魍魎話8 命糸
《喫茶 夜魅(YOMI)》
大都会では珍しく何の植物か解らない蔓(つる)が二階建て煉瓦造りの店を覆い尽くす…
一見ノスタルジックな雰囲気を珈琲の香りと共にかもし出すこの店の二階…
そこにこの店のオーナーが住んでいる事はあまり知られてはいない。
何故なら時折マスターである菜綱が部屋を訪れる以外誰も訪ねてこないからだ。
「あら、今から出かけるのですか?」
霧雨混じりの夕暮れ時、珍しく二階の自室から出てきたこの女性…
腰まで伸びたプラチナブロンドのストレートヘアーが美しいその女性こそが、この店のオーナー《朔夜(サクヤ)》なのであった。
「ええ〜今日は新月だし…ちょっとお散歩したくなっちゃった♪」
「フフ♪こんな天気だから月は出ないんじゃないですか?」
「かもね(笑)じゃ行ってくるわ」
胸の大きさを強調したデニムのミニワンピースで出掛ける朔夜と軽く会話を交わした菜綱…
出掛ける彼女の後ろ姿を見送りながら軽く微笑みを浮かべるのであった。
舞台は変わって…
《ペットショップ·カリント》
街の大通りにあるこのペットショップは、小さいながらも先代オーナー時代から常連客で賑わうそんなペットショップなのであった。
霧雨が尚も降り続く午後七時前…
まもなくこの店も閉店時間を迎えようとしていたのだが、そこへ不意に彼女が来店してきた。
「いらっしゃいませ♪」
《喫茶 夜魅(YOMI)》のオーナー朔夜である。
「ご免なさい、まだいいかしら?」
「構いませんよ♪どうぞ〜」
店長であろう女性店員に笑顔を向ける彼女に対して、店員は快く店内に招き入れた。
「新しい家族をお探しですか?」
「う〜ん、ちょっと違うかしら…どちらかと言えば人探し」
そう言いながら店内を見て回る朔夜の姿を見て、何故か動物達が怯えている。
だがそんなリアクションに気付かないでいる店員…
「人探し…ですか?」
それよりも昨夜のそのセリフに疑問を持っている様だ。
「そう人探し♪10歳になる可愛い男の子♪一週間前にこの店でいなくなっちゃったの」
「この店で?何の事ですか?」
笑顔のままでそう話さす朔夜の言葉に、怪訝な表情を浮べる店員はその場で動きを止めた。
「素人ね、顔に出てるわよ」
「!!」
その言葉に益々身構え始める店員…
その顔はみるみるうちに歪みだしている。
もう既に先程までの可憐な笑顔は見られなかった。
「あんた何処のコネクションの回し者だい?」
「コネクション?私は只自分のペットを探していただけよ(笑)」
「ペット?人探しじゃないのかい?」
そういいながら店員はMaxim 9(サイレンサー一体型のハンドガン)を構え銃口をむけた。
そんなリアクションに眉一つ動かさず尚も話を続ける朔夜…
「貴女が解る様に例えただけよ♪だって困ってたんでしょう?拉致ってパーツごと切り分けていた最中に消えちゃったんだから」
「あんた…何処でそれを知ったのさ?まだクライアントにも話してない筈だよ」
ここまで聞いて解る者は解るだろう…
「フフ♪他にも沢山知ってるわよ♪この店…表向きはペットショップだけど裏では人身売買や臓器売買をやっている組織の拠点なんでしょ♪貴女はその組織の一員…先代オーナーの孫娘と言うのも設定上であって全部嘘♪可哀想にオーナーさんバラバラに刻まれて駄犬の餌になったんですってね…」
朔夜がそう言い終わった瞬間!
一発の銃弾が静かに朔夜の額を貫いた!
続けて数発、心臓や肺、腹部等を貫く!
「何処で嗅ぎつけたかは知らないけど…ここもそろそろ潮時かもね」
彼女の言う通り、目の前の死体が何処まで嗅ぎつけたかは解らないが、ここを引き払った方が良いのは確かである。
そう思った店員は、銃に残った弾丸を死体になった朔夜に打ち尽くした後、早速逃走の支度を始めた。
その時!
「そんなに焦らなくても良いわよ、どうせ貴女はこのペット達の餌になるんだから♪」
死体になった朔夜に背を向けていた店員の背後から彼女の失笑気味の声が聞こえてきた。
身体中から脂汗を流しながら振り返る店員…
それもその筈、確かに見の前で蜂の巣にした筈だからである!
「それに戻る組織はもうないわよ♪」
振り返った店員の目の前には、蜂の巣になったままの朔夜が立っていた。
その銃痕から青い血を流しながらである…
「ヒィ!!」
恐怖に支配された店員は、銃弾が入っていないのも忘れ再び銃を構えようとした!
だが…
「!!」
いつの間にか彼女の身体は、透明の繊維の様な糸でぐるぐる巻になって身動がとれなくなっていたのだ!
「上をご覧なさい、それ位は出来るてしょ♪」
恐怖のあまり素直にその言葉に従う店員は恐る恐る上を見上げた。
すると…
「ア………」
天井や壁を無数の蜘蛛の群れが埋め尽くしていたのだった!
声にもならない悲鳴をもらしながら失禁する店員…
「この子達兄弟が殺されたから怒っちゃってね、組織の人間全部餌にしちゃったの♪」
いつの間にか傷口が塞がった朔夜は、尚も話を続ける。
「私も悪いの…買い物が面倒だからって一番好奇心旺盛なあの子を人間界にお使いに出したんだから…でもまさか血の匂いに誘われてここに立ち寄るなんて思わなかったわ…可哀想に一服盛られたばかりか刻まれるなんて…」
その時店員は思い出していた。
あの日、処置台の上にいた筈の少年が突然いなくなり、代わりに小さな子蜘蛛が転がっていた事を…
「だから今回はあの子を偲んで、私が直接貴女を少しづつ刻みながら食べてあげる♪」
満面の笑顔を店員に向ける朔夜…
その瞬間店内の灯りは消え、静寂だけが残った…
後には外を行き交うヘッドライトのイルミネーションと無関心な人の群れだけである。
数日後…
世間を賑わす事件もないまま、二度とこの店に灯りがつく事は無かったのだった…
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