魍魎話11 私は猫である

私は魔物である。

名前は《ミケ》もしくは《ポチ》と呼ばれている。


え?何故二つ名を持っているのか?


聞きたければ話してやろう♪


ここで言う異世界と呼ばれる世界で、虫けら共を恐怖の名の下、地上を支配していたのだが、ある日ポット出の勇者とやらにコテンパンにやられてしまったのだ(怒)!

そしてトドメを刺される寸前に、恐れ多くも我が主魔王様 《♀》の恩恵によってこの世界に逃された次第なのである。


そして…

元々父がケルベロス、母が猫娘だった私は、両方の族性を持っていたお陰で、この訳が解らない世界で生きる為、月水金は野良猫として火木土は野良犬としてこの土地の住人達に媚を売り、耐え難きを耐え魔力が元に戻る迄生きる決心をしたのだよ(T_T)


いかん、目頭が熱くなってしまった…

そんな決意に満ちた私にはお気に入りの場所がある。


もう一度言おう!

人に媚び、時には暴力(縄張り争いによる上下関係)にへつらい、いつか魔力が戻るその日まで耐え難きを耐える私の憩いの場所…


それがこの桜と呼ばれる木の側のベンチなのである。

今年も見事に咲き誇るこの木の下で、程良い日差しの中うたかたの夢をみながら惰眠を貪るのが堪らなく甘美なのだ♪


ここは《特別養護老人ホーム》とか言う老いた人間共が身を寄せ合い暮らす場所らしい。

そしてこの建物の一角…

ひときわ巨大なこの桜は何故か私を心安らかにさせるのだが…

今日は珍しく先客がいた。


この朝の穏やかな時間…

何時もなら往診とやらがあるらしく、誰もここを利用する者はいない筈なのだが…


しかたない…

とりあえず媚びを売りつつ隣で微睡わせて貰おう…

幸い今日は猫の姿だ、邪険にはすまい♪


そんな事を考えていた時である。

「おう猫娘!かな?まぁどちらでも良いか(笑)ちょっとこっちにきて付き合え♪」


何だ何だ?やけに馴れ馴れしいやつ…

黒い服(作務衣)のせいか、なおさら肌の色が白く見えるこの老人は、束髪にした白髪も白い無精髭、それにガリガリに痩せていた。

確実に食べても旨く無い筈である。


そしてその身体から漂う死臭…

おそらく時期にくたばるのだろう。

まぁ〜今日の私は気分が良い、末期の慈悲と思い付き合ってやろう…


そう思いゆっくりと近づくと…

ん?ほのかに甘露な香りがこの老人から漂って来るではないか…

ベンチに飛び乗りその香りの出処を探ると、そこには妙な器(お猪口)に注がれた私の好物があった♪


「お♪何だお前さんもイケる口か(笑)だったらこっちもちょっと付き合いな♪」

そう言うと、そのお猪口の酒を呑み干して、新たに酒を注いで私に差し出した。

のだが…

その手が微かに震えている。


正直かなり危ないのだろうが…

私には関係無い事である。

どうせ食えもしないのだから(笑)


そう思いながら出された酒をひとナメ…

『旨い♪♪』

確かニホンシュだったかな?

酒精は強いがとても香りが良く呑みやすい♪


「ほぅ、美味そうに呑むな♪」

そう言いながら彼も一緒に飲み始めたのだが…

直接酒瓶に口を付けるのは下品である。

魔王様は決してそんな下々がやる様な呑み方はしない。


そんな事を思い出した時、ふとあの日の事が脳裏に浮かんだ…


山積みされた屍の上…

魔王様と共に座して交わした酒の味を…


そうだ…

このガリガリに痩せ細った老人から漂うものは死の匂いだけじゃない…

《血の香り》

《こびりついて纏わり付く》

《己以外の血の香りだ》

それを悟った瞬間この老人の顔を下から覗いた。


「どうした?いきなり何殺気ついてんだい(笑)」

こいつは穏やかに微笑みながら私を見つめていた。

まるであの日の魔王様の様に…


私はその微笑みから目をそらす事が出来なかった…

若い白衣の女が怒りながらこの老人を迎えに来るまで…


それが…

この老人を見かけた最後だった。

その後どうなったかは知らないし知ろうとも思わない。

只…

少しだけ昔を思い出させてくれた事に感謝している。


それだけだ。


私は魔物である。

名前は《ミケ》もしくは《ポチ》と呼ばれている。

何故なら今の私は猫だからだ。





…あえて言おう…


「この世界に私の真名を知る者は

誰もいない」














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