第2話 破滅の機械の物語―嘗て人だった彼は、全てを滅ぼした。今一度、滅びた世界から世界を救うための戦いに挑む―

人とは何なのだろうか。


人とは、何のために存在するのだろうか。


人は、何故、頂点に立つのだろう。


私は、人が大っ嫌いだ。



 毎日、世界で戦争が起こっていた。

 彼は、ただただ、戦争がなくなってほしかった。


 毎日、誰かが死んでいった。

 彼は、ただただ、皆が幸せであってほしかった。


 毎日、誰かが泣いていた。

 彼は、ただただ、皆に笑顔でいてほしかった。


 毎日、誰かが誰かを殺している。

 彼は、ただただ、皆が手を取り合う平和が欲しかった。


 毎日、誰かが自殺する。

 彼は、ただただ、生きることは、世界は素晴らしいのだと知ってほしかった。


 毎日、誰かが嘆いている。

 彼は、ただただ、皆が明日に希望をもって今日を生きてほしかった。


 退屈な世界に、苦痛ばかりの世界に、救いが欲しかった。

 平和が、安寧の地が欲しかった。


 少年は、妹を抱きかかえ、瓦礫の積みあがってできた穴倉で爆撃をやり過ごす。


「おにちゃ!」

「大丈夫だ・・・・・・」


 涙し、震える妹の小さな体を、少年は彼女の耳をふさぎ、彼女の頭を自分の胸に抱きかかえる。


 地面が揺れる。大気が揺れる。悲鳴が聞こえる。銃声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。そして、音が何もしなくなる。


 少年は、瓦礫の隙間から外の様子を伺う。


 ブゥン。

 小型偵察機の飛空音が聞こえる。


 自国の物なのか、敵国のものなのかわからない。だから、むやみに身をさらすわけにはいかない。


 少年は、外を覗くことを辞め、妹の頭に顔を埋める。


 やがて、隙間から漏れていた灯りが消える。夜になったのだろう。

 そうすると、夜にもかかわらず、隙間からは色とりどりの光が見える。


 地上から黄色や白や赤色の線が空に向かって伸び、そのたびに、小さな花火が上がる。


 空には星空が見えないはずなのに、色とりどりの流星が流れ続ける。


 音が消え、しばらくしてから少年は寝ている妹を起こし、瓦礫の穴倉から出る。


 どこかむせかえるような熱気を感じつつ、足は冷たく、呼吸は辛い。その中で、兄妹は手をつなぎ、歩く。


「今日はこの当たりで探そう」

「ぅん」


 兄妹はつないでいた手を放し、余り離れすぎない距離を兄が保ちつつ、周辺を探る。


 動かない人の体をまさぐり、何か持っていないかを探る。

 兄は、何とか水分が抜けているが食べれないこともない果物と何かの干物を手に入れる。

 

「おにいちゃ!みて!」


 妹が何かを見つけたようで、少年は戦利品をポケットに納めつつ、彼女の方へと見やる。妹が喜びながら指をしていたのは瓦礫の上にうつ伏せになった武装をした人間の亡骸だった。


 武装をした人間とは珍しい。妹が喜んでいる理由はよくわかる。何故なら、武双をした人間の死体には、そこら辺の亡骸に比べて食べ物が見つかりやすい。そのほかにも便利な道具もついてくる。


 兄は妹に微笑みかけ「よくやった」と褒め近づく。妹は、笑顔を浮かべ、兄が傍にやってくる前に先に死体をまさぐり始める。


 兄は、後悔する。

 この時、止めるべきだったと。


 危険を冒してでも、怒りを含んだ大声で、妹の早まった行動を制止すべきだったと。


 妹が、細い腕で、おぼつかない手つきで死体をまさぐる。

 小さい少女の力ではうつ伏せになった大の大人の、それも武装をしている人間の死体をうつ伏せから仰向けにするには力不足だ。


 だから、少女なりに死体を揺らして動かそうとした。


 それが、よくなかった。


 カチャン。

 何か、金属の部品が組み合わさるような、外れるようなそんな音が少女にも、少年にも消えない程小さな音がなった。


 直後、少年は、黒い土煙と、焼けつく熱と、衝撃と、瑞々しい雨のようなものを浴びることとなった。




「どうして」


 少年は、傷だらけの体を引きずり、黒くなっいた瓦礫の地面と、その周辺に散らばる何かだった赤いパーツを見つめる。


「どうして?」


 もう、妹が生きていないということは理解していた。

 目の前で、光に包まれるようにその体の一部がはじけ飛ぶころまで見たのだから。


「何で」


 何もおかしいことはない。いつものことだ。

 ただ、自分の唯一の家族で会った妹に、それが起こったというだけの話。


「何が」


 ほんの一年前まで、父と母と、兄と姉と、自分と妹と、6人の家族で楽しく、幸せに過ごしていたというのに。


「なぜ」


 母と姉が泣きながら、自分と妹も一緒に父と兄を見送った。

 そして、父と兄は二度と戻ってこなかった。


「・・・・・・」


 貧しくなった生活で、乱暴にこじ開けられたドアの音に、母が音のなる方へ向かい、姉は自分と妹を連れて反対方向へと向かい、家から逃げた。


 一度、家の様子を見に行った姉の顔には、綺麗な線が二つ顔にできていた。


「どうして」


 姉と、自分と妹の逃亡生活は長く続かなかった。機械の人形に追い詰められたとき、姉は自分を置いて自分と妹に逃げろと言った。


「どうすれば」


 そして今日、妹が死んだ。


「なぜ」


 何故?

 何故、人は争うんだ。

 何故、人は殺しあう。

 何故、家族が居なくなっていく。

 どうして、幸せが崩れていく。

 どうして、幸せでいられない。


 苦しい。生きていることが、苦しい。

 ただただ、幸せで居たかっただけなのに。


 そもそも、なぜこんなことになったんだ。

 

 その、原因が知りたい。




 少年は、魂が抜けたように、瓦礫の世界を歩き続けた。妹がいるときより、一人でいるときのほうが楽だった。


 やがて、軍が滅ぼされた街の生き残りを集めて面倒を見てくれる街にたどり着いた。


 そして、兵士の話を聞いた。


 どうも、国境の境目に堕ちた、珍しい隕石をめぐって始まった争いが発端だという。


「なに、それ?」


 たかが、石ぐらい、あげればいいじゃないか。隕石って空から降ってくるでかい石なら、2つに割って分け合えばいいじゃないか。


 少年は、その場からしばらく動くことがなかった。


 ずーっと。

 ずーっとその場で考え続けた。


 どうしたら、その争いを止められたのだろう。どうすれば、この争いを止められるだろう。


 国や軍隊は偉い人が動かす。なら、偉い人を止めればいい。


 だけど、偉い人はきっと馬鹿だ。


 たかが、石ぐらいで戦争を起こすぐらいだ。


 兵士に聞いた。


「どうすれば、国の偉い人になって戦争を止められるの?」


 兵士は嗤い、冗談で答えた。


「あぁ。お前が頭のおかしな偉い人をみーんな殺して、お前が偉い人になればいいんだよ」


 なんだ。

 簡単なことじゃないか。


 力に頼る奴には、力でねじ伏せる。それこそが答え。


 だから、彼は力を求めた―神は、見つけた。

 兵士になった彼は、必死に訓練に臨み、戦場に赴いた。


 だから、彼は力を手に入れた―神は、叶えた。

 勝利を勝ち取り続け、部下を得て、民の信頼を得て、英雄と呼ばれるようになった。


 だから、彼は力で全てを支配することを望んだ―神は見守った。

 彼は、反乱を起こし、戦争反対派を抱き込み、軍を掌握し、推進派を一掃した。


 軍部を掌握し、政治的地位の中でも揺るぎない上位の座を手に入れた彼は、敵国と和平交渉に臨み、長年の戦争に終止符を打った。


 だが、彼は満足などしなかった。


 平和的な世界になったが、未だ世界を支配するのは人類であり、その人類を支配するのは人類。


 人類を統べる存在は、同じ人類では意味をなさない。

 同等の存在ではあってはならない。

 

 手の届かない、逆らうことのできない上位の存在であり、完璧な存在でなくてはならない。


 公正であり、感情を持ち合わせず、原則に従い全てを裁定し、管理する存在。

 それは、神の様に崇拝されるような甘い存在であってもならない。


 それは、恐怖。

 圧倒的な力による恐怖。

 そして、それは不変であり、揺るぎなき絶対的存在でなくてはならない。


 だから、彼は、人を辞めた。―彼は、進化した。


 隕石とやらに含まれていたのは、世界に新たな価値観をもたらす新しい物質であった。それを用いて、彼は、人間を超える存在へと至ることに成功した。


 やがて、二つの国に二分されていた世界は彼の圧倒的な力の前に一つへと統合され、人類は、彼に管理される存在となった。


 恒久的な平和、公正な管理の元、人類は繁栄を手にした。


 やがて、人類は自分達を支配する彼に不満を抱き始め、それが爆発することとなる。


 そこで、彼は一つの答えにたどり着いた。


 ああ、そうか。

 人類には理解できない。理解することができない。


 人類には、平穏に生きるということができないのだ。


 だから、私の安寧は永遠に訪れることはないのだ、と。


 人類と彼の争いが始まった。


 結果は最初から分かっていた。


 彼は、笑った。

「ああ、神様。私は、ようやく安寧を手に入れました」


 全身を、全てを滅ぼす兵器と化した巨大な黒い鉄屑は、データとして受け取る宙を見上げながら、そう呟いた―神は、涙した。




 長い年月が経った。

 世界は再生し、緑を取り戻し、新たな命が芽吹き始めていた。


 緑あふれる世界には、所々、文明の後があるが、その中でも異質なのは天にも届きそうな程な、黒い塊。コケに覆われ、大きな気が根っこを巡らせて入るが、それでもなお、その黒い遺物の存在を自然は呑み込むことができなかった。


 そこに、誰かがやってきた。

 それは、光り輝く人型の何か。だが、人よりも大きい。それは、人型の何か。


 そして、その誰かで何かは黒い鉄屑に手を添える。


「かつて、一人の人間であったものよ。かつて、英雄と呼ばれたモノよ。かつて、王と呼ばれ者よ。嘗て、神と呼ばれた者よ。そして、全てを滅ぼしたものよ」


 何かは、黒い鉄屑を撫でる。


「この世界の最後の人。あなたの力を貸してほしい。今、世界が窮地に立たされています。あなたの力が必要なのです」


 自然に一部になり切った黒い鉄屑に動きは見えない。


「お願いです。あなたは、この世界を、人類を滅ぼした。ですが、本当は救いたかったはず。あなたは、争いをなくしたかっただけ。誰もが笑顔で、安心して幸せに暮らせる笑顔あふれる世界にしたかっただけ。だから、あなたのこの世界ではないけれど、世界を救ってみませんか?」


 ゴゴゴゴゴ。

 黒い鉄屑が揺れ、木々が揺れ、草木が落ち、生物たちが慌てて離れていく。


 黒い鉄屑の顔と思われる部分に赤い光が灯る。


「貴方は、神様ですか」

「いいえ」

「どうして私なのですか」

「貴方だから」

「私に、何かを救うことなどできない」

「いいえ」

「私は、見下していた人類と違わなかった。結局、人だった」

「そうかもしれませんね」

「だから、私は破壊しかできない。何かを救うことなんて、できやしない」

「いいえ。貴方はこの世界を救いました」

「救った?」

「確かに、人類を、地上のすべての生命を一度滅ぼしたかもしれません。ですが、そのおかげで世界はリセットし、新たな一歩を踏み出し、こうして新たな命を芽吹かせて、再生している。本当に滅んでしまう前に、あなたが世界をリセットしてくれたおかげで」

「だが、繁栄した生物がもたらす文明はまた滅びる」

「そうならないために、神と呼ばれる存在が世界を見守るのです」

「神は、何もされなかった」

「いいえ、神は貴方の傍にあったのです。あなたの心に惹かれ、あなたの意志を尊重し、あなたに力を与えた。結果として、世界の崩壊を防ぐ代わりに、命が絶滅した、というわけです。神も、人と何ら変わらいません。あなたならばわかるでしょう。人を超越したとして、人を超える力を得たからと言って、何かが変わることは早々にない。」


「世界を救ってください。もし約束してくださるなら、あなたの望みをかなえてあげましょう」

「なら、私に死を」

「・・・・・・それが、望みですか」

「ああ」

「もし、世界を救えたのであれば、その残酷な願いを叶えましょう」

「私の願いをかなえてくれるのなら・・・・・・最後に、そのあなたの頼みを聞こう」

「貴方の名前を教えてください」

「私は・・・・・・・」


 人間だったころ。彼は何と呼ばれていただろうか。そう、優しい父が居て、厳しい母が居て、おどけた兄がいて、しっかりものの姉が居て、可愛い妹がいて、そして


「私は、ただの破壊者だ。人を救いたかったが救えなかった・・・・・・誰だ?私は、そう、破壊者。ただの、黒い鉄塊の破壊者だ」


「・・・・・・ここに、世界の救世主誕生を世界に告げます。私は偉大なる父に使えし使徒、ペリルスが」


 光る人型と巨大な黒い鉄屑は世界から消えた。

 世界を、救うための戦いを始めるために。

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