駅舎から出て見上げると、子どもがペンキをぶちまけたかのように青い空が広がっています。道路を覆いつくした雨水は鏡面のように輝き、洗い流された世界をこれでもかと彩っていました。
なんだか得したような気分になった私は、光の中を歩き出します。
少し遠回りしようと思って、いつもは曲がらない角を曲がりました。
その先にあったのは、煉瓦造りの建物でした。
日常の一風景として見過ごそうと思ったのですが、その建物を覆い隠すように伸びた蔓や、窓越しに見える美しい女性の姿を見た時、私の足は何となく歩を止めていました。
喫茶 夜魅(YOMI)
どうやら喫茶店のようで、そう思うと心なしか、鼻先を芳しい香りが掠めます。
入ろうか、どうしようか、初めての場所だからなあ…。
そう思って立ち尽くしている私の横を、誰かが通り過ぎていきました。
ぴりついた雰囲気を纏ったカップル…。
目を合わせただけで激高しそうな不良たち。
可愛らしい男の子。
今日もあくせくと働く配達員。
何か後ろめたいことでもあるような顔をした男の人や、腹を大切そうに撫でる淑女。
カランコロン…とドアベルが鳴ります。
「いらっしゃいませ」
まるで何かに手招きをされるかのように、私はその喫茶店へとつま先を向けていました。