】

「面白いこと?」

【そう。もっといろんなやつを斬ってみてよ】

「いろんなやつ?お前みたいなのか」

【うーん。僕みたいなのも要るかもしれないし、いないかもしれない】

「ふーん」

【もしかしたら、僕みたいに君では殺せない敵もいるかもね】


 その言葉を聞いた時、初めて英雄の心が動いた。


「へぇ」

【そっけないなぁ】

「・・・・・・やっぱり興味ないな」


 英雄は、再び剣を自分へと向ける。もう、終わらせよう。長い、永い旅を。

 くねくねとしたそれは、動かない英雄の態度に、無数の目を細めて、再びクチャァと音を鳴らす。


 それは、敢えてならしているかのよう。


【そうだ。じゃぁこういうのはどうだい】


 目の前の何かが、今まで音がしなかったその体から、ニチャァっという気持ち悪い粘着質の様な音を鳴らす。


【僕を楽しませてくれたら、どんな願いでも叶えてあげるっていったらどう】


 胸に沈もうとしていた剣が止まる。


「願い?」

【そう、例えば、この世界を元に戻す、とか】

「もとに・・・・・・もどす、か」

【例えば、大切な人をよみがえらせる、とか】

「たい・・・・・せつな・・・ひと、」

【例えば、小さな辺境の村で鍬を握る平和な日に戻る、とか】

「家に、帰る・・・・・・」

【そう。僕を楽しませてくれたら、満足させてくれたら叶えてあげる。いくらでも】


 英雄は立ち上がる。


「いくらでも?」

【そうだね。同時にかなえられる範囲で全てかなえてあげるよ。君の願いを】


「僕の、願い」

【そう、僕の願い】


宙に漂う何かは、英雄に近づく。

何故なら、英雄は決心していたから。


【さぁ、新たな同胞を歓迎しようじゃないか。たくさんの仲間がいるからね。まずは自己紹介しようか】

「同胞?仲間?自己紹介?」

【ま、行けばなるなる】

「なるなる?」

【ささ。僕の体に触れてくれ。世界の果てに行こう】

「なんか、よくわかんないけど。わかった」

【それ、わかってないじゃん・・・・・・】


 自分の体に呑み込まれるように消えていくニンゲンをそれはすべての目で見守る。


 残った、空間に漂うナニカ。


【歓迎するよ。新たな滅絶者。君はきっと、僕を楽しませてくれる。】


 そういい終わると、何かのカラダについている無数の目が、全て別々の方向を見る。その方向には、これといって何もないのに、その目はしっかりとナニカを捉えている。

 その様は余りにも異様で、気持ちが悪い。


【さてさて、他のみんなは無事に勧誘できてるかな?sけfrぽskぽhp?うんうん、僕も次の世界に行こうか】

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