魍魎話7 女媧(エキドナ)
愛の重さに耐えきれず
私の世界で眠りつく…
静かに静かに沈み込む
闇の間にユラユラと…
愛しい貴方に会う為に
何処からともなく桜の花びらか舞い流れる午後…
ここ《喫茶 夜魅(YOMI)》
大都会では珍しく何の植物か解らない蔓(つる)が二階建て煉瓦造りの店を覆い尽くす…
一見ノスタルジックな雰囲気を珈琲の香りと共にかもし出すこの店に、今日は黒いドレスを身に纏った淑女が訪れていた。
胸元を強調するかの様に大胆に開いたドレスは、両足の方も深いスリットがあり、そこから見え隠れする美しい刺繍が入った白いガーターストッキングは、より彼女の成熟さをかもし出している。
整った清楚な顔に長いまつ毛…
スカイブルーのルージュ…
ラメ入りの薄蒼いアイシャドー…
長くはないが白く美しいネイル…
黒髪のロングヘアーを三編みにしてクルクルと巻き、ヘアーアップした髪型…
そして…
血の様に染まった真紅の瞳…
それは妖艶と言う言葉がとてもよく似合う女性であった。
彼女は静かに店内に入ると、この店のマスターである菜綱がいるカウンターの席にゆっくりと座った。
「お久しぶりですねマダム」
「あら、そう言われればそうかしら…」
親しげに声を掛けるマスターに、彼女は穏やかな…しかし何処か淋しげな笑顔を向けていた。
「いつものでよろしいですか?」
「いいえ、今日はコーヒーをお願いするわ」
そんな彼女がいつも注文しているであろう紅茶ではなく、コーヒーを注文した訳に察しがついたマスターは、静かに頷くとそのまま準備に取り掛かった。
珍しくインストロメンタルではなく、クラッシックが流れる店内には他にお客はおらず、マダムと呼ばれた彼女の貸し切りの様になっている。
暫しゆっくりとした時間が流れる中、マスターがそのマダムの前にコーヒーを置いた時、彼女がふいにマスターに話掛けてかけてきた。
「あの頃はあんなに絵を描くのを嫌がってたのに…結局はまた死ぬまで筆を離さなかったんだから…男って何でこんなに身勝手なのかしら?」
そう言いながら砂糖もミルクも入れず、ストレートでカップに口をつけてはじめていた。
「ご主人…もう亡くなったのですか?」
「ええ…さっき荼毘に付したわ…」
伏し目がちにそう告げるマダム…
「たった数十年の逢瀬を重ねる為にその数十倍もの年月を待つ…私にはとてもできませんわ」
そんなマダムの姿を見ながらマスターは洗いたてのコーヒーカップを磨きながらそう呟いていた。
「フフ♪女として…いいえ、それが私の業なのよ」
マダムはクスリと笑うとまた話を続けた。
「愛しているの…だから何度でも探し出すわ♪例え幾多数多の星が砕け散っても…そしてまたあの時間を繰り返すの♪あの日誓った想いを叶える為にね」
「相手は憶えていないのですよ?」
「そんな事構わないわ♪だって私が憶えているもの、彼の総てを…命の色を…血の香りを…誰にも渡さないの…だって私だけのものだもの♪」
その言葉に狂気ではない何かが、彼女のその瞳の奥から優しく覗かせている。
そして薄っすらと涙を浮かべるその表情は、何かの余韻に浸っている様にもみえた。
「でも…今回は違うのよ、ほら♪」
そう言ってマダムは愛おしそうにお腹を擦り見せた。
「あら、それって…おめでとうございます♪」
「今度は探さなくてもいいの…だってもうここにいるもの♪」
そう言いながら優しくお腹を擦るマダム…
「次は…次こそは永遠に一緒に居られるの♪」
マダムはそう言うと、カップに残っとコーヒーを飲み干し立ち上がった。
「次にいらっしゃる時はご夫婦でお越しくださいね」
「ええ、そうするわ♪それじゃそれまでの間御機嫌よう」
「はい、お待ちしておりますミセス·エキドナ様」
軽く挨拶を交わし店をあとにする彼女の後ろ姿を見送りながら、マスターは軽く笑顔を見せると、深々と頭を下げるのであった…
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