魍魎話10 鏡の中の獨(ひと)

底辺にいる自覚があるなら筆を折れ

表現力も稚拙だし

文書力も構成力も無い

組み立て方もなってないし

自己満足で幼稚過ぎる

知識不足で勉強不足

そのくせ叶うわけもない夢を想い描いてる

解っているにも関わらず

自分の作品を客観的に見る事を頑なに拒む


…貴様を見ていると哀れでしかない…


それが彼から浴びせられた最後の言葉だった

そして同時に自分が聞いた最後の言葉でもあった…


次の日…

俺は声を失った



今を受入れる事が出来ないなら闇の中で震えていろ

優しい振りをしていても

穏やかな微笑みを投げかけても

誰もお前など見てはいない

繕っているだけ

壁を作っているのを悟られない様にしてる

そのくせ叶うわけもない夢を想い描いてる

解っているにも関わらず

自分がそれを望んだくせに


…貴様を見ていると哀れでしかない…


それが別の彼から浴びせられた最後の言葉だった

そして同時に自分が聞いた最後の言葉でもあった…


次の日…

俺は光を失った


移りゆく季節の中

何度目の春か解らないが

間もなく俺は総てを失うだろう…

だからここに立ち寄った


ここ《喫茶 夜魅(YOMI)》に…


大都会では珍しく何の植物か解らない蔓(つる)が二階建て煉瓦造りの店を覆い尽くす…


一見ノスタルジックな雰囲気を珈琲の香りと共にかもし出すこの店を、俺は一人で訪ねていた


黒いサングラスと杖、深い琥珀色のロングコートを羽織った俺は、店内の障害物にぶつかりもせずカウンター席に座り温かいコーヒーを注文した


「いらっしゃいタケヒロさん今日はお早いですね」

彼女の透き通る様で心地良いその声に癒やされる自分がいた

こうやって彼女と付き合うのも結構長い

もうかれこれ36年の付き合いだ

一度だけ身体の温もりを確かめあった事もある彼女


ここは俺が俺でいられる唯一の居場所…


…だった…


俺は出されたコーヒーを…

彼女との思い出を…

ゆっくりと心の中に留めようと…


そして…

見える筈のない瞳で

彼女の方を向きながら

出る筈のない声で

そっと呟いた…


「もう…戻るよ……」

「はい…」


それが彼女の最後の言葉だった



その瞬間

私は彼と入れ替わり…

鏡の中で眠りについた……


俺を俺だと知る者は

もうその世界には…


…居なかった…




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